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獣胎告知  作者: 内海郁


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10話


 花を啜りながら食器をまとめていると、小憎たらしい声がかけられる。

 ローデリヒは眉を訝しめ「今度は何ですか」と返答する。

 すると、彼は下腹部をあらわにした。

 くっきりと浮かび上がる鼠蹊部。

 その中心に入る、痛々しい縫い目の傷。

 今まで何度か目にすることはあったものの、相変わらずの痛々しさにローデリヒは顔を歪めてしまった。


 ハイノは、愛おしげに指でなぞり口を開く。


「これが僕の中に入って、もうすぐ半年になる」


「はい、それがどうしたんですか」


「まあ、そろそろ孕もうと思ってな」


「は、」


 悪寒が走った。


 孕む。それは、ヘレネの子宮が子を宿すということ。

 死してなお陵辱され続けた彼女の体が侵される。

 つまり、そういうことである。


 そもそもの目的が目的であったため、いつか言い出すとは思っていたが、やはり心の準備は無意味であった。


「何だ、ひどい顔だな。いまにも人を殺しそうな」


「そうですか。

 全く思っていませんが」


 ローデリヒは舌打ちとともに踵を返すと、「待て」とハイノは声をかける。


「なんだ、出るのか。

 お前にとって、最高の機会をみすみす逃すことになるが」


「最高の機会、ですか……?」


 興味深い言葉、と言いたいところだが、彼の言う「最高」が自分自身の認識するそれと全く異なる。

 どうせまた、碌でもないことに違いない。

 踵を返すローデリヒだが、直後、ハイノの口角は艶やかに上がった。


「父親を選んだんだ」


 足元が止まる。


「そう、ですか」


「気になるか? なぁ、気になるだろう? 

 愛した女の子宮を犯す男の名前。

 死して尚孕まされる姉の、意図せぬ相手の名前」


 下唇を噛む。図星だった。


 だが、ここで「知りたいです」などと、みすみす本性を口にすることなどできなかった。


「……君だよ」


「は」


 耳を疑った。


「君を父親に指名したい」



 全く予想だにしなかった、背骨を折るような一言。思わずローデリヒは硬直する。


 悔しいが、ハイノは美しい。

 その美貌に惹き寄せられる虫のような輩は女男問わず山のようにいる。

 てっきり、その中から適当な人材を選んでくると思っていたが。


「なん、で」


 喉の掠れる問いに、あっけらかんとしてハイノは答える。


「最も手軽、かつ優秀な存在。

 というのも理由の一つだ。

 だが、肝心の目的が達成されなければ意味がない」


 目的。それは、獣の病の子を産むこと。


 彼らの誕生は、極めて偶然的だ。

 意図的に操作するなど不可能だろう。

 彼はそれを理解しているのか。


「未だに人事てくれないようだな。

 だが、光明はある。調べたところ、お前の子供は高いの確率で獣の病を患って生まれると分かった。

 最新の遺伝子研究の賜物だ。

 なに、不名誉なことではないさ。

 むしろ、光栄だ。この僕の研究に貢献できると言うことだからな」


 高い確率で自分の子供が獣になると。


 突きつけられた現実。

 それ以上に、言葉に含まれた嫌悪を催す行為にローデリヒは顔を歪める。


「……つまり、あなたを抱けと言うのですか」


 いやだ、嫌だ。反吐が出る。

 男に性的興奮を抱く以前の問題だ。

 子宮を移植した男そのものについては前例を文献で知っているし嫌悪は抱かない。

 男同士の性行為に関しても、聞いたことはできるし、「そんなこともあるだろう」と他人事ではあるが特に引っかかるものはなかった。


 だが、この男とは別だ。

 嫌だ、気持ち悪い。

 他の男を抱く方が……いや、死んだ方が幾分かマシだろう。


 そんな思考が表に出たのかローデリヒの顔が歪む。

 それを見て、ハイノは嗤った。


「あっははは! ひどい顔だな。

 流石に傷つくぜ。まぁ、抱けとは言わないさ。ただ、精子提供をお願いしたい」


「提供なら、誰でもいいのでは? それこそ、金を払ってあの弁護士にでも頼めば」


「お前じゃなきゃダメなんだ」


 芯のある意思を孕んだ言葉が、ローデリヒを刺した。


「君にひとつ質問をしよう。

 『獣の病はなぜ生まれる』?」


 ニヤリ、と性格の悪い顔が微笑んだ。

 ローデリヒは僅かに口元に手を当てると、「学説的にですか。それとも俗説的に」と問う。


「勿論、学説的にだ。

 おとぎ話には興味はない」


 小さくため息をついたローデリヒの唇が開く。


「現在、貴方の研究においては、獣の病に罹りやすい遺伝子〈bd遺伝子〉の存在が示唆されています。

 この遺伝子を多く含む者の絡んだ赤ん坊の出生の際は、確率的に獣の病の罹患者が生まれやすくなると言うもの……」


「うむ、暗唱できているね。

 さすが、我がヴァイスコップ研究所の助手だ。

 素晴らしい、素晴らしい」


 わざとらしくてを叩くハイノに、訝しげな視線を向ける。


「それがどうしたと言うのですか。僕に関係が?」


「ああ、大有りだとも」


 そう言って差し出されたのは、二の紙切れ。

 そこには〈bd遺伝子〉の数値証明が書かれていた。

 片方はハイノのもの。例の指数が高いことが証明されている。

 そしてもう一枚。上部中央に書かれているのは、間違いなく、ローデリヒの名前。



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