25.気持ちを届けて‐1
ナイフとフォークを持つ手が重い。
「はあ……」
ディナーの席で、もう何度目かも分からない溜め息をつくアラン。そんな息子のことを気にも留めず上機嫌なのは母親のオルガだ。
「日程を調整して、ようやく挙式の日が決まったわ。10月24日よ。レナルドに頼んでおいた招待客のリストも出来上がったし、準備は順調に進んでるわ」
「はあ、そうですか」
「あとは、ドレスのデザインも考えなくてはね。ルイーズ様はどんな物がお好きかしら」
「さあ……」
自分の結婚の事であるのに、終始、無表情で生返事する彼をオルガは面白くなさそうに一瞥した。
「ルイーズ様といえば、婚約してからまだ正式にこの家へ招待したことはなかったわよね?」
「ええ、おそらく」
「婚約当初は心配したけれど、ルイーズ様とやっと良い間柄になれたのだから今度お連れして頂戴な。久しぶりにゆっくりお話ししたいわ」
オルガは未来の娘とのひと時を想像して瞳を輝かせた。
その傍でアランは再び溜め息を吐く。家へ招待する前にするべき事が見つかり、思い悩んでいた。
どうやって彼女に頭を下げようかと。
*
「それはいわゆる、嫉妬ですわね」
ルイーズから事情を聞いたジゼルは、アランの心境をずばり言い当てた。しかしそれを聞いたルイーズは「そんな馬鹿な」と言わんばかりに笑う。
「まさかアラン様が?」
「ええ、おそらく」
そうして不思議そうに思案顔を浮かべるルイーズ。その鈍感さに、ジゼルはアランが憐れでならなかった。
「でも、もしそうならどうして正直にその気持ちを言ってくれないのかしら……」
「それが男心というものですよ」
「男心?」
「あなたはもっと恋のお勉強をするべきですわね」
彼女はまるで恋多き女を気取るように言う。しかしこんな時こそ、自分が恋愛の指南役になりきって2人の仲を取り持つべきではないかと、ある種の使命感を抱いたのだった。
「肖像画を描くのが若い男性でおもしろくないのでしょう」
「そういうものなの?」
「たとえ寛大に見えても、男性は女よりも独占欲が強いと聞きますから。
まあとにかく、アラン様を安心させるような言葉を伝えるのが良いんじゃないですか」
「言葉って……」
「ルイーズは、はっきりと自分の気持ちを伝えたことが?」
言われてみれば、である。
アランからは“愛してる”と熱い告白を受けたことがあるが、自分はどうだろう。彼が好きだと口にしたことがあっただろうか。
でも、アランの婚約者であることを望んで受け入れたのだから、自分の―――
「好意は伝わっているんじゃないか、なんて思ってないですわよね?」
「……」
出された苺のタルトを頬張りながら、ジゼルは微笑んだ。ルイーズの考えはお見通しとばかりに……。