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6.ルイーズ改造作戦‐2



「ルヴィエ公爵をいじめないで」

「……」


 わざわざ自室に呼びよせて沈痛な面持ちをしたかと思えば、それはひどく滑稽な懇願に聞こえた。

 母親のブランシュの目の前で、ルイーズは遠慮もなく吹き出してしまう。


「笑いごとじゃないわ、私は真剣よ」

「分かってます、でも、何だか可笑しくて」

 娘の能天気さに、ブランシュは気が抜けるように肩を落とした。



 婚約が決まってからというもの、ブランシュは2人の様子がずっと気掛かりだった。

 いやという程の素晴らしい伴侶を得る予定だというのに、彼女は未だに不満げな態度を取っているからだ。


「昨日、ここから帰って行くときの公爵の背中が哀愁に満ちていて……見ていられなかったわ。無礼な振る舞いをしたんじゃないでしょうね?」

「私は言いたいことを言っただけです。結婚相手だからといって親密になるつもりはありませんから」

 ルイーズは依怙地な物言いをする。

 そんな娘に、

「……あなたは分かってないわね」

 ブランシュは諭すように口を開いた。


「結婚するということは、その人と一緒に家を守ってゆく事。そんな重責を、バラバラの心のまま背負って行けると思うの?」

「それは……」

「無理強いしたとはいえ、この婚姻を受け入れた以上はいつまでも公爵を邪険に扱わないことね」


 母からの警告を、ルイーズはただ黙って噛み締めた。

 頭では何となく分かる、分かるのだが……という捩じれた心境が後に残った。







          *







 このところアランの訪問が続いていたが、今日は独りきりの落ち着いた時間を過ごしていた。

 読みかけの本に没頭できる。彼女は上機嫌のままソファに横になった。


 その矢先、間の悪さを知ってか知らずか、どこか控え目にドアをノックする音がした。


「んもう……」気が進まないのを我慢して彼女は本を閉じる。

 短く返事をすると、ひとりの侍女が現れた。


「ルヴィエ公爵より、お届け物でございます」


 そう告げると、それが合図かのように、さらに数人の侍女たちが列をなして次々と部屋に入って来た。しかもその手には、色とりどりの煌びやかなドレスが携えられているではないか。


「ちょ、ちょっと……」


 何が始まったのか把握しきれないまま、彼女は侍女たちがドレスを並べていくのを困惑気味に眺めていた。

 最後に手紙らしきものをルイーズに手渡し、侍女は部屋から出て行った。


「なんなのよ、これ」 

 

 薔薇色、水色、山吹色。

 持ち運ばれた数々のドレスはどれも着たことのない色ばかりで、中には胸元が大胆に開いているものも……。ルイーズは眉をひそめた。


「……いじめられてるのは私の方だわ」

 

 贈り物という名の迷惑行為に、彼女は力なくそう呟いた。










「嬉しい限りだ。あなたが僕を呼んでくれるなんて」

 フロッグコートの裾を颯爽と揺らしながら、アランは今にも彼女に抱きつきそうな勢いで部屋に入って来た。

 

「勘違いしないで下さい」

 すかさず、鼻先であしらうようにルイーズはぴしゃりとそう言い放った。

 

 あの後、彼女はすぐさまアランを屋敷に呼び寄せ、彼の仕出かした行為に強く説明を求めるつもりだった。


「このドレスは一体何なんです?」

 彼女はできるだけ平静を保ちながら、込み上げる苛立ちを抑えようとした。

 

「あなたのために仕立てさせたんだ。手紙にも書いたはずだけど」無邪気な瞳で答える。

「迷惑です! どうしてこんな事を」

「どうしてって……あなたがいつまでも自分の殻に閉じこもってるからでしょう」

「は?」

 眼に付いたドレスをおもむろに手に取りながら彼は言った。


「だってそうだろう? 結婚してからも引きこもり生活を続けるなんて不可能だ。

 社交場へ顔を出さず、夫もほったらかし、親族とも会わないなんて許されるわけがない。

 ルヴィエ家はもとより、ルイーズ自身の評判を落としかねないのだから」

「……」


 途端に彼女が黙り込んでしまったのは、アランの言い分が一理あると認めた証拠だった。

 自分の性格にかこつけていつまでも結婚という現実から逃げるなど、結局は甚だ無謀なことなのだ。


「だからこの問題を解決するにはルイーズの性癖を変えるのが必須だと考えた。

 それで、こういう明るい色のドレスでも着れば気分も変わって、少しでも外向的な面を引き出せるんじゃないかと思ったんだ。まずは見た目からってね」


 おどけるように、彼は手にしたドレスを彼女の身体にあてがった。

 ルイーズは無関心な顔でそのドレスを見下ろす。いくら彼が正論を口にしても、すぐには彼女の屈折した固い反発心を溶かすことはできないようだ。


「社交場のような人前では、私はすぐに委縮して柔軟に会話ができないし、気の利いた事も言えないのです……そんな人間が変われるとは思いません」

「なにも180度違う人格になれとは言ってない。ただ愛想笑いとか相槌とか、基本的な振る舞いを身につければ良いんだ」


 その“基本”が自分には出来ないのだと、ルイーズは半ば不貞腐れるように彼を睨んだ。

 アランはそんな彼女の心情などおかまいなしに、その肩にそっと手を置く。


「睨んだところでもう逃げられないよ。あなたを僕の未来の妻にふさわしい女性にする」


 いつになく強気な彼の言い草に、ルイーズは眼を吊り上げた。

 また2人を、殺伐とした空気が包み込んでいく。


「なんて横柄な言い方なの。勝手なことを言わないでください」

「あなたに拒否権はない。ご両親からも、好きにして良いとの許可を貰ってるからね」

「なっ……」

 先手を打たれたルイーズは、歯軋りするようにアランと対峙した。


 彼らのせめぎ合いを知らせる鐘が、どこかで高らかと鳴り響いているようだった。






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