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27.マーブリング-1



 真新しいキャンバスの上を流れる木炭の擦れる音だけが部屋に響いていた。

 彼女は椅子に腰かけて膝元で手を組み、緊張した面持ちでフェルナンの方を見つめている。時折彼と眼が合うと、条件反射のように瞳を逸らしてしまうルイーズをフェルナンは面白そうに笑った。


「公爵は、あんたに夢中だな」

 自分に向けられた敵意や、この部屋を去って行くときの名残惜しそうなアランの顔を思い出して彼はポツリとそう言った。

「夢中だなんて……」彼女は微かに目線を下げる。

「でも2人とも同じ眼をしてたな」

「眼?」

「恋してる眼さ」

 悪戯っぽく微笑みながら彼はそう揶揄し、ルイーズは居心地悪そうに黙り込むしかなかった。


「それにしても、こうやって話せば話すほど、本当にアネットと姉妹なのかって疑いたくなる」

 大まかな顔の輪郭を描きながら、フェルナンは予てから思っていた事を口にした。

 彼女から返ってきたのは、

「……お姉さまと違って、地味でしょう? 綺麗でもないし、話も上手くないし」

 まるでそう言われることに慣れているような、淡々とした声。

 変に冷静で当たり前のように卑屈になっている姿に、フェルナンは思わず木炭を置いた。


「べつにそこまで言ってないだろ。アネットの方が魅力があるなんて」

「……」

 ルイーズの息が一瞬止まった。


「あんたはもっと、顔を上げて堂々としてる方が素敵だぜ」

「あ、あなたにそんなこと言われたくないです……」

 怒気を含んだ声で耐え切れないようにそう言葉を絞り出したのは、今までどれだけ自分が姉と比べられてきたのか知りもしないくせにと思ったから。そして、そのせいで自信を失くした自分を鋭くも優しく否定してくれた事に戸惑いを感じたからだった。


 眉間に皺を寄せるルイーズを彼は黙って見つめた。

 しかし次の瞬間には、気真面目な表情から一変、ニヤリとした笑顔をそこに貼り付けていた。


「“フェルナン”でいい」

「……」

 有無を言わさぬようなその笑顔に、彼女は苛立ちを忘れて瞠目した。


 ―――ヘンな人。






          *






 本当は2人きりになどさせたくなかったが、「人がいると集中できない」としつこく言い張るフェルナンと、「もうすぐ会合に向かう時間ですが」と余計な口を挟んだレナルドのおかげで、アランは渋々アトリエを後にした。


 ―――まあでも、今日は良いこともあったのだし……


 先ほどの甘やかなひと時を思い出しながら玄関ホールに通じる廊下を歩いていると、前方から侍女を従えて優雅に歩いてくるブランシュと遭遇した。


「これはお久しぶりです、ブランシュ様」脱帽して会釈する。

「まあアラン様、ごきげんよう。ルイーズと?」

「ええ、さっき会って来ました。何でも“天才画家”だというダリエ君とも」

 あからさまな皮肉を込めてアランがそう言うのを、ブランシュは苦笑する。


「肖像画の件はアネットが急に言い出した事ですけれど、大人の女性に成長したルイーズの姿を絵に留めておけるのですから嬉しいですわ」

 その親心というものは理解できなくもないが、そのせいで婚約者の自分は非常に心穏やかでないのだから複雑だ。


「でも不思議だわ」

「え?」

 ブランシュは顎に手を添え、首を傾げていた。

「アネットが絵画になんて興味があったかしら?」

「……」

 確かにアラン自身、アネットが絵画に関心があるなど聞いたこともないし見たこともない。


 しかもこの肖像画の件で、妹のルイーズを自分の思うままに操っているような印象を持っていた彼は、ブランシュの一言で妙な胸のざわつきを覚えた。


 ―――アネットが何かを企んでいるとしら……?


 ふと浮かんだ可能性の行方は、まだ誰にも分からない。





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