15.あなたに捧げる花‐3
アランが運ばれた2階の客間のドアを開けると、そこには父親のエドワールと母親のブランシュ、それにルヴィエの屋敷から駆け付けたレナルドがいた。
そして、苦しげな表情で瞼を閉じたままのアランがベッドに横たわり、その傍らで医者が診察を行っていた。
「アラン様……」
ルイーズは動揺を隠せないまま口元を手で覆い、ゆっくりと彼の方へ近付いた。ブランシュはそんな娘を労わるように彼女の肩にそっと腕を回す。
戸口の方で、一緒にやって来たジゼルも顔を強張らせてこの状況を見守っていた。
「公爵はこれを届けに来たそうだ」
エドワールが彼女に差し出したのは、一輪の白いスイセンだった。
「ルイーズにと、今日はこの花を従者に託そうとしたらしいんだが、急に苦しそうに倒れたんだそうだ」
「……」
以前、何気なくスイセンの話をしたことを彼女は思い出した。彼はそれをずっと覚えていたのだ。
「……アラン様は、季節の変わり目になると体調を崩されることが多いのです」
思い詰めた表情で、おもむろにレナルドが口を開いた。
「最近も、急に春らしい陽気が続いていましたから調子が悪そうでしたし……」
それはルイーズが初めて知る事実だった。
ということは、調子の思わしくない中でも彼はここへ毎日のように手紙を届けに来ていたのだろうか。だとしたら……。
「今朝は微熱があったので安静にするように言ったのですが……急にものすごい勢いで家を出ていかれてしまって」
「……そうですか」
このたった一輪の花のためだけに、きっと彼は無理をしてあの丘の花畑へ向かったのだ。
その痛々しい姿を想像しつつ、一体どうしてそこまでして、という素朴な疑問がルイーズの中にふと浮かんだ。
しばらくして、診察を終えた医者が椅子から立ち上がった。
「命に別状はありませんが、意識がまだはっきりしていませんし免疫力が低下しているので予断は許せません。薬を処方しておきますので明日まで様子を見て下さい」
淡々と告げられる医者の診断を、レナルドは側近としての責任を感じながら聞いているようだった。
ルイーズはベッドに横たわるアランの顔を改めて覗き込んだ。
うっすらと額には汗が滲み、時折うなされるような声も聞こえてくる。
ただ今は、早く眼を覚ましてほしいと願うばかりだった。
スイセンの茎を、ルイーズは祈るようにして両手で包み込んだ。
*
夜になっても、あの幻想的な夕焼けを思わせるような琥珀色の瞳を見る事はなかったが、薬が効いたのか穏やかな様子でアランは寝息を立てていた。
「公爵のことは私が看ておりますので、ルイーズ様はお休みください」
レナルドがルイーズに就寝を促すが、彼女はベッドの傍に置かれた椅子から立ち上がろうとしなかった。その膝には、先ほど自室から持って来たある箱が乗せられている。
「今夜は……ここに居ます」
同情か、庇護欲か、はたまた何か“特別な感情”からなのか、ルイーズは無意識にそんなことを言っていた。
「あなたの方こそ、どうぞお休みになって。何かあったらすぐにお呼びします」
「……分かりました」
ルイーズの心情を察したのか、レナルドは主を彼女に任せ部屋から出て行った。後に残されたのは壁際で待機しているひとりの侍女と、彼らだけである。
形の良い唇に、影が出来るほどの長い睫毛、鼻筋の通った美麗な顔立ち。
こうして彼の顔をじっと見るのも初めてだと思いながら、ルイーズはしばらくアランを観察した。
「……ん……」
「アラン様?」
ふいに彼が身じろぐと、ゆるいクセのある髪が乱れて彼の眼にかかった。不謹慎だと思いつつも、その様に何とも言えぬ色気を覚えた。
そして少し迷った挙句にルイーズはそっと手を伸ばし、前髪をやさしく掻き分けてやった。
その軽くて柔らかな感触に、彼女は甘美な雰囲気に誘われそうになる。
―――私……変だわ……。
落ち着かない気持ちを自覚しながら、ルイーズは先ほどから膝に乗せていた木箱に目を落とした。
彼女がゆっくりとその蓋を開けると、そこには一度も読まれなかったアランからの手紙が収められていた。
こういう王道な展開が個人的に好きです笑