8話
瞬間、ハイノは自らの寝巻きをはだけさせ、下腹部を撫でた。
そこには大きな縫い目傷。
腹を切ったと言ってはいたが、一目で大手術と分かる程。
しかもこれは、只の手術では無い。察した本能に、不覚にも冷や汗が流れた。
「は、ハイノさん……一体、自分の身体に何をしたんですか。何を、」
「移植手術だ」
移植。
ひゅう、とローデリヒの喉が鳴る。
「僕はね、昨日、本来持たざる内臓を、この腹の中に入れたんだ。
ある人の協力を得てね」
「は、」
そして、美しくも憎たらしい顔は言った。
微塵の罪悪もなく、微塵の躊躇いもなく。堂々と、誇示するかのように。
「子宮だ。ヘレネのな」
「し、きゅう」
「ヘレネの遺体から、子宮を移植した。
女性器も作った。
僕は、男でも女でもない唯一無二の肉体を手に入れたんだ。
ははッ、すごいだろう。
嗚呼、夢のようだ。これで……」
子供が産める。
そう言った瞬間、ローデリヒはハイノの胸ぐらを掴んだ。
沸騰した怒り。冒涜への怒り。
無意識下の火山が爆発したかのような熱の波に、本能を刺激された。
「あんた……なんてことをしているんです禍!
冒涜だ、ヘレネさんへの冒涜だ!
そこまです流人間だとは思わなかった。
あんたは、あんたは……死を迎えたヘレネさんを、さらに恥辱したんですよ」
「やめろ、体に触る。
せっかく移した子宮が痛むだろう。阿呆が」
「う、うう……」
血が滲むほど唇を噛み締めながら、ローデリヒはハイノを解放する。
彼はため息をつきながら一枚の書類を手渡した。
「姉さんへの恥辱とか何とか言ってるが、これは合意だ。
すでに契約を交わしている、決定事項なんだ」
呆れたように溜息を吐きながら、ハイノは一枚の紙を手渡した。
ローデリヒはひったくるようにそれを受け取り目を通す。
ヘレネ・ヴァイスコップ、及びハイノ・ヴァイスコップは互いの死遺体を自由に研究材料として良いことを承諾する。
「…………」
「もちろん、子宮を移すことも承諾済みだ。
姉さんにもあらかじめ、確認を取ってある」
「ぁ、ぁあ……」
ローデリヒは後退り、息を呑む。
悪魔。悪魔だ。
目の前にいる男は悪魔だ。
美しい顔をした、堕落の魔。
冒涜のその先に或る、禁忌に触れた悪魔。
喉の奥から溢れ打算とする罵詈雑言を抑え、ローデリヒは静かに尋ねる。
「子宮を移して、お前は何をするつもりなんだ」
「なにをって……?」
にこり、と微笑むハイノ。その柔らかさは、正にヘレネそのものであった。
だが、放たれる言葉は別。
「僕はね、獣の病の子供を産むつもりだ」
「は、」
獣の病。
それは、魔力を失う代わりに、超人的な力を先天的に獲得する病だ。
成長の度その力は強大になるが、最終的には多くが狂い果て、災害をもたらすと言われている。
そして判明したが最後、成人するまで軟禁され魔書の材料にされる。
そんな子どもを産もうというのか。
しかも、姉の子宮で。
「正気じゃない……」
「獣の病の子を産んで、自らの理論を証明するのだ」
「嘘だ、嘘だ、嘘だ……」
狼狽するローデリヒに、静かにハイノは言った。
「正気だとも」
晩夏の熱籠もる、森の研究所。
異端なるその場所に現れた、一人の悪魔。
その現実を受け入れられないローデリヒは、一人狼狽し、曲がりくねる思考をくびき殺されるのだった。




