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昨日の夜は1度も帰宅しない私を心配して、母は不安そうに門扉の前で立っていた。
街灯に照らされた母の目は赤かった。きっとたくさん泣いたんだ。
「あの、ごめんなさい。学校行けなかった」
「うん」
「でも夜に、行ってきた」
「え?」
背中を擦ってくれていた母の手が止まる。
「この前話した女の子と、校門までだけど」
「…」
突然のことに驚いて声も出ないらしい。
「楽しかった。学校ごっこ。あんなふうに学校通えたらよかったな」
「…そうね」
お互いに顔を見合わせてふふって微笑んだ。
「明日、小谷先生に電話するね。通信制の高校の資料もらおうと思うの」
「うん。…そうね」
その日の夜、私は夢をみた。
ミィちゃんと同じ制服を着て、同じ学校へ通う。どうやら部活も同じらしい。
心配性なミィちゃんのおばあちゃんが迎えにくる。
もー!過保護なんだから!って怒りながら3人であの家でアイスを食べた。
叶わない夢に涙が出た。幸福で、涙が出た。
「先生、通信制高校の資料、まとめて持って来てくれるって」
担任の小谷先生は優しい声をしていた。
ハジメマシテって挨拶をしたらヨロシクって返してくれた。
同時に私は勉強をはじめることにした。時間だけはたくさんある。
いつかミィちゃんのような無戸籍な子の手助けをしたい。
中学1年生の数学から取りかかることにした。
集中していたらあっという間に夜になった。
少し早いけどコンビニへ行くとミィちゃんはもうイートインコーナーに座っていた。
「私ね、勉強はじめたの。今中1の数学してる。幸いにも頭はいいんだ」
「いいな、勉強。テストとかしたかった」
今日もミィちゃんはおにぎりを頬張っている。
「ちょっと待ってて!」
店員さんにいらない紙とボールペン、赤ペンを借りる。
スラスラと紙にボールペンで問題をかいた。
九九はできるだろうか?あ、でも九九のポスターが貼ってあったな。
「はい、10問!解いてみて!1問10点の100点満点だよ」
最後の1口を口に押し込んで、問題を解き始める。
思ったよりスラスラ解いてる。簡単すぎたかな?
「はい!」
丸つけをすると1問だけ間違っていた。でも私は丸をつけた。
「すごい!全問正解!100点だよミィちゃん!」
カメラを取り出して、100点を誇らしく掲げるミィちゃんの写真を撮った。
あ、最後の1枚だ。
「ねえ、最後の1枚になっちゃった」
「ここで、撮ろう。初めて出会ったこの場所で」
カメラを向けてシャッターを押す。その瞬間、ミィちゃんが私の頬にキスをした。
「ミィ、たこの口になってるかもー」
もう1度キスしようとしてくる。
「ちょっと、やめてー!」
私たちはどう見えるだろうか。
トモダチにみえているんだろうか。
トモダチと呼ぶにはおこがましくて、その疑問に蓋をした。




