表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
君だけが壊せなかった  作者: 南蛇井


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

13/23

シーン5:帰り道(距離の縮小)

放課後。


 校門を出ると、世界は少し広くなる。


 教室という箱から解放されるはずなのに、


 鹿間斎にとっては、


 むしろ境界が曖昧になる時間だった。


「鹿間くん」


 後ろから声。


 振り返らなくてもわかる。


「一緒に帰ろ」


 水無月ひかり。


 鹿間は、わずかに息を止めた。


 断る理由を探す。


 だが、


 見つからない。


 危険だから。


 近いから。


 壊すから。


 ――それを、言葉にはできない。


「……好きにしろ」


 拒絶でも、


 受容でもない。


 曖昧な返答。


 それでも、水無月は笑った。


「うん」


 当然のように、


 隣に並ぶ。


 


 歩き出す。


 最初の距離は、


 約二メートル。


 安全圏。


 腕を伸ばしても、


 届かない距離。


 壊れない距離。


 鹿間は、その距離を維持するように歩いた。


 歩幅を調整する。


 速度を調整する。


 無意識に。


 


「今日の数学さ」


 水無月が話す。


「先生の説明、長すぎない?」


「……普通だ」


「えー、長いよ」


 彼女は笑う。


 鹿間は、前を見たまま、


 それ以上は答えなかった。


 


 しばらく歩く。


 信号。


 停止。


 水無月が、少しだけ近づく。


 距離、


 一・五メートル。


 鹿間の呼吸が浅くなる。


 信号が青になる。


 歩き出す。


 


 また、


 少し近づく。


 一メートル。


 危険域。


 腕が触れれば、


 終わる距離。


 鹿間の心臓が強く打つ。


 逃げろ、と、


 体の奥が命じている。


 離れろ、と、


 本能が叫んでいる。


 だが。


 足は、


 動かなかった。


 


「鹿間くんの家ってさ」


 水無月が言う。


「こっち?」


「……ああ」


「一緒だね」


 偶然。


 それだけのこと。


 それなのに、


 世界が、


 さらに狭くなる。


 


 歩く。


 並んで。


 同じ方向へ。


 同じ速度で。


 


 距離、


 五十センチ。


 肩が、


 触れそうになる。


 空気が、


 重なる。


 体温が、


 伝わりそうになる。


 鹿間の全身が、


 硬直した。


 


 ――触れる。


 ――壊れる。


 ――消える。


 イメージが、


 脳裏をよぎる。


 何度も、


 何度も、


 繰り返してきた未来。


 避けてきた未来。


 その境界線に、


 今、


 立っている。


 


 水無月は、


 気づいていない。


 普通に歩いている。


 普通に呼吸している。


 普通に、


 隣にいる。


 


 鹿間は、


 動けなかった。


 逃げることも、


 離れることも、


 できたはずなのに。


 できたはずなのに。


 


 ――逃げなかった。


 


 理由は、


 わからない。


 恐怖は、


 消えていない。


 心臓は、


 まだ、


 暴れている。


 それでも。


 


 逃げなかった。


 


 水無月の肩が、


 わずかに揺れる。


 触れる、


 寸前。


 


 鹿間は、


 息を止めた。


 


 ――触れるな。


 ――触れるな。


 ――触れるな。


 


 祈るように、


 願うように。


 


 だが。


 その瞬間、


 水無月が、


 少しだけ前に出た。


 距離が、


 わずかに開く。


 接触は、


 起きなかった。


 


 鹿間の肺に、


 空気が戻る。


 


「どうしたの?」


 水無月が振り返る。


 不思議そうに。


 


「……いや」


 鹿間は答えた。


 それ以上は、


 何も言えなかった。


 


 また、


 歩き出す。


 


 距離、


 五十センチ。


 


 危険な距離。


 


 それでも、


 鹿間斎は、


 もう、


 逃げなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ