32.謀-3
ルイーズとフェルナンが抱き合っていた事は、瞬く間に社交界に広がっていった。
いかんせん目撃者はゴシップ好きの令嬢方だ、事実とは異なる噂もすでに飛び交っている有様だ。
“婚約中だというのに、他の男と密通してたとか”
“まあ、なんてふしだらで不道徳な女なのかしら。家の名を汚したのね”
「不貞」のレッテルを貼られた彼女への非難はいつ止むのかも分からぬほど過熱していた。
それはルイーズの両親はもちろんのこと、オルガやアランの耳にも届いていた……。
アランはその事件が起こった次の日の夜には、ルイーズの元を訪ねた。
部屋にいたのは、痛々しいほどに瞼が腫れ上がり、幾分やつれたようにも見える彼女の姿だった。一晩中泣いていたのかもしれない。
「アラン様……私、無理やり抱きしめられたんです。あなたを裏切るようなことは絶対にしていません……」
彼を部屋に招き入れると、彼女はすぐにそう訴えた。涙は枯れることを知らず、またルイーズの瞳が潤み始める。
アランは彼女をしっかりと抱き寄せた。
「分かってる、大丈夫だ。僕はいつでもあなたを信じてる」
「……こんな事になるなんて……」
くぐもったその声には、まんまと謀られたことへの悔しさが滲んでいた。
アランは慰めるように彼女の髪の毛をいつまでもやさしく梳き、その身体を抱く腕に力を込めた。
その後ルイーズの両親とも面会し、ルイーズを愛してるという気持ちに変わりはないこと、そして彼女の潔白を証明することを約束した。
帰りの馬車の中で、アランは思考を巡らせていた。
黒幕はフェルナンを雇ったアネットか、それともフェルナンが単独で計画したことか……。
―――とりあえず当事者に話を聞くか。
アランはフェルナンの居所を突き止めるよう指示した。
*
ほどなくして情報を掴んだ彼は、仕事の合間を縫ってアランはフェルナンが滞在している宿屋へと向かった。
公爵自らが突然に訪ねて来たにもかかわらず、フェルナンはいたって冷静であった。躊躇う様子もなくアランを招き入れる。
―――まるでこうなることを予想していたみたいだな。
アランは部屋の中を見渡す。
それなりに広く上等な部屋だが、絵の道具が壁際に雑然と置かれていた。これらのほとんどは、つい最近までミシュレ家のアトリエにあったものだ。
フェルナンは飲みかけのワインを2つのグラスに注ぎ、その片方をアランに勧めた。
「僕がなぜここに来たのか、分かるだろう」
「……」
フェルナンは注いだワインを一気に飲み干した。
「なぜあんな事をしたのか、真相を話してもらおうか」
アランは仁王立ちする拳に力を込めた。
「君が無理やり抱きしめたんだろう?」
「……無理やりじゃない。そういう雰囲気になったからだ」
「どういう意味だ」
「分からないのか? 俺とルイーズがそれほど親密になっていたって事さ」
フェルナンの顔に、いつの間にか悪魔の笑顔が宿っていた。
いや、自分で自分に悪魔の仮面を被せたという方が正しいだろう。
「これが証拠だ」
彼はそう言って立て掛けてあったあるキャンバスに手を掛けると、それを覆っていた布を一気に剥ぎ取った。
アランはそこに描かれていたものを見た瞬間、大きく眼を瞠った。
「肖像画とは別に頼んだら、彼女は快く引き受けてくれたよ。公爵には内緒でね」
細く括れた腰、やや乱れた髪の毛、滑らかな白い肌、形の良い控えめな乳房……
信じたくなかった。
だが、そこに居るのは紛れもなく彼女だった。
ソファで気だるげに横たわる、裸の彼女。
自分の知らない、ルイーズの姿。
アランは夢から覚めようとするように、首を振った。
「こんなものを見せて一体どういうつもりだ。僕は信じないぞ」
「おや、真実を直視できないのか? ここに描かれているのが、全ての真相だ」
「……嘘だ」
こちらを見つめる、あの美しいブラウンの瞳からアランは顔を背けた。