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30.謀-1



 意外と耳が小さいこと、下唇の方が厚みがあること、それは彼女を描いているうちに気付いたことだった。

 

 透けるような白い肌に影を描きながら、彼の心に漠然と浮かんだのは“本物はどんな感触だろう”という男としての欲求。その瞬間、彼は筆を止めて頭を振った。


 ―――何を考えてるんだ……


「ルイーズ、少し休まないか」

「……?ええ」

 ルイーズたちは油の臭いが漂うアトリエを出て、空いている客間にお茶を用意させた。


 こうして2人でお茶を飲みながら休憩するのは初めてのことで、フェルナンが絵の具で汚れたゴツゴツとした手でカップを持つ姿は新鮮でもあり可笑しくもあった。


「今まで、色んな方の肖像画を描いてきたのでしょう?」

「まあな」

「じゃあ、そのモデルの女性と恋仲になったりしたことは?」

「恋仲というより、体の付き合いかな」

 面白いほど顔を真っ赤にさせるルイーズ。でも事実なのだから仕様がない。

 コホン、と気を取り直す様に彼女はひとつ咳をした。


「あなたは、画家として有名になりたい?」

「さあ……どうかな。金銭的な豊かさに憧れないこともないけど、それで何かを失うこともある気がするんだ。

 俺には、あちこち旅をしながら描きたいときに描く、そういう自由気ままな人生の方が合ってると思う」


 まだ会って間もない娘に自分の人生を語ってるなんて可笑しな事だと彼は思う。けれどその娘はいたって真摯な眼差しをフェルナンに向けていた。


「あなたらしいですね」


 べつに他人から褒めてもらえるような人生を歩きたいとは思わない。

 しかしルイーズからそう言われることで、フェルナンは生まれて初めて自分を誇らしく感じた。





 休憩を終えて、彼らは再びアトリエへと戻った。


 ルイーズは部屋に入ると、ふと、隅の方にひっそりと立て掛けてある物体を見つけた。それは布で覆われたキャンバスのように見える。


「あそこにあるのは何です?」

「え……ああ、あれは前に描いたやつさ」

「見ても?」

「いや勘弁してくれ。あまり気に入ってないんだ」

 そう言ってフェルナンはさっさと絵の方に戻ろうとするので、ルイーズも椅子に座っていつものポーズをする。

 

 結局その絵のことを再び口にすることはなかった。






          *





「ルイーズはどう?」

「まあ、良い感じかな。信頼されてるとは思うけど」


 フェルナンが滞在している宿屋の一室。

 

「じゃあ、そろそろ実行に移そうかしら」

「……」

 ついにこの時が来たと、心の中で静かに歓喜するアネットとは対照的に、何も言わずに俯くフェルナン。

 彼女は一瞬の不安を覚える。


「なに? まさかあの子を好きにでもなったの?」

「違う」

「じゃあ何かしら、その顔は。ルイーズが可哀想?」

「……」

 ここに来て、その気持ちがゼロだとは言えなくなっていた。

 しかし自分はあの小切手の代償を払わなければならない。


 ―――今さら後戻りはできない。


 グラグラと揺れる心の天秤に、フェルナンは自分の手で決断を下した。





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