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今日も母は熱を出して寝込んでいる。
病院へ行ったついでにスーパーでご飯を買い込んできたようだ。
レトルトのおかゆやゼリー、経口補水液がテーブルの上に並んでいる。
昨日帰宅後、スマホでおかゆや雑炊の作り方、ご飯の炊き方を調べていた。
気持ちはあるのに行動にうつせない。失敗が怖い。変化が怖い。
「あの…今日もコンビニ行くね。女の子、昨日会えた」
「そう、よかったね」
起き上がって、バッグに手を伸ばす。財布から千円札を取り出して手渡しされた。
まだ熱が高いんだろう…一瞬触れた手は酷く熱を帯びていた。
「いってくる…」
「………いってらっしゃい」
コンビニのイートインコーナーにミィちゃんの影がみえる。
ドアを抜けると嬉しそうなミィちゃんと目が合った。
今日も美味しそうにおにぎりを頬張っている。
私も適当に商品を購入してミィちゃんの隣に座った。
「ミィちゃんは、その、わかるの?」
「ん?」
「自分がもうすぐ消えちゃうって感覚」
「うーん、わかると言えばわかるし、わからないと言えばわからない」
「難しい言い回し」
「すっごくふわふわと自分は死ぬんだなって、実感はないけど決定事項って感じ」
「……嫌だな」
「へ?」
ミィちゃんがおにぎりを食べるのをやめてこちらをみる。
「次の夏も、次の夏も、ミィちゃんに会いたい」
「ふふ」
「私ね、学校行ってないの。だから友達もいないの」
「ミィとおんなじだね」
「こんなとき、何を残したらいいかわからない」
「あ、じゃあ、写真撮ろう」
「写真?」
「インスタントカメラっていう使い捨てカメラがね家にあるの!古いけど新品だよ」
「いいね、アルバム作ってーメッセージかきこんでー」
「明日持ってくるね。これって、えっとー…あ!そう青春だね!」
ニコニコのミィちゃん。もしかしたら決定事項なんて覆せるかもしれない。
覆してみせる。蝉に転生したミィちゃんの運命を変えてやるんだ。
「あ、明日じゃなくて、これからミィのお家にくる?」
突然のお誘いに驚きつつも、心が躍った。
だってこれはトモダチ同士みたいだから。
「いいの?」
「うん、公園抜けたらすぐだよ」
私たちは手をつないでコンビニを出た。
ミィちゃんは小さな子がするみたいに手をブンブン振って歩こうとする。
やめてよって笑うともっと大きく振る。
公園を抜けた先に木造の平屋が建っていた。表札はない。
ミィちゃんへのおばあちゃんの配慮だろうか。
真っ暗だったけど、庭先の物干しざおに洋服がかかっている。
デザイン的におばあちゃんのものだろう。
取り込めずにいるのか、それとも生前と同じようにミィちゃんの習慣なんだろうか。
「おじゃまします」
コンクリートむき出しの玄関。古いけど趣のある家。
ミィちゃんの匂いがする。ミィちゃんの陽だまりのような匂い。
「その辺に座って待っててね、カメラ持ってくる」
無造作に本や新聞が積まれている。ひらがなやアルファベットのポスターもある。
ミィちゃんの絵らしきもの、工作、小さい頃の写真がたくさん飾ってある。
ああ、これだけでわかる。
ミィちゃんがどれだけ愛されて育てられてきたのか。
「これ、カメラだよ」
インスタントカメラ、古そうだけど確かに未開封の新品だ。
以前SNSで流行ったことがあったから使い方は知っている。
「あそこの部屋ね、あそこ、おばあちゃんの部屋なんだ」
「うん」
「1度も入れないんだ。入りたいのに、ミィが入ったらもうおばあちゃんの部屋じゃなくなっちゃう」
「うん」
気の利いたことも言えず、頷くだけが精一杯だった。
「帰ろうか」
暫しの沈黙のあと、ミィちゃんが気をつかって切り出してくれた。
「ミィちゃんのおばあちゃん!おじゃましました。ミィちゃんに出会えてしあわせです」
おばあちゃんの部屋に向かってお辞儀をした。
プッとミィちゃんがふきだした。
「なんか、プロポーズみたい」
らしくないことをした。でも嘘じゃない。
もし運命を変えられなかったとき、私は後悔したくない。
「ねえ、記念の1枚はおばあちゃんの部屋の前で撮ろう」
インスタントカメラの自撮りってどうやるんだろう?
スマホなら綺麗に撮れるのになあ。
どちらかが欠けてたり、鼻の穴がドアップになってるかもしれない。
そんなことを思いながらシャッターを切った。




