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"肝"試し  作者: えむ
6/7

伍日目 九月五日(火)

「起立、礼!」

 また、いつもと変わらない生活が終わろうとしていた。

 いつもと変わらないはずの窓から見える青空。いつもと変わらないはずの教室。

 しかし、その青空もあいにく今日は灰色の雲に隠れ、教室もこのところ連続している事件のせいか登校した生徒は少なく、いつもより広く感じた。

 話し声もまばらで、蝉の鳴き声だけがやけに大きく聞こえた。

「帰ろうか」

 私は席を離れ、スグルに声をかけた。

 しかし、スグルは申し訳なさそうな顔をした。

「ああ、悪い」

 スグルは顔の前で手を合わせながら言った。

「駅前の本屋に寄ってから帰りたいんだ。 だから今日は先に帰ってくれ」

「ああ、そうなの。」

 私は、少し寂しい気分になりながらも、無理矢理笑って小さく手を振った。

「じゃあ、また明日ね!」

 そう言って、私は走って教室を飛び出した。

「おう」

 スグルの声が、とても遠くの方で聞こえた気がした。



 家に帰った私を迎えてくれる人はいなかった。

 父親は夜遅くまで仕事、母親は村の外まで友達に会いに出かけている。

【アカネへ。今夜の夜ご飯は自分で何とかしてね】

 そんなことを書いてある置き手紙が台所に置かれていた。

「暇だし久々に料理でもしてみようかな……」

 そう言って私は勢い良く冷蔵庫を開けた。

「うんうん、ネギも卵も野菜もある。ご飯は炊いてあるし……チャーハンでも作ろうかな」

 私は自室へ戻り、文字がびっしり書いてある一枚のメモを持ってきた。

 その紙の一番上には【チャーハンの作り方】とでかでかと書かれている。

 夏休み前に、料理が苦手な私のためにツバサが書いてくれたものだ。

 基本的な手順はもちろん、細かいところまで色々とアドバイスが書き込まれている。

「なになに? まずは鍋をコンロにかけて加熱する? ふむふむ」

 そう言いながら、私は外輪鍋をコンロの上に置いた。



「本当にこれでいいのかな?」

 私は鍋の中の、チャーハンになるはずだったモノに目をやり、眉をひそめる。

「なんかベチャベチャしてる……」

 それは、遊び疲れた育ち盛りの少年の食欲でさえも削いでしまいそうな代物だった。

 何をどうやったらこうなるのか、自分でも全く理解出来ない。

「はあ……とりあえずお皿に盛ろう」

 トボトボと食器棚に歩み寄る。

 私は、その奥の方にある見覚えのある花柄のお皿を発見した。

「あ、このお皿、昔ツバサが私の誕生日にくれたやつじゃん!」

 そう言いながら私はそのお皿を取り出そうとした。

「わっ!」

 そのお皿は急に私の手からツルンと飛び出し、床に向かって落下した。

 私はとっさに屈んだのだが、それはパリンという無機質な音を立てて真二つに割れた。

 私は大きくため息をつきながらお皿の残骸を拾う。

「ごめん、ツバサ……」

 あとで接着剤を使って付けてみようと思い、とりあえずそれを自室に置きに行った。

 そのとき、どこからか救急車とパトカーのサイレンの音が聞こえてくる。

「また事件でも起こったのかな」

 そう言ってなんとなく時計を眺める。もう二十一時を過ぎようとしていた。

「げ、もうこんな時間か」

 料理に夢中になってしまっていて、全然気づかなかった。

 机の上にお皿を置いて、私は台所へ戻った。


「いただきます」

 私がチャーハンになるはずだったソレを口に運ぼうとスプーンですくった時、プルル、と家の電話が鳴った。

「もしもし」

 電話の向こうから聞こえてきたのはスグルのお母さんの声だった。

「あら、アカネちゃん。今、スグルどこにいるか知らない?」

「帰るときに駅前の本屋に行くって言ってましたけど、まだ帰ってないんですか?」

「そうなのよ。何回携帯に電話しても出てくれないし……。じゃあ他の人に聞いてみるわ、ありがとう」

 そう言われて電話は切れた。

 心配なので私もスグルに電話してみようと思い、自室に置きっぱなしだった携帯を取りに行く。

 携帯を開くと、画面に【一件の着信あり】の文字が表示されていた。

 スグルからだ。それも三〇分前。

 私は急いでかけ直す。

 プルル、プルルという電子音だけが再生されるだけで、いつまで待っても彼の声が聞こえてくることはなかった。

 その時、家の外から別の声が聞こえてきた。

「また駅前で人が殺されてるってよ」

「本当、最近怖いわね」

 頭の中にスグルの顔が浮かんでくる。

 私は急いで靴を履き、玄関を飛び出した。

 そして自転車に飛び乗り、駅までの道を全力で駆け抜けた。



 私はもう冷静でなんかいられなかった。

 放課後、彼は駅前の本屋に行くと言っていた。そしてまだ帰ってきていない。

 頭の中では恐怖と焦りの感情がグルグルと渦巻いていた。

 しばらく走ると、駅の明かりと、点滅する赤いランプが見えてくる。

 私は、人集りの出来ているところへ向かった。



 現場に着いた私は、一番近くにいた五十代くらいのガリガリに痩せているお巡りさんに声をかける。

「あ、あの……!」

 息も絶え絶えに声を絞り出す。

「ど……どうしかましたか?」

 ただならぬ私の雰囲気にお巡りさんも驚く。

「殺されたのって……誰なんですか? まさか……守逸高校の男の子じゃ、ないですよね?」

 私は今にも涙が出そうだった。もうパニックになってしまって、言葉が次々と吐き出される。

「落ち着いてください、殺されたのは男性ではなくて四十代の女性です」

 お巡りさんの細い指が私の肩を強く掴み、落ち着かせようとする。

 私は殺されたのがスグルではないと知って、安堵した。

「よかった……」

 私はそうつぶやくと、球に力が抜け、その場にペタリと座り込んだ。

 血が素早く全身を巡って、なんだか生き返った気分になる。

「でも――」

 お巡りさんが再び口を開く。

「そういえば角がない鬼の面みたいなものをかぶった守逸高校の男子生徒がいたっていう証言があったな……。血をすすってただかなんだか言ってたけど」

 私の顔が再び血の気が引いた。

「もしよろしければあなたが捜している守逸の男子生徒の話を聞かせてもらいたいんですけど――ってちょっと、待って!」

 私は彼の静止も聞かずに自転車に飛び乗り、走りだした。

 向かう先は、恭心病院。



 私は、恭心病院の廊下を走った。

 まさか、と思ったが、確かめずにはいられなかった。

 躊躇なく入院病棟へ入る。

 何度見ても不気味な場所だが、今はそんなことを気にしていられる状況じゃない。

 私の足音が病院内に響き渡る。

 思えば、前に夢で見た光景を自分で再現しているようだ。

「えっと……あった、三〇三号室」

 前に鬼の面があった部屋。

 ツバサがもがき苦しんでいた部屋。

 夢のなかで、私が殺された部屋。

 おそらく、何もかもが変わってしまった、始まりの部屋。

 その部屋のドアは、閉まっていた。

 前に来たとき、閉めて帰った覚えはない。

 あの後に何者かが来てドアを閉めた、ということになる。

 私は血がこびりついているドアノブに手をかける。

 そして、勢い良く、ドアを開けた。

 蝶番が錆びた鉄がこすれる音をたてた。

 私はとっさに部屋の中に目を走らせる。

 が、中には誰もいなかった。

 もちろん、ベッドの上にはあの時の面もなかった。

 ベッドの下に何かがチラッと見えた気がしたので覗き込むために私は屈み込む。

 私はそれを見た途端、固まった。

「嘘……」

 暗くてよく見えなかったが、四十代か五十代くらいの男性の首に見えた。

 あの顔は――ツバサの、お父さんだ。

 怖くなって私はその部屋から飛び出す。

「そうだ……警察に……」

 私は携帯を取り出し、一一〇番に電話を掛けるためにボタンを押しながら出口に向かって走った。

 ――その時だ。

「きゃっ!」

 ドスン、という音をたて、私は廊下に尻餅を付いた。

 前から来た人にぶつかってしまったようだ。

 衝撃で通話ボタンが押され、そのまま携帯電話はプルルと小さな音を発しながら、手から離れて廊下を滑っていった。

「す……すみません」

 と私はとっさに謝った。

 が――私は謝った直後に気づいた。

 ここは、無人のはずだ。

 私は目の前の人影を見るためにバッと顔を上げた。

「ひひっ」

 そこには、角がなく牙が長い鬼の面を左手に、血塗れのバタフライナイフを右手に持った、よく見慣れた金髪の男子生徒が立っていた。

 私は自分の目を疑った。暗くてよく見えないだけだ、と自分に思い聞かせた。

 血まみれで、刃物を持って、今までに見たことがないほど冷たい笑みを浮かべた幼なじみが私の目の前に立っている。

 そんなことが信じられるはずがなかった。

「ス……スグル……なの?」

 私は恐る恐る聞いた。

 違うと言って欲しかった。

「おいおい、幼なじみの顔も忘れちまったのか?」

 そんな私の思いとは裏腹に、彼は突き刺さるような冷たい声でそう言い返してくる。

 あの優しかったスグルはどこに行ってしまったのか。

 私の頭の中は絶望という言葉に支配された。

「なんだ? こんな時間にこんなところに来て? ああそうか、一人で肝試しか!」

 ひゃはは、と彼が甲高い声で嘲笑う。

「……」

 私は、もう何も言えなかった。

 この光景は、私の心を完全に破壊するほどの威力があるものだった。

 彼はしゃがみ込み、私に顔を近づけてきた。

 私はとっさに離れようとしたがもう体に力が入らなかった。

 もうこんなスグルは見たくない。夢ならば早く覚めて欲しい。

 そう思い、私は目を閉じた。

「アカネ……」

 耳元で甘い、彼の声がした。

「きれいだよ、アカネ」

 こんな状況だというのに、私の顔は少し熱くなった。

 いつもの彼の、優しい彼の声に戻ったような気がした。

 その時、私の右肩に手がかけられ、唇に柔らかい何かが押し付けられる。

 スグルの唇かな、なんでこんなに冷たいんだろう。

 ほんの一瞬、のんきにそんなことを考えていた。

 そして私の服はビリビリと剥がされ、胸があらわになる。

 恥ずかしい――そう思ったと同時に、私の左の乳房に何か冷たく、鋭いものが触れた。

 その瞬間、私は胸の奥に激しい痛みを感じた。

「うっ」

 思わず声が漏れる。

 私はゆっくり薄目を開く。

 視界は、赤く染まっていた。

 私の胸からはあたたかい液体が溢れ出していた。

 みるみるうちに私の服がそれを吸い込み、生ぬるく、そして重くなっていく。

 痛いを通り越して、気持ちよくも思えた。

「ひひっ! やっぱ若い女の血はうまいなぁ! レバーも新鮮そうだ!」

 スグルは、私の体からドクドク流れ出る血液をまるで水でも飲むかのようにゴクゴクと喉を鳴らして飲んでいた。

 彼の顔が霞んでいく。

 もう視界がぼやけて何も見えない。

『もしもし? どうしたんですか?』

 少し遠くから男の人の声が聞こえた。

 私の携帯電話だろう。一一〇番につながっていたようだ。

 しかし、その声もだんだん遠のいていく。

 私の意識は、ゆっくりと消えていった。




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