第5破壊(70%)
部屋は、白かった。
壁も。
天井も。
床も。
全てが、
感情を拒絶する色だった。
窓はなかった。
外の世界は、
ここには存在しない。
あるのは、
任務だけだった。
ヒロイン――水無月ひかりは、
部屋の中央に立っていた。
背筋を伸ばし、
両手を後ろで組み、
微動だにせず。
その姿は、
学校で見せる彼女とは、
まるで違った。
笑顔は、
なかった。
足音がする。
規則正しい、
迷いのない足音。
扉が開く。
監視官・久世真白が、
入ってくる。
無駄のない動き。
無駄のない視線。
無駄のない存在。
久世は、
彼女の前で止まる。
「命令が下りた」
それだけで、
意味は分かった。
聞く前から、
分かっていた。
この日が来ることを、
知っていた。
「対象A-17」
一拍。
「処分命令が下りた」
空気が、
わずかに、
揺れた。
だが、
それだけだった。
水無月ひかりは、
瞬きすらしなかった。
「対象を排除しろ」
命令は、
絶対だった。
理由は、
必要ない。
感情も、
必要ない。
彼女は、
そのために存在している。
安全装置。
兵器。
人間ではない。
だから、
答えは決まっていた。
「了解」
彼女は、
そう言った。
完璧な、
返答だった。
迷いのない、
返答だった。
任務として、
正しい返答だった。
だが、
久世の目が、
わずかに細くなる。
「……水無月」
名前を呼ばれる。
彼女は、
動かない。
「異常はないか」
確認。
点検。
機械に対する、
それと同じ。
「ありません」
即答。
正確な、
報告。
それで、
会話は終わるはずだった。
だが、
その時。
彼女の指が、
わずかに、
動いた。
握られていた手が、
ほんの少しだけ、
強くなる。
思い出す。
夕暮れ。
河川敷。
彼の手。
震えていた手。
「触れてもいいか」
あの声。
壊れることを、
恐れていた声。
そして、
触れた瞬間。
彼が、
見せた顔。
あの時の、
表情。
――救われたような、
顔。
胸の奥が、
わずかに、
痛む。
知らないはずの、
感覚。
存在しないはずの、
反応。
彼女は、
それを、
理解しない。
理解しないまま、
押し込める。
任務に、
不要なもの。
排除する。
それが、
正しい。
「……以上です」
彼女は言った。
声は、
いつも通りだった。
正確だった。
完璧だった。
だが、
久世は、
気づいていた。
ほんの、
わずかな、
ズレに。
機械には存在しない、
誤差に。
彼女の声は、
ほんの少しだけ、
震えていた。
それは、
錯覚かもしれない。
気のせいかもしれない。
だが、
確かに、
そこにあった。
久世は、
何も言わなかった。
ただ、
彼女を見ていた。
そして、
背を向ける。
「任務を遂行しろ」
それだけを残して、
部屋を出ていく。
扉が閉まる。
音が、
消える。
静寂。
完全な、
静寂。
水無月ひかりは、
一人になる。
動かない。
動けない。
視線が、
ゆっくりと、
自分の手に落ちる。
その手は、
何も握っていない。
だが、
覚えている。
触れた感触を。
壊れなかった感触を。
壊さなかった感触を。
彼女は、
その手を、
強く、
握りしめた。




