36.密告者-3
「どうして……アラン様までなぜそんな事を……?」
明らかにアネットは動揺していた。取り繕う言葉さえ上手く出て来ない。
「フェルナンがこの地を離れる前に、全てを話した。
各地を旅する画家を装い、ルイーズの不貞を偽装すること。そしてそれと引き換えに多額の金を受け取ったこと。
その証拠に、肖像画の代金としては不自然なほど高額な小切手を彼は置いて行ってくれた」
そう言うと、アランは胸ポケットからその実物を取り出した。そこにはしっかりとアネットのサインが記されていた。
「自分の手を汚さない所はさすがだが、フェルナンが小切手を捨ててまで真実を証言した事までは予想できなかったみたいだね」
「……お姉さま」
アネットを疑っていたのは事実だが、いざそれが真実味を帯びて来ると、さすがにルイーズも衝撃を隠せないようだった。
「フェルナンに言ったそうだね。
あらゆる面でルイーズに勝っていたいのだと」
フェルナンの裏切りという誤算は、アネットを追い詰めた。
もはや言い逃れはできまい。そんな状況を迎えたとき、なぜか開き直るように彼女は嘲笑を漏らした。
「小さい頃から、私はどんな人からも愛されて何でも手に入れられた。誰よりも自分が幸せだと信じて疑わなかった。一日中部屋にこもっているような地味で暗い妹が良い気味で仕方なかったわ。
なのに……アラン様と婚約ですって? 許せなかった。ルイーズは、私よりも不幸でなければならないのに」
これが、アネットの知られざる本性だった。
誰をも魅了する美貌と内面を持ち合わせた憧れの的。その裏側には、こんなにも歪んだ心が潜んでいた。
「そんな理由で妹を陥れたのかい……」
アランとルイーズは、アネットが可哀想で仕方なかった。このような薄汚い計画に手を染めた彼女が、憐れでならなかったのだ。
「ルイーズはどう思っているか知らないが、僕は彼女の名誉を傷つけた罪を絶対に赦さない。
僕には新聞社に知り合いがいてね。このことが世間に明るみになったら……分かるだろう?
自分の行いを重々反省すると共に、2度とこんな事はしないとここで誓ってほしい」
アネットの罪深き行為に最後の釘を刺す。
彼女はついに断崖絶壁に追い詰められたと悟ったのか、生気のない瞳で黙ってそれを聞き入れていた。
そして、それまで口を閉ざしていたルイーズが一気に語り始めた。
「あの……、お姉さまは、私にとっていつも眩しい人でした。勝つとか負けるとか、幸せとか不幸とか、そんなこと関係なく眩しかったんです。
私、はっきり言ってお姉さまが苦手です。でもお姉さまがたとえ私を憎んでいても、私はお姉さまを嫌う事なんてできません!」
何を言い出すんだろう、そんな顔でアネットは妹を見つめていた。
ひどい傷を負わせた自分に、なぜ妹はこんなことが言えるだろうか。こんなことを言われてしまえば、自分は何も言い返せないではないか。
この、悪をも凌駕してしまうほどの、美しい心。
羨ましくて、羨ましくて、憎らしい。
―――結局、自分は一生この妹には敵わない……
アネットはルイーズの言葉に一言も返すことなく、静かにこの場を立ち去って行った。
遠ざかって行く彼女の後姿を、アランとルイーズは感慨深げに見つめた。
自分の輝きに満足できず、人を陥れた可哀想な女。健気な妹は彼女の行く末を案じた。
「ちょっと、甘いんじゃないか?」
ポツリと、アランはそう不服を漏らした。
「確かに酷い事をされたけれど……やっぱり、たったひとりのお姉さまだから」
「そんな心の広い事を言えるのはあなたぐらいなものだろうな」
彼女をやさしく抱き寄せながら、アランはそう囁いた。
彼の胸の鼓動を聞きながら、ルイーズは瞼を閉じる。
いつか、穏やかな日差しの下、姉妹水入らずでお茶を飲める日が来ることを祈って―――。
どんだけルイーズお人好しなの?と自分も思わずつっこんでしまいました笑
でもここが彼女らしさなんだと思います……