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33.悪魔の仮面は剥がれる



 あの事件以来、ルイーズは部屋にこもりっきりだった。

 紋章の刺繍やお気に入りの本でその場は気を紛らわせていても、すぐに心は沈んでいく。


 ―――まるでアラン様と出逢う前に戻ったみたいね……。


 引きこもりの自分を思い出して、ルイーズは皮肉っぽく笑った。

やはり自分には、こうして誰にも見つからぬよう、ひっそりと生きて行く方が似合っているのだろうか。

 

 今日は午前中にジゼルがここに来て懸命に自分を慰めてくれたけれど、いつ彼女も自分のせいで悪い噂を立てられるか分からない。それにアランも……。


 やはり、自分の疑念は正しかったのだ。あの時感じた姉への違和感。それなのに自分はまんまと罠に引っかかってしまった。

 底のない感傷に浸りながら、ルイーズはベッドの上で膝を抱えた。



 アランが来たのは、それから程無くしてからだった。

 ノックと共に愛しい人の声がして、彼女は浸っていた氷のような湖からようやく引き上げられた気がしたのだが、現れた彼の方はというと、どこか陰りのある色が顔に浮かんでいた。




「昨日、フェルナンの所へ行ってきた」

「……彼は何と?」

「無理強いしたのではなく、親密な雰囲気があったから自分はルイーズを抱きしめたと言っていた。それでその証拠に……」

 そこでアランは言葉を切り、苦しげに眼を瞑った。


「あなたが……裸で横たわる絵を見せられた」

「!?」

 ルイーズはすぐにアランに縋るようにして否定の言葉を口にした。


「そんなもの知りません! 彼が描いていたのは私の肖像画だけです!」

「分かってる。僕を動揺させる為にした事だろう……」

 そう言いつつも、彼の顔は何とも苦しげに歪んでいた。


 ルイーズの事は信じている。しかし言い知れぬ不安を覚えるほどにあの絵は衝撃的だった……。そんな彼の心情が透けて見えたのか、ルイーズはおもむろにドレスのボタンに手を掛けた。


「ルイーズ?」

「私は潔白です。アラン様がその眼で確かめてください」

「やめなさいルイーズ」

 これから彼女のしようとしている事に気付いた彼は、1つ目のボタンを外した所で彼女の手を掴んでだ。

 しかし彼女はありったけの力でその手を振りほどいた。


「アラン様にさえ見せたことがないのに、どうして他の男に自分の裸を見せることができるでしょう! 私が……一体何をしたというの……?」

 涙を堪えながら行き場のない思いを吐露した彼女を、アランは掻き抱くようにしてその腕に閉じ込めた。

 自分の不安が彼女に移ってしまったのを詫びるようにその小さな背を撫で、そして彼女の頭にひとつキスを落とした。自分だけはルイーズの味方だという気持ちを込めて。





          *






 ベッドに仰向けになり、天井に向かって腕をのばした。

 この腕に感じた、華奢で柔らかな感触。しかしその感触は所詮他の男のものだった。

 フェルナンは渇いた笑いを零す。


 茫然と立ち尽くし、あの可憐な笑顔が硝子のように固まる瞬間が今でも忘れられない。


 ルイーズはきっと恨んでいるだろう。

 金と引き替えに悪魔になった自分を。

 今更遅すぎると分かっていても後悔の念に苛まれ、酒を呷らずにはいられなかった。



「ごくろうさま。素晴らしい仕事ぶりだったわ」


 いつの間にか部屋に入っていたアネットが、満足そうに笑っていた。ベッドに横になっていたフェルナンは、片肘をついて顔を上げた。

「これで俺も、用無しってことか」

「人聞きの悪い事言わないで。大金を持ってようやく自由の身になれるんだから」


 確かに多額の金が懐に入った。

でもどういう訳か心だけはすっかり空っぽになっていて、彼は十分すぎるほどにそれを実感していた。





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