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アリスの時計塔  作者: 樂雅 
序章
1/2

第零話

「どうしてみんなにはシオンのおともだちがみえないんだろ。シオン、ウソなんてついてないのに……」

 幼稚園の帰り道。小さなシオンはしょんぼりして呟く。はあ、と小さな溜息をつくと、幼稚園の黄色いカバンを肩にかけ直し、歩き出した。

 日陰で人気(ひとけ)のない上り坂。小さな足で、てくてくと歩いていく。こんなに小さな男の子が一人で歩いているのは――いくら日中だとしても――少々危険である。

 しかし、シオンにはそんな心配は無用であった。なぜなら彼には『お友達』――みんなには「いないよ」「みえないよ」と言われるが――がいるからだ。道に迷わないように、変な人に遭遇しないようにと、いつも見守ってくれる『お友達』たち。幼稚園で中々友達ができ難いシオンにとっては、とても大切な存在だ。


 誰よりも、誰よりも、彼らが大好き。


 帰ったら彼ら何をして遊ぼうか……と考えていると、不意にシオンの視界に綺麗な女性が入ってきた。桜模様の着物を着て、黒髪を一つにまとめている。

 それだけなら普通の人間だと判断できるだろう。だが彼女は人間ではない決定的な違いがある。

 それは――彼女の身体が、透けていることだ。後ろの桜の木が透けて見えている。

「あ、このまえのおねえさん……?」

 シオンが首を傾げて尋ねると、女ははっと顔を上げ、シオンに笑いかける。

 ここで彼女に会うのは、始めてじゃない。

「やっぱりおねえさんだ。シオンたち、さいきんよくここであうよね」

 シオンは彼女の隣に座った。女の手がそっとシオンの頭に触れる。ひんやりした手だ。二度ほど撫でで、離れていく。

 彼女はいつも優しかった。

「おねえさんが、いつもそばにいてくれたらいいのにな」

 女が何か言い、困ったように笑う。

「なあに?」

 女は少し俯いて、寂しそうに首を横に振った。

 「おねえさん、とうめいだよね。あっちがわがみえてるよ? でも、おばけじゃないよね。だっておばけは、めにみえないんだよ?」

 彼女は両腕を持ち上げ、そうかな? と言う様に、身体を見下ろす。どこか滑稽な仕草で、シオンは思わず声を立てて笑った。女もつられて笑った。

「ねえ、おねえさ……」

 言いかけたシオンは、はっとして言葉を呑んだ。彼女の身体が、だんだんと光に変わり、消えていく。彼女はそっとシオンの手を握った。

「おねえさん……」

 ――ありがとう――

 光に変わっていく彼女の声が聞こえた。そしてとうとう、本当に見えなくなった。

「…………きえちゃった。やっぱり、おねえさんが……」

 一週間ほど前、此処で事故があったという。桜を見に来た女性が、信号を渡っている途中、トラックに轢かれて死亡してしまったのだと親に教えられた。

 小さなシオンにはまだ「事故」も「死亡」も分からなかったが、その道は気を付けて歩くべきなのだと分かった。それは、二重の意味であることも。

「そうだ、おはなもってきてたんだよ」

 黄色いカバンから取り出したのは、幼稚園のグラウンドで摘んだ白くて小さな花。それを女が座っていた所に丁寧に置いた。

「おねえさんがどこにいったのかはわからないけど、げんきでね。また……あえるよね」

 そう言い残し、小さな足で桜の帰り道を歩き始めた。

 風が吹き、桜の花びらが宙に舞った。

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