18.あのスイセンに誓う
それから間もなくして、目覚めたアランの元へレナルドとルイーズの両親が駆け付けて来た。
彼らは部屋に入ったその瞬間、寄り添うアランとルイーズの姿に、今までには無い雰囲気をすぐさま感じ取った。
どこか気恥ずかしさの漂う、それでいて砂糖をひと舐めしたような空気……。
「……お邪魔だったみたいね」
「ど、どういう意味でしょうか」
娘をからかうようなブランシュの発言に、ルイーズは瞬きをしながらわざと惚けた事を言う。その様子にアランはクスクスと密かに笑みを漏らした。
「和解したようだね、アラン君」エドワールが言う。
「ええ、お陰様で。お嬢さんが心の広い方で良かったです」
「またそんなお世辞を」
「お世辞などではありません。
ちょっと変わった所もあるけれど、素晴らしい女性だと思ってます」
柔らかい瞳を向けながら彼はきっぱりとそう言った。
そして彼女の髪の毛に手を伸ばし、長い巻き毛を指先で弄ぶようにするアラン。人目も憚らず当たり前のように触れてくる彼に、ルイーズは少し慌てる。
「あの、ちょっとアラン様……」
上目遣いで訴えて来る彼女の落ち着かない様子に彼はようやく気付き、そっと髪の毛から手を離した。
「すまないルイーズ。何だか完全に舞い上がってしまっていて、調子に乗っていたみたいだ」
「“みたい”ではないと思いますけど……」
「嫌だった?」
「いえ、そうではないですけど……ただ恥ずかしいので、時と場所を弁えてほしいです」
「分かった、心得ておくよ」
そうしてじっくりと見つめ合う2人。
周りを無視した彼らだけの世界が繰り広げられ、他の3人は微笑ましくも辟易するようにその光景を見守っていた。
レナルドが大袈裟な咳をして口を挟まなければ、その世界は延々と続いていたのではないだろうか。
こうして、体調の回復したアランはその日のうちに自分の屋敷へと戻って行った。
「それではまた」と言ってキスされた手の甲の感触を思い出しながら、ルイーズは部屋でひとり、今までの出来事を反芻する。
目まぐるしく色々なことが変化したが、もう彼女に迷いはなく、アランを信じて付いて行くだけだと決心していた。
慣れない世界に踏み込む事ことに、足の竦む思いをするだろう。でもきっと彼が隣で自分を支えてくれたら、もう倒れることはないだろうと思うのだ。
彼が摘んで来てくれたあのスイセンは、彼女の部屋の窓辺で咲いている。
それは彼の愛情の化身のように見え、ルイーズの心を掴んで離さない。
「ねえ、アラン様から頂いたドレスや絵画を、もう一度部屋に運んでくれないかしら」
ルイーズは侍女にそう呼びかけた。
*
家に戻ってからのアランは、すこぶる上機嫌だった。
心が通じ合ったことももちろんだが、ルイーズの態度が以前よりも明らかに軟化したことが彼には喜ばしかった。
義務感で自分との婚約を継続したのではないと確信できたのだから。
「まったく……ルイーズ様がお好きなのは分かりますが、もう少し自分の身体を気遣って下さい。どんなに心配したことか」
湯浴みするために、アランは鼻歌交じりに服を脱いでいく。それを横目に見ながら、レナルドは彼の無理な行動を窘めた。
「すまないと思ってるよ。
でも、ルイーズが看病してくれるなら倒れるのも悪くない気がした」
「はあっ?」
「馬鹿みたいだけど、嬉しかったんだ。目覚めたら、すぐ傍に彼女がいたなんて」
「……」
アランの鼻歌が一層明るくなる中、レナルドは主人に対して尊敬の眼差しすら向けていた。
“この人は重症だ”と。
そんな執事の複雑な心境にも気付かず婚約者にすっかりご執心のアランだが、彼はいたって真面目なことを思っていた。
あのスイセンに誓って、自分こそが彼女を幸せにするのだと―――。
少し更新が遅くなってしまいました。スイマセンっ(汗
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最後までお付き合いいただければと思います。