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23.名もなき画家‐2



 現れた青年は、何とも艶やかな瞳でルイーズを見下ろした。

 白い歯を覗かせながら笑みを湛えた口元からは、そこはかとなく胡散臭さが漂っているが、男に免疫のないルイーズから見てもその青年の整った顔立ちには酔わせるような甘さがあった。


「この方はフェルナン・ダリエ様。イルフェ出身で画家をしてらっしゃるの。今、各地を旅しながら絵を描いているんですって」

「どうも初めまして」

 そう言ってフェルナンがルイーズの手の甲に口付けを落とすのを、彼女は唖然と見つめた。


「それでね、彼は風景画を描いているのだけど、それだけでは食べて行けないから肖像画も描いて生計を立てているんですって」

「はあ……」

「そこで提案なんだけれど、ルイーズがこの人の絵のモデルになって肖像画を描かせてあげてほしいの」

「……え?」

 寝耳に水だと思ったのは、これで2回目だった。

 彼女にとって、アランとの縁談話を聞かされた時に匹敵するような瞬間だった。やはり彼女の悪い予感は見事に当たったのだ。


「偶然、川のほとりで彼が絵を描いているのを見かけた時から、すぐにこの人の才能に気付いたの。私だって絵は好きだから、それなりに見る目はあるのよ?

 だからお願い、フェルナンが旅を続けられるように手助けしてくれないかしら」

「……」

 アネットが絵に興味があったなんてこれまた寝耳に水だと思ったが、ルイーズにとってはもはやそんな事はどうでも良かった。なぜ、自分がその役目を果たさねばならないのかという疑問が湧いてくる。


「……ど、どうして私なのでしょうか。お姉さまの方が私よりも美人ですし、私なんかよりもモデルに最適なのでは……」

「あら、だって私は何かと忙しくて家を空ける事が多いでしょう? その点ルイーズは家にこもるのが好きなんだから、ちょうど良いじゃない」

 アネットとフェルナンは名案とばかりにニッコリと微笑み合う。


 その姿を見つめながら、ルイーズの中で直感的にある疑いが浮かんでいた。

 肖像画を描かせるという名目の裏には、何か本当の目的があるのではないかと。


 でなければ、今まで一度も自分に頼み事などしたことのない姉が、どうして急にこんなことをするのだろうか……。


 しかし、「これはもう決定事項なのよ」とばかりに微笑むアネットを前に、ルイーズは不信感を持ちつつも突っ立っていることしかできなかった。

 それがたとえ、心から不本意な事だったとしても。






          *






 しばらくして部屋に戻って来たルイーズは、やはり何かに怯えているように不安げな様子だった。

「何かあったのかい? 」

 心配そうに差し出されたアランの手に支えられながら、ルイーズはゆっくりと椅子に座った。


「……肖像画のモデルを、お姉さまから頼まれて……」

「肖像画?」

 彼女は力なく頷いた。

 貴族が定期的に肖像画を描かせるのはさほど珍しいことではないが、引きこもりのルイーズにとっては久しく経験していない事だった。

 しかし一方で、アランは別の所が気になっていた。


「その、肖像画を描く画家っていうのはつまり……男?」

「ええ、さっき姉に紹介されて」

「年は?」

「アラン様よりも少し年上くらいかしら」

「……」

 良からぬ想像がアランの頭を過る。

 自分の婚約者が若い男と密室で向かい合って……それだけで、アランの嫉妬心を煽るのには十分だった。


「……アラン様?」

 どういう訳か急にムスッとした様子で視線を下げるアランに、ルイーズは呑気な調子で言う。

「それで? あなたはそれを了承したというのかい?」棘の含まれた声。

「……ええ、断りきれなくて……」

「あなたは何に怯えてるんだ? まるでアネットの言いなりだね」

「わ、私をそんな風に責めないでください。そもそも、肖像画を描かせるかどうか決めるのはアラン様ではないでしょう」

「それは……」

 いらただしさを隠そうともせずに言い募るアランに、彼女も反撃する。

 

 アランとしては、自分の嫉妬や焦燥感をルイーズに察して欲しかったのだが、そんな期待に彼女が応えることはなく、肖像画のモデルを引き受けたことがどうして彼を神経質な態度にさせるのかルイーズには見当も付いていなかった。


「何かがズレている」とお互いに思った時には、既にほんのちょっとの隙間から入り込んだ冷たい風が2人の周りをそうっと流れていた。



 しかしそんな空気には場違いな、弾むような声が部屋に入って来たのはそれからすぐの事だった。


「ごきげんようルイーズ。ねえさっき私ったら……」


 ノックの後、返事も待たずにすぐにドアを開けるような、親密な友人は1人しかいない。


 ジゼルは部屋の中で対峙していた彼らが目に入ると、すぐさま口を噤んだ。

 何とも言えない妙な緊張感。凍てつくような寒々しさに、ジゼルは思わず一歩、後ずさりをした。


「……もしかして、最悪のタイミングだったかしら?」

「……」

「……」




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