第4幕:破壊の発動 シーン1:破壊の開始(75%)
夜は、あまりにも静かだった。
窓の外には街の灯りが並んでいる。規則正しく、整然と。まるで、この世界が正しく動いている証明のように。
その部屋の中央で。
水無月ひかりは、銃を構えていた。
両手で、しっかりと。
その銃口は、鹿間斎の胸をまっすぐに捉えている。
距離は三メートル。
近すぎもせず、遠すぎもしない。
確実に、殺せる距離。
斎は、動かなかった。
逃げようとはしない。
身構えもしない。
ただ、立っている。
まるで、それが当然であるかのように。
しばらく、誰も何も言わなかった。
時計の針の音だけが、やけに大きく聞こえる。
――カチ。
――カチ。
斎は、その音を聞きながら思った。
ああ、と。
ついに来たのだと。
終わりが。
それは予想していたはずだった。
理解していたはずだった。
彼女は、安全装置だ。
自分を殺すための存在。
最初から。
最初から、そうだったのだ。
だから。
斎は、言った。
「撃てばいい」
自分でも驚くほど、静かな声だった。
震えはなかった。
恐怖もなかった。
ただ、事実を述べるように。
水無月ひかりの肩が、わずかに揺れた。
銃口が、ほんの少しだけ下がる。
すぐに戻る。
しかし、その揺れは確かに存在した。
彼女は、引き金に指をかけている。
かけているのに。
引かない。
引けない。
沈黙が、部屋を満たす。
斎は、彼女を見ていた。
その目を。
その指を。
その、表情を。
――なぜ。
そう思った。
なぜ撃たない。
撃てるはずだ。
それが任務のはずだ。
それが、彼女の存在理由のはずだ。
なのに。
撃たない。
斎は、その理由を考えた。
そして。
理解した。
ああ、と。
そうか、と。
撃てないのではない。
撃たないのでもない。
違う。
もう、どちらでもいいのだ。
撃つか、撃たないか。
そんなことは。
もう。
どちらでも。
いい。
その瞬間。
斎の中で。
何かが、音もなく終わった。
崩れたわけではない。
壊れたわけでもない。
ただ。
消えた。
最後まで、残っていたものが。
最後まで、信じていたものが。
最後まで、期待していたものが。
消えた。
何も、残らなかった。
空っぽだった。
最初から、空っぽだったかのように。
斎は、笑った。
口元が、わずかに歪む。
それが笑顔であることを、自分でも理解するのに時間がかかった。
楽しくはなかった。
嬉しくもなかった。
ただ。
笑った。
壊れた形で。
「……もういい」
その言葉は、小さかった。
しかし、確かに部屋の中に落ちた。
水無月ひかりの目が、揺れる。
斎は、視線を外した。
彼女を見る意味を、失った。
ゆっくりと。
一歩、前に出る。
床が、軋む。
それだけのことが。
やけに遠く感じられた。
斎は、自分の手を見た。
何度も見てきた手。
何度も恐れてきた手。
何度も、呪った手。
しかし今は。
何も思わなかった。
守る理由がない。
恐れる理由もない。
世界に価値がないのなら。
壊れても。
壊しても。
同じだ。
斎は、立ち上がった。
それは、ただの動作だった。
特別な意味はない。
決意もない。
覚悟もない。
ただ。
終わったから。
立っただけだ。
その瞬間。
部屋の空気が、わずかに歪んだ。
誰も、気づかないほどの変化。
しかし。
確実に。
世界のどこかが。
静かに、
終わり始めていた。




