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31.謀-2



 その日、アトリエには珍しくルイーズが先に来ていた。

 

 手には男性のシャツ。

 そう、彼女は例の紋章を刺繍していたのだ。


 図案を描いた紙を袖に縫い付け、その上からひと針ひと針、心を込めて刺繍をしていく。

 実際にシャツに縫い付けるまで何度も端切れの布で練習し、自分の手に紋章の形を覚え込ませていた。そのおかげでルイーズの針の動きには一切の迷いがなかった。


「ふう……」

 切りの良い所で一息つき、彼女はそのシャツをじっと見つめた。


 そしてごく自然な動作で、ルイーズは彼のシャツをぎゅっと抱きしめたのだった。とても愛おしそうに。

 清潔な匂いのする、自分よりも大きなアランのシャツ。

 彼はこの刺繍したシャツを喜んでくれるだろうかと、ルイーズは期待に胸を膨らませていた。


 しかしこの時、そんな彼女の様子を密かに扉の隙間から見ていた男が……。






          *







「今日は無口なんですね」

「そうかな」努めて明るく振る舞う。

 

 ついさっき嫌な場面に遭遇してしまったこともあるが、今から起こる事にらしくもなく緊張しているせいかもしれない。


 絵の方は更に色の深みが増していた。

 ドレスの装飾や椅子などの細部を描き込みながらも、彼はやはり心ここにあらずといった様子で、筆運びもいつもの軽やかさがないように見える。


 フェルナンはふと、アネットから渡された懐中時計を確認した。

 “14時25分”を示していたそれに、彼は無意識のうちに生唾を呑み込んでいた。


―――そろそろか……


 

 彼は意を決した。


 フェルナンは突然キャンバスから離れると、ルイーズの元に近付いていった。


「髪にゴミがついている。気になるから取って良いかい?」

「あら、本当?」反射的に頭に手を伸ばすルイーズ。

 

 すると廊下の方から、数人の足音が微かに聞こえて来た。


「お客様かしら」


 この身に降りかかる残酷な運命など知る由もなく、彼女は呑気にそう呟く。

 そんなルイーズを一瞬でも憐れと思った彼は、彼女の耳元で低くこう囁いた。


「ごめんな」


 ―――え……?


 何の事だろうとフェルナンの顔を見つめようとしたその刹那、彼女は彼の逞しく熱い腕の中に包まれていた。

 すぐに抵抗できずに茫然とするルイーズ。


 そして、打ち合わせをしていたとしか思えないほどのタイミングで、アトリエの扉が開けられた。


 そこに居たのは、アネットと彼女の取り巻きの女性たち数人。


「まあっ、なんということ……」


 悲鳴にも似た声があがる中、勝ち誇った姉の顔だけが、ルイーズの脳裏に焼き付いて離れなかった―――。




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