第一話
出張から帰ってくる両親を乗せた飛行機が事故で墜落し、乗客は全員死亡したという話を聞いたのは、中学生最後の春休みが終わりかけていた頃だった。墜落して直ぐ発火し、爆発してしまったらしい。
葬儀場に来るのは始めてだ。哀しみ溢れる場所かと思っていたが、そうでもなかった。淡々と事は進み、あっという間に葬儀は終了した。案外思穏自身が哀しんでいないからなのかもしれない。
そういえば、葬儀場には死んだ人の魂が来ないのだなと気付いた。一時的につれてこられる場所に、何も未練など残さないからか。
寧ろ、人が背負っていることのほうが多い。葬儀中に眺めていたが、ある男には恨めしげな顔をした若い女性が。如何にも恨み、取り付いている様だ。ある女性にはたくさんの子猫。懐いているのもいれば、今にも引っ掻きそうな勢いのもいる。中には優しい顔をした老婆を背負っている青年もいた。あれは悪いものではなさそうだ。
昔は『どうして皆は見えないんだろう』と思っていた。しかし今では、『どうして自分だけ見えるんだろう』と考えるようになっていた。
それは普通ではないということを理解したためである。
少しは『視える』人が居ることは知っている。しかし、彼らが『視ている』のはごく僅かだ。毎日のように沢山のあれらを『視る』人など、この世にいくら居るだろうか。もしかしてこんなに沢山『視ている』のは自分だけなのではないか。
そう、今まさに思穏の右隣に少年の霊が居るなんて、誰も気付いてなんかいないだろう。
父方の親戚と、母方の親戚は、斎場の隅に固まって何やらひそひそと相談をしている。時々ちらちらこちらを見ては話し合いを進めていた。刺す様な視線がとても痛かった。
思穏は今年で高校一年生。誰かが彼の面倒を見なければいけないのだが、誰も思穏を引き取ろうとはしてくれない。
身近な親戚なら、幼い頃に会ったことがあるらしい。恐らく、思穏は彼らに『お友達』の話でもしたのだろう。親戚は気味悪がり彼を避けるようになったとすれば、辻褄が合う。何かが『視える』不気味な奴の面倒をわざわざ見るなんて、あちらから願い下げなのだ。
意図的に耳を塞ぐように膝を抱えた。嫌な声が聞こえても、何も聞こえていないふりをしよう。
不意に目の奥が熱くなってきた。涙が零れぬ様、固く瞼を閉じた。
思穏は気を紛らわそうと、これからのことを何となくで考えていた。自分は、誰でもいいから後見人になってくれさえすれば、両親の保険金と奨学金、あとはアルバイトで何とか生活をして、高校を出たら直ぐにでも働く。引き取ってくれた親戚には、なるべく迷惑を掛けないようにしよう。炊事も洗濯も全部自分で出来るから、余計な時間を使わせずに済む。けれど……。
――やっぱり、自分は、居るだけで迷惑なのかな。
悲しい考えが頭の中を過ぎり、目頭の隙間から涙が一粒、膝の上に落ちた。
「――大丈夫?」
隣に居た少年の霊が、声を掛けてくれた。目を閉じているから姿は視えないが、その声には心配の色があった。
「――ゴメンね、僕もう此処のひとじゃないから何もしてあげられなくて」
思穏はゆるゆると首を横に振った。どうにか声を出そうとしたが、嗚咽を堪えるのに精一杯で何も言えない。
「――あの人達、酷い事言うんだね。あなたは何も悪いことなんてしてないのに」
彼はそっと思穏の頬に触れ――正確には触れることは出来ないが――涙を拭おうとした。しかし少年の手は雫に触れることが出来ず、すり抜けてしまう。
もう一度、首を横に振る。
「え?」
目を開いて、少年の瞳を見つめた。涙が堰を切って溢れ出したが、気にしなかった。
「ちが……よ、僕が……悪い、から」
嗚咽交じりに喋って、ハッとした。親戚の数人が、こちらをじろじろ見つめている。〝普通〟なら彼の姿など見えない。つまり、思穏が一人で何か不気味なことでも呟いている――という事になる。
「――あ、ご、ごめんなさい。僕の姿見えないから、あなたが一人で何か言ってるみたいになるよね、本当にごめんなさい」