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君だけが壊せなかった  作者: 南蛇井


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シーン2:通学 ― 接触への恐怖

通学路は、すでに人で満ちていた。


 同じ制服の波が、同じ方向へ流れている。誰もが同じ朝を疑わずに受け入れ、同じ場所へ向かって歩いている。


 斎は、その流れの端を歩いていた。


 できるだけ、端を。


 車道側でも、建物側でもなく、白線の上をなぞるように。


 誰とも肩が触れない位置。


 それが、彼の位置だった。


 前を歩く男子生徒が、笑いながら振り返る。隣の友人の肩を軽く叩く。


 ぱしん、と乾いた音がした。


 斎の視線は、自然とそこに引き寄せられる。


 叩いた手。


 叩かれた肩。


 何事もなかったように続く会話。


 斎は目を逸らした。


 交差点が近づく。


 信号は青だった。


 人の流れが少し速くなる。


 横断歩道に足を踏み入れた瞬間、右側から別の流れがぶつかってきた。


 他校の生徒たち。


 色の違う制服。


 知らない顔。


 距離が、一気に縮まる。


 斎は無意識に、歩幅を小さくした。


 前方から、女子生徒が歩いてくる。


 スマートフォンを見ていた。


 視線は画面に落ちたまま、周囲を見ていない。


 進路が、重なる。


 斎は左に寄る。


 女子生徒も、同じ方向にずれる。


 さらに寄る。


 女子生徒も、同じように寄る。


 ぶつかる。


 そう理解した瞬間、斎の身体が先に動いた。


 反射だった。


 左足を強く踏み込み、身体を反転させる。


 背中を仰け反らせるようにして、接触を回避する。


 視界が揺れる。


 バランスを崩す。


 靴底がアスファルトを滑る。


 転びかける。


 それでも、手は伸ばさない。


 地面に触れるくらいなら、転ぶ方を選ぶ。


 斎は数歩よろめき、なんとか踏みとどまった。


 心臓が、遅れて跳ね上がる。


 どくん、と一度。


 それから、速くなる。


「え、なに?」


 女子生徒の声。


 驚きと、困惑が混ざった声だった。


 斎は顔を上げない。


 視界の端に、彼女の手が見えた。


 白い指。


 細い手首。


 何の力も持たないはずの、それ。


 斎には、それが別のものに見えていた。


 触れれば、終わるもの。


 壊すもの。


 壊してしまうもの。


 女子生徒は、しばらく斎を見ていた。


 やがて、小さく首を傾げ、


「……変なの」


 と呟いた。


 その言葉を、斎は聞いていた。


 しかし、何も言わなかった。


 謝らなかった。


 謝る理由が、彼女にはあって、彼にはない。


 彼は、ただ避けただけだ。


 壊さないために。


 それだけだった。


 斎は再び歩き出した。


 今度は、さっきよりも速く。


 逃げるように。


 後ろで、女子生徒の足音が遠ざかる。


 周囲のざわめきが戻る。


 笑い声。


 話し声。


 信号の電子音。


 世界は、何も変わっていない。


 斎だけが変わっている。


 斎は自分の手を見た。


 黒い手袋。


 布の下で、指先がわずかに震えている。


 さっき、あと数センチで触れていた。


 もし触れていたら。


 斎は想像を止めた。


 想像する必要はない。


 知っているから。


 昔、一度だけ。


 斎は視線を前に戻した。


 前方を歩く生徒たちの手が見える。


 揺れている。


 無防備に。


 何も知らないまま。


 斎には、それが危険物のように見えた。


 刃物よりも。


 炎よりも。


 ずっと、危険なもの。


 誰も、それを知らない。


 知らなくていい。


 知っているのは、自分だけでいい。


 斎は歩き続けた。


 誰にも触れずに。


 誰も壊さずに。


 ただ、それだけを守りながら。

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