シーン3:監視官登場(裏の物語開始)
河川敷を見下ろす高台は、人気がない。
公園として整備されているにも関わらず、誰も来ない場所というのは存在する。理由は特にない。ただ、来る理由がないだけだ。
その場所に、久世真白は立っていた。
白い指が、双眼鏡を支えている。
視線の先――河川敷。
草の上に座る、二つの人影。
一人は少女。
一人は少年。
少女は、笑っている。
少年は、笑っていない。
真白は、少年の方を見ていた。
瞬きをしない。
観察。
記録。
確認。
彼女の耳元で、小さな電子音が鳴る。
通信接続。
真白は、双眼鏡を覗いたまま口を開いた。
「――対象コード、D-01」
声に感情はない。
「接触確認」
間。
双眼鏡の倍率を、わずかに上げる。
少年の指先が見える。
草に触れている。
何も壊れていない。
「……」
真白の瞳が、わずかに細くなる。
「感情変動あり」
通信の向こう側は、沈黙していた。
記録している。
解析している。
判断している。
真白は続ける。
「破壊衝動――減衰傾向」
初めての報告だった。
これまで存在しなかった変化。
存在してはならなかった変化。
風が吹いた。
双眼鏡の向こうで、少女の髪が揺れる。
少年は動かない。
ただ、そこにいる。
「原因――」
真白は、ほんのわずかに言葉を止めた。
双眼鏡の中心で、二人の距離を測る。
約一メートル。
接触可能距離。
危険域。
それでも――
何も起きていない。
「……不明」
それだけを告げた。
通信の向こうで、微かなノイズが走る。
誰かが息を吐いたような音。
あるいは、それは錯覚かもしれない。
真白は、ゆっくりと双眼鏡を下ろした。
肉眼で見る。
少年は、小さい。
あまりにも小さい。
報告書の中の存在とは、まるで別物のように。
――対象コード D-01
それは、人間に付けられる名称ではない。
識別番号。
管理番号。
分類記号。
かつて、彼は。
触れたものすべてを破壊した。
例外なく。
無差別に。
意図もなく。
ただ、そういう現象として。
なのに――
真白は、もう一度だけ双眼鏡を上げた。
少女が、何かを話している。
少年が、聞いている。
それだけだった。
破壊は起きない。
崩壊は起きない。
終わりは来ない。
世界は、続いている。
真白は、呟いた。
「……なぜ」
その言葉は、通信には乗らなかった。
記録にも残らない。
ただの独白。
監視官としてではなく、
一人の観測者としての、
疑問だった。
イヤーピースの向こうから、遅れて声が届く。
『監視を継続せよ』
短い命令。
感情のない命令。
真白は答える。
「了解」
視線を戻す。
対象コード D-01。
世界で最も危険な存在。
そのはずの少年は――
今、
ただ、
誰かの隣に座っていた。
そして、その事実を。
彼自身は、
まだ、
何も知らない。




