10.この心は染められない‐4
勢い良く扉を開けて外に出ると、レナルドが表で待機していた。
「いかがなされました?」
いきなり飛び出して来たルイーズに、彼はただ事ではない雰囲気を感じ取った。
生気のない蒼白な顔がそれを物語っている。
「ルイーズ!」
すぐに、彼女の後を追って来たアランも扉の外に出て来た。しかしルイーズはすぐさま彼から逃れるようにそこから走り去ろうとする。
アランは素早く彼女の細い手首を掴んだ。
「待ってくれ、ルイーズ。一体何があったんだ?」
「……」
アランの問いにも、ルイーズは顔を歪めて俯いたままだ。
「何か言ってくれ、ルイーズ」
アランは哀願するようにそう言い、彼女の手首を握る指にも力がこもる。
降りしきる雨はまだ止む気配はなく、息を呑むようなこの静寂の中でその雨音はひどく虚しかった。
「……やっぱり、私には無理だったんです……こんなこと」
翼をへし折られたような惨めさ、結局は今までの自分から脱皮することのできない己への失望、そんなものに彼女は苛まれていた。
「どうして急にそんなことを言うんだ? さっきまでうまく行ってたじゃないか」
「やめて!」
ルイーズは彼の手を振りほどいた。
「……もう、止めて下さい……」
その瞳に涙が浮かべながら、彼女はか細い声で彼に抗う。
「お願いだから、これ以上私の中に入って来ないで……傷つきたくないんです」
「……ルイーズ」
境界線を越えて自分の世界に侵入してくるアランを、彼女は真っ向から拒否した。
気付かぬ間に出来あがっていた隔たりに、彼はなす術もなく茫然とする。
ただ、どうしようもない喪失感だけが残った。
*
虚ろな表情で抜け殻状態のようなアランに、レナルドは冷水を浴びせ掛けたい衝動に駆られた。
鬱陶しい事この上なく、幾度も重ねられる溜め息に彼の苛立ちは募っていく。
目を通して欲しいと渡しておいた、秋から予定されている橋の建設についての資料もほったらかしだ。
ただ書斎の椅子に腰かけ、天井をじっと仰ぎ見ているアランにレナルドは痺れを切らした。
「自業自得ですよ。性格を変えさせるなんて拷問みたいなものです」
手加減のない批判にアランは耳を塞ぎたくなる。
「その拷問を自分の婚約者にしていたなんて……愚かだな」
「はい、愚かです」
彼は面倒くさそうに適当な調子で答えた。
「お前はこうなることを予感していたのか?」
「まあ、悪い予感はしてましたよ。友人に紹介するのを黙っておく時点で」
「……僕のしたことが知らない間に彼女を苦しめていたのか」
昨日の出来事を反芻しながら、彼は自責の念に駆られる。
いつでも単純明快な自分は、彼女の心の複雑さを理解できていなかった……。
「しかし、昨日の晩餐会で何が起こったんだ?」
「大方、この婚約を良く思わない人物がルイーズ様を人知れず虐げるような真似をしたんでしょう。
まあ、どちらにしてもあなたに非があることは変わりないですが」
「……分かってることをいちいち言うな」
アランは手のひらで顔を擦りながら椅子から立ち上がった。
「コートを持ってきてくれないか」
「どちらへ?」
「悪い事をしたら謝るのが基本だろ。もうウジウジするのは止める」
自分に気合いを入れるように、彼はシャツの襟を正した。