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君だけが壊せなかった  作者: 南蛇井


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シーン6:ヒロイン登場

教室のドアが開いた。


 その瞬間、空気がわずかに動いた。


 ただの開閉音。


 ただの金属音。


 それだけのはずだった。


 だが、違った。


 教室の全員の意識が、そこへ向いた。


 鹿間斎も――


 気づけば、顔を上げていた。


 意図してではない。


 反射だった。


 入り口に、一人の女子生徒が立っていた。


 制服は同じ。


 だが、着られているのではなく、馴染んでいるように見えた。


 背筋が伸びている。


 肩の力が抜けている。


 そして。


 笑っていた。


 作った笑顔ではない。


 誰かに向けた笑顔でもない。


 そこにいることを受け入れている笑顔。


 自然な笑顔だった。


 教室の空気が、少しだけ明るくなる。


 教師が言う。


「転校生だ。自己紹介を」


 女子生徒は、一歩前に出る。


 教卓の横に立つ。


 教室を見渡す。


 一人一人を見るように。


 流すのではなく。


 確かめるように。


 そして、口を開いた。


「水無月ひかりです」


 声は、澄んでいた。


 よく通る。


 だが、大きすぎない。


「よろしくお願いします」


 軽く頭を下げる。


 その動作も、自然だった。


 ざわめきが、すぐに広がる。


「かわいい」


「マジじゃん」


「当たりだろこれ」


 好意的な声。


 歓迎の空気。


 水無月は、もう一度、教室を見る。


 笑顔のまま。


 視線を動かす。


 前の席。


 中央の席。


 窓際の席。


 順番に。


 そして。


 一瞬だけ。


 止まった。


 鹿間斎の席で。


 目が合った。


 鹿間の心臓が、わずかに強く打つ。


 なぜかは、わからない。


 水無月は、すぐに視線を動かした。


 だが。


 見た。


 確かに、見た。


 教師が、出席簿を見る。


「席は……」


 教室を見回す。


 空いている席は、限られている。


 そして。


 指をさした。


「鹿間の隣だな」


 時間が、止まる。


「え……」


 声が、漏れた。


 自分の声だった。


 無意識だった。


 教師が、鹿間を見る。


「どうした?」


「……いえ」


 否定する。


 それ以上は、言えない。


 言えない。


 水無月が、歩いてくる。


 一歩ずつ。


 近づいてくる。


 距離が、縮まる。


 危険が、近づく。


 鹿間の呼吸が、浅くなる。


 手袋の中で、指が強張る。


 逃げたい。


 だが、逃げられない。


 教室だ。


 逃げ場はない。


 水無月が、隣の席に立つ。


 机に手を置く。


 直接。


 何も介さずに。


 触れている。


 鹿間は、その手を見る。


 白い指。


 細い指。


 無防備な手。


 危険な手。


 水無月が、座る。


 椅子を引く音。


 距離が、確定する。


 隣。


 すぐ隣。


 鹿間の世界で、一番危険な距離。


 水無月が、横を見る。


 鹿間を見る。


 そして、笑った。


「よろしくね」


 まっすぐな声。


 ためらいがない。


 警戒もない。


 ただの挨拶。


 普通の挨拶。


 鹿間は、何も言わない。


 言えない。


 言葉を返せば、関係が生まれる。


 関係は、接触を生む。


 接触は――


 破壊を生む。


 鹿間は、視線を逸らす。


 机を見る。


 何も見ていない。


 ただ、逃げている。


 沈黙。


 普通なら、気まずくなる時間。


 だが。


「ふふ」


 水無月は、笑った。


 困ったようにではない。


 呆れたようにでもない。


 楽しそうに。


 面白そうに。


 笑った。


「無視されちゃった」


 小さく、独り言のように言う。


 責める響きはない。


 ただの事実として。


 そして、水無月は前を向いた。


 それで終わりだった。


 それ以上、何も言わない。


 何も求めない。


 ただ、そこにいる。


 隣にいる。


 鹿間は、動けない。


 隣の存在を、強く意識している。


 近い。


 近すぎる。


 だが。


 触れてはいない。


 まだ、触れてはいない。


 それだけが、救いだった。


 鹿間は、自分の手を見る。


 黒い手袋。


 境界。


 壁。


 それがある限り、大丈夫だ。


 壊さない。


 壊さずに済む。


 そのはずだった。


 だが、初めて。


 鹿間の世界に。


 壁の内側に。


 誰かが入ってきた。


 名前を持った存在が。


 水無月ひかりが。


 隣で、静かに笑っていた。

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