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ひと夏の透明  作者: ここやまいぬこ


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345600秒

昨日の夜は1度も帰宅しない私を心配して、母は不安そうに門扉の前で立っていた。

街灯に照らされた母の目は赤かった。きっとたくさん泣いたんだ。


「あの、ごめんなさい。学校行けなかった」

「うん」


「でも夜に、行ってきた」

「え?」

背中を擦ってくれていた母の手が止まる。


「この前話した女の子と、校門までだけど」

「…」

突然のことに驚いて声も出ないらしい。


「楽しかった。学校ごっこ。あんなふうに学校通えたらよかったな」

「…そうね」

お互いに顔を見合わせてふふって微笑んだ。


「明日、小谷先生に電話するね。通信制の高校の資料もらおうと思うの」

「うん。…そうね」


その日の夜、私は夢をみた。

ミィちゃんと同じ制服を着て、同じ学校へ通う。どうやら部活も同じらしい。

心配性なミィちゃんのおばあちゃんが迎えにくる。

もー!過保護なんだから!って怒りながら3人であの家でアイスを食べた。


叶わない夢に涙が出た。幸福で、涙が出た。


「先生、通信制高校の資料、まとめて持って来てくれるって」

担任の小谷先生は優しい声をしていた。

ハジメマシテって挨拶をしたらヨロシクって返してくれた。


同時に私は勉強をはじめることにした。時間だけはたくさんある。

いつかミィちゃんのような無戸籍な子の手助けをしたい。

中学1年生の数学から取りかかることにした。


集中していたらあっという間に夜になった。

少し早いけどコンビニへ行くとミィちゃんはもうイートインコーナーに座っていた。


「私ね、勉強はじめたの。今中1の数学してる。幸いにも頭はいいんだ」

「いいな、勉強。テストとかしたかった」

今日もミィちゃんはおにぎりを頬張っている。


「ちょっと待ってて!」

店員さんにいらない紙とボールペン、赤ペンを借りる。

スラスラと紙にボールペンで問題をかいた。

九九はできるだろうか?あ、でも九九のポスターが貼ってあったな。


「はい、10問!解いてみて!1問10点の100点満点だよ」

最後の1口を口に押し込んで、問題を解き始める。

思ったよりスラスラ解いてる。簡単すぎたかな?


「はい!」

丸つけをすると1問だけ間違っていた。でも私は丸をつけた。


「すごい!全問正解!100点だよミィちゃん!」

カメラを取り出して、100点を誇らしく掲げるミィちゃんの写真を撮った。


あ、最後の1枚だ。


「ねえ、最後の1枚になっちゃった」

「ここで、撮ろう。初めて出会ったこの場所で」

カメラを向けてシャッターを押す。その瞬間、ミィちゃんが私の頬にキスをした。


「ミィ、たこの口になってるかもー」

もう1度キスしようとしてくる。

「ちょっと、やめてー!」


私たちはどう見えるだろうか。

トモダチにみえているんだろうか。

トモダチと呼ぶにはおこがましくて、その疑問に蓋をした。

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