第零話
「どうしてみんなにはシオンのおともだちがみえないんだろ。シオン、ウソなんてついてないのに……」
幼稚園の帰り道。小さなシオンはしょんぼりして呟く。はあ、と小さな溜息をつくと、幼稚園の黄色いカバンを肩にかけ直し、歩き出した。
日陰で人気のない上り坂。小さな足で、てくてくと歩いていく。こんなに小さな男の子が一人で歩いているのは――いくら日中だとしても――少々危険である。
しかし、シオンにはそんな心配は無用であった。なぜなら彼には『お友達』――みんなには「いないよ」「みえないよ」と言われるが――がいるからだ。道に迷わないように、変な人に遭遇しないようにと、いつも見守ってくれる『お友達』たち。幼稚園で中々友達ができ難いシオンにとっては、とても大切な存在だ。
誰よりも、誰よりも、彼らが大好き。
帰ったら彼ら何をして遊ぼうか……と考えていると、不意にシオンの視界に綺麗な女性が入ってきた。桜模様の着物を着て、黒髪を一つにまとめている。
それだけなら普通の人間だと判断できるだろう。だが彼女は人間ではない決定的な違いがある。
それは――彼女の身体が、透けていることだ。後ろの桜の木が透けて見えている。
「あ、このまえのおねえさん……?」
シオンが首を傾げて尋ねると、女ははっと顔を上げ、シオンに笑いかける。
ここで彼女に会うのは、始めてじゃない。
「やっぱりおねえさんだ。シオンたち、さいきんよくここであうよね」
シオンは彼女の隣に座った。女の手がそっとシオンの頭に触れる。ひんやりした手だ。二度ほど撫でで、離れていく。
彼女はいつも優しかった。
「おねえさんが、いつもそばにいてくれたらいいのにな」
女が何か言い、困ったように笑う。
「なあに?」
女は少し俯いて、寂しそうに首を横に振った。
「おねえさん、とうめいだよね。あっちがわがみえてるよ? でも、おばけじゃないよね。だっておばけは、めにみえないんだよ?」
彼女は両腕を持ち上げ、そうかな? と言う様に、身体を見下ろす。どこか滑稽な仕草で、シオンは思わず声を立てて笑った。女もつられて笑った。
「ねえ、おねえさ……」
言いかけたシオンは、はっとして言葉を呑んだ。彼女の身体が、だんだんと光に変わり、消えていく。彼女はそっとシオンの手を握った。
「おねえさん……」
――ありがとう――
光に変わっていく彼女の声が聞こえた。そしてとうとう、本当に見えなくなった。
「…………きえちゃった。やっぱり、おねえさんが……」
一週間ほど前、此処で事故があったという。桜を見に来た女性が、信号を渡っている途中、トラックに轢かれて死亡してしまったのだと親に教えられた。
小さなシオンにはまだ「事故」も「死亡」も分からなかったが、その道は気を付けて歩くべきなのだと分かった。それは、二重の意味であることも。
「そうだ、おはなもってきてたんだよ」
黄色いカバンから取り出したのは、幼稚園のグラウンドで摘んだ白くて小さな花。それを女が座っていた所に丁寧に置いた。
「おねえさんがどこにいったのかはわからないけど、げんきでね。また……あえるよね」
そう言い残し、小さな足で桜の帰り道を歩き始めた。
風が吹き、桜の花びらが宙に舞った。