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5.ルイーズ改造作戦‐1



 ルイーズとアランの婚約が表沙汰になるのにそう時間はかからず、この話題のせいで社交界は一時、騒然となった。

 あの貴公子とも言うべきルヴィエ公爵が、ミシュレ家の次女と婚約? それが真のことであると分かっても、人々は半信半疑だった。


 これが悪夢であってほしいと切に願っていたのは、アランを取り巻いていたご令嬢方だ。彼女たちは唇を噛み締めながら、さっそくルイーズに対する罵詈雑言を気が済むまで陰で囁くのだった。


 そして、この話を良く思わない人物がもう1人―――。






 パチンッ。


 鋏で切り落とされた茎が、儚げに床に落ちた。

 

 屋敷の庭で摘んだ花々を花瓶に生けながら、彼女は死んでも人前では晒さないような仏頂面を浮かべていた。

 ルイーズの婚約話は、もちろんこの女の耳にも届いていた。

 

 エメラルドのような緑の瞳に、ぽってりとした色香漂う唇、なだらかな線を描く身体。男を魅了するその姿は、ルイーズの姉、アネットだった。


「……可哀想なルイーズ」


 言葉とは裏腹に、その声音はどこか喜々としている。

 彼女がこんなにも悠然とした表情なのは、あんな妹が公爵に相手にされるはずはないと見越しているから。

 

 自分を差し置いて幸せを手に入れるなど、所詮は絵空事でしかない。

 そう思いながら、アネットは手にした一輪の花をぐしゃりと手のひらの中で握りつぶした。





 


          *








 窓際のテーブルで、せっせと針を動かすルイーズ。その正面に腰かけて、退屈そうに欠伸をするのはアランだ。

 正式な婚約を交わしてからというもの、彼は努めて彼女のもとを訪れていた。


「読書か刺繍か、いつもそのどちらかだ」

「私の至福の時なんですもの」

 そんな至福の時をあなたに邪魔されたくないと言わんばかりの視線を送りながら彼女は言った。


「アラン様にとっては暇な時間でしょう? どうぞお帰りになって下さい」

「暇だというのは当たってるけど、ルイーズのことがもっと知りたいから帰るのは我慢するよ」

 そう言ってにっこりと微笑む。

 彼女にとっては嫌がらせでしかないのを、アランはよく分かっていた。完全なる確信犯だ。


「ねえ、これは何の花?」

 広げられた刺繍の図案を指差しながら、アランは何気なく訊いた。

 仕様がないといった趣で彼女は答える。


「これはスイセンをモチーフにしてるんです」

「スイセンが好き?」

「ええ、まあ。丘の方にスイセンの花畑があって、毎年摘んできてもらうんです」

「じゃあ見ごろになったら2人でそこに行かないか?」

 ルイーズは手を動かしながら、“まさか”という顔で笑った。


「だってあなたは知らないんだろう? スイセンの咲いてる土の匂いも、花畑のスイセンが風で一斉に揺れる姿も」

「……それを知らなくてはスイセンを好きになってはいけないの?」

「そうは言ってない。でももっと外の世界にも耳をすましてごらん。案外、おもしろいことが見つけられるかもしれない」

 

 腑に落ちないままの彼女に、アランは片目を瞑ってみせた。


 ―――この婚約は、彼にとってある意味“賭け”だった。

 徐々に芽生えていく愛もあると、どこかで彼は信じていた。









「一体どうしたものか……」


 帰りの馬車の中、アランは静かに呟いた。

 びくともしない岩石に真正面からぶつかっても、後に残るのは敗北感だけ。さすがの彼も悄然として顔を俯かせていた。

 向かい側に座る側近のレナルドは、そんな主人の様子を窺っている。


「結婚するのだから、どうせなら少しでも心を通わせたいと思うのが普通だろう? なぜあんなにまで頑なな娘なんだ」

 レナルドに向かって鬱積した気持ちを吐き出す。


「あなた方が真逆だということは既に分かり切っていたこと。ここで音を上げるおつもりですか?」

「……僕を挑発するなんて生意気だな」

「意外と単純な所がおありだから、言ってみただけです」


 実際、彼の煽りで消滅しかけた熱意を取り戻しつつあることは事実だった。でも肝心の、婚約者を振り向かせる手立てが見つからない。

 アランはため息を漏らしながら窓を見やった。


 いつの間にか冬の凍てつく寒さは過ぎ去り、道端には草花が生え始めている。午後6時の空も変貌し、仄かな明るさが足されていた。


「いつも知らないうちに、季節は変わってしまっている」

 

 流れる景色に語りかけるように、アランはそう言った。

 

 その瞬間、彼の中で何かが引っかかった。

 

 自ら発した“変える”という言葉に、アランの頭の中である発想が浮かんだ。

「これだ」と、彼の瞳は輝いて行く。


「……ルイーズ改造作戦だ」

「は?」

 唐突にアランが口にした奇妙な作戦名に、レナルドは嫌な予感しかしなかった。






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