3.引きこもり娘との婚約‐3
『そんなっ、嫌です!』
『どんなに喚こうとも、いつまでもこの家に居座って引きこもることは赦さん。もしルヴィエ家から承諾の返事がなくても、また他の結婚相手を探すつもりだ』
『ルイーズ、私たちはあなたの将来が心配なの。分かるでしょう?』
『でも……結婚だなんて……』
広大な屋敷の端の端。
昼間でも薄暗い小ぢんまりとした自室で、ルイーズはベッドに横になりながら眼に涙を溜めていた。
ついさっき両親から突然言い渡されたのは、ルヴィエ公爵宛てに自分との婚姻を申し出たという事後報告。
ルイーズは奈落の底から足首を掴まれたような錯覚に陥った。
狭い世界でしか生きて来なかった彼女にとって“結婚”というものはそれほどの威力を発揮してしまうのだ。
しかし、勘当も辞さないような両親の覚悟にルイーズはなす術もなく、結局は観念するしかなかった……。
そんな抜け殻状態の彼女を、傍で見つめる1人の女性。
「こんなにオイシイ話ですのに、何を泣いているんですの?」
真顔でそう言ったのは、ルイーズの幼馴染で唯一の友人、ジゼルだった。
事の経緯を聞いた彼女は、可憐で庇護したくなるような外見とは裏腹にごく現実的なことを口にする。
ルイーズは半身を起して訴えた。
「全然おいしくない! ああ、考えただけで身震いが……」
もし結婚でもしたら、舞踏会や晩餐会など、あらゆる社交場への出席を余儀なくされ、その度に疲労困憊する自分が眼に見えている。
そもそも、他人の男なんかと死ぬまで一つ屋根の下で一緒に暮らしていくということ自体が彼女にとっておぞましい事なのだ。
「ルイーズはルヴィエ公爵を知らないのですか?」
「ルヴィエ家と昔から親交があることは知っていたけれど、ご子息のことまでは……」
「まあ、そうなんですか。地位も名誉も、お顔も素晴らしい方ですけど、個人的には財産が魅力的ですわね」
ジゼルはうっとりとしながら頬杖をついた。
「結婚すれば特典が満載ですわ」
「そんな特典いらない……ねえ、そこまで言うならジゼルが代わってくれない?」
「アラン様は競争倍率が高いですからね。私、女の戦いには巻き込まれたくないんです。色々と、面倒くさいでしょう?」
「……」
どぎつい毒が一滴ほど含まれているような笑顔を向けられて、やはり彼女は大物だとルイーズは再認識した。
「それで、あちらからのお返事は?」
「まだよ。とりあえず、来週ルヴィエ家の屋敷に伺うことになったらしいわ。
どうなることやら……」
ポスン、と、ルイーズは力なくベッドに倒れ込んだ。
*
煌びやかな宝石に、誰よりもゴージャスなドレス。
周りからの賞賛を全身で浴びる彼女は、どんな場に立っても輝きを放っていた。
ふと、その女が自分の方をじっと見つめてくる。
『お前は一生、部屋に閉じこもっていれば良いわ』
その顔には、はっきりと冷笑が滲んでいた。
心が凍らされるような息苦しさに耐え切れず、ルイーズの眼が勢い良く開かれた。
髪の毛と同じブラウンの瞳で辺りを見回すと、そこは何の変哲もない自分の部屋。安堵感と共に、だんだんと落ち着きを取り戻して行くのが分かる。
月明かりがおぼろげに見える真夜中のベッドの上。
彼女は枕に顔を埋めるが、目覚めた意識は当分手放せそうになかった。
夢の中の女は、彼女のよく知る人物。
そしていつも、ルイーズに影を落とす存在だった―――。