1.引きこもり娘との婚約‐1
「ちょ、ちょっとお待ち下さい!」
「ほら、早く早く」
顔には笑みを湛えたまま、アランは彼女の手を引っ張って強引にドアの外へと連れ出そうとしていた。
しかしルイーズの方は思い切り腰を引き、誘拐犯にでも遭遇したかのような必死さでそれに抵抗している。
「嫌なの?」と彼は少し力を緩める。
「ええ、あの、散歩は結構ですわ」
彼女は額にかかった乱れ髪を耳に掛けた。
「では、少し日が落ちた頃に行きましょうか」
「その時間ですと、肌寒くなってくるので気が向きません」
頑なに誘いを拒む彼女を見下ろし、ついにアランは名残惜しそうに握った手を放した。
「僕はできるだけ、あなたに気を遣っているつもりです。それなのにあなたは、まだそんな態度をする」
「分かっています。でも、私のことを気遣って下さるなら私の気持ちも考えてください」
「というと?」
「外になど行きたくないということです」
アランはドアの前に立ちはだかったまま、どうしたものかと腕組をする。
「どうせ私はつまらない女なのです。もうほっといて下さい」
縫いかけだった刺繍の布を手にし、彼女は再び椅子に腰かけた。
「まあ、つまらないかどうかと問われれば、つまらない人だとは思いますが」
「なっ、そんなにはっきりと仰るなんて……」
「でもほっとけませんよ。“一応”あなたは僕の婚約者ですから」
「……」
見えない火花が勢い良く散った。
口をぎゅっと結んでアランを睨めば、彼は鼻を鳴らすような余裕の表情を彼女に向ける。
2人が婚約者として初めて顔を合わせてから1週間。
彼らの間に生じる“ズレ”は深刻だった……。
*
ルイーズの姉、アネットは社交界でも特に有名な美貌の持ち主で、活発な人柄も周りを惹きつける魅力の一つだった。
そんな引く手あまたの彼女の結婚に関しては、両親も何ら危惧していなかったが、問題は妹のルイーズであった。
「あの引きこもり娘を何とかせねば……」
そんな嘆きをよく漏らしていたのは父親であるエドワールだ。
物心がつく頃には屋敷に閉じこもっていたルイーズ。それゆえ彼女の顔を見たことのある者はほんの僅かで、そもそもその存在自体に疑念を持たれた事もあるほどだ。
娘の将来を案ずる両親にとって、事態は深刻であった。
そこで白羽の矢が立ったのが、ルヴィエ家の若き当主・アランだった。