7.この心は染められない‐1
まるで忌まわしい物でも目の当たりにしたかのように、彼女は鏡の中の自分に青ざめていた。
「ほらね、すごく綺麗じゃないか」
その後ろで惚れ惚れとしながら彼女に賞賛を送るのは、もちろんアランだ。
ルイーズが身に纏っているのは、刺繍、フリル、レース、リボンがふんだんに使われた黄色いドレスだった。
アランから送られたドレスをいつまでも断固拒否する彼女を、彼が執拗に、愚直に、粘り強く説得した結果、見事に彼女の心を折るのに成功したのだった。
そしてルイーズは生まれて初めて、この自己顕示欲の塊のような眩いドレスに袖を通し、その姿を鏡の前でじっと見つめていた。
「……おぞましいわ」
彼女は今にも身震いしそうな様子で率直な感想を漏らした。
実際のところ、それはルイーズにとても良く似合っていた。色白の肌やブラウンの髪の毛とも素晴らしく馴染んでいるのだ。
アランも彼女の隣に立ちながら、心なしか艶を感じるその姿に魅了されていた。
「おぞましいだなんて、眼球は正常かい?」
「もちろん」
「じゃあ頭の方が気付いていないだけかもしれない。
あなたが自分で思っているよりも、あなたはずっと美しいということに」
そう言って微笑みながら、“決まった”と彼は思った。
アランとしては真剣に自分の真情を吐露したつもりだったのだから。
しかしルイーズは、
「他の女性にもそう言ってるのでしょうね。アラン様はお優しいから」
「……」
相変わらずの皮肉は健在で、全く本気にされないまま空振りに終わったのだった。お約束といえばお約束だろうか……。
しかしそれからというもの、アランは首飾りなどの装飾品や、陰気で薄暗い彼女の部屋を少しでも明るくしようと色彩豊かな絵画を送ったりもした。
そしてある時は、自らを講師だと称し、手鏡を片手に「作り笑顔講座」を勝手に開いたりもしたのだ。
「……ご、ごきげんよう」
「それは何のつもりだい? 全く自然じゃないし魔女の化身みたいだ」
「なんですって?」
口元を邪悪に引き攣らせたその顔は確かに笑顔とは言い難く、その度にアランからの容赦ない罵倒が彼女に飛んで来た。
図々しさの極みとも言える行動の数々に、彼女は終始閉口していた。
「愛ですわね、愛」
壁に立てかけてある数枚の絵画を見下ろしながら、ジゼルはそんな事を言った。
「これが愛なら世の中終わってるわよ」
ルイーズはげんなりした様子で肩をすくませた。
「だったら送り返せば良いのでは?」
「そうしようとしたけれど、返すなら全部燃やして捨てるって脅すんだもの。あんなに高価な物ばかりなのに」
彼の作戦に乗せられたのを悔しがる彼女。
それを見て、ジゼルは密かに笑みをこぼした。
ルイーズは気付いていないのだ。
アランの事になると、途端に表情が豊かになるのを。
*
「性格を変えさせるなんて、なかなかエグイ事をなさるんですね」
「結婚後のことを考えたら当たり前だろう」
レナルドの注いだ紅茶のカップを手にしながら彼は言った。
「彼女自身が少しでも変われば、僕に対する気持ちもおのずと良い方向に向かっていくだろうからな。そうすればこの家も夫婦生活も安泰さ」
「なかなか脅迫的なやり方だと思いますけど」
「あの手強い娘には丁度良いだろう」
そう言って彼がふっと柔らかく笑ったのを、レナルドは見逃さなかった。
それはどこからどう見ても、何かを愛おしく思い出しているような顔だった。
「ああ、それと、来週友人たちを屋敷に招きたいんだが、そこで僕の婚約者としてルイーズを紹介しようと思ってる」
「……それは、大きな勝負に出ましたね。事前に知らせるんですか?」
「いや、そうすると意地でも来ないだろうから秘密にしておく」
「……」
それこそ危険な策ではないかとレナルドは思ったが口にはしなかった。
「さて、そろそろ出ようかな」
カップを置き、アランは椅子から立ち上がった。
レナルドはすぐさまコートを着せ、帽子を手渡した。
「ご友人の所へ?」
「ああ、夜中までカードかもしれない」
ルイーズとの事に相当な自信を取り戻したのか、遊びに行く足取りも軽快だ。
廊下を進むそんな彼の背中を、レナルドはもの思わしげに見つめた。
「……どうなっても知りませんよ」
その声は、もはやアランの耳には届いていなかった。