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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

不良なのに優しすぎる金髪イケメンに、泣き虫な私は毎日助けられてます。

作者: 西蜜梨瓜

昭和と平成と令和のヤンキー像が混ざったカオスでイケメンヤンキー達と、彼らにデロデロに甘やかされるおチビな眼鏡ちゃんをお楽しみ下さい。

 



 おばあちゃんから家にあるノートを持ってくるように言われた私は、箪笥の中からノートの束を引っ張り出す。

 ノートを開いてみると、そこには試作品や今販売している和菓子のレシピがびっしりと書き込まれていた。

 かなりのノートの量に苦戦しつつ、私は家を出てふらつきながら、おばあちゃんの和菓子屋を目指した。


「お、重い……」


 商店街にあるおばあちゃんの和菓子屋までは、まだまだ距離がある。

 こんなところでへばってる場合じゃないと分かってるのに、貧弱な私の体は中々前に進んでくれない。

 力を振り絞って一歩一歩を進んでいると、背後から話しかけられた。


「おい、お前フラフラだけど大丈夫か?」


「え……?」


 振り返ろうとした瞬間、バランスが崩れてノートごと倒れそうになった。


「危ねっ!」


 あ、だめだこれ……諦めにも似た境地で視界と体が斜めになっていくその瞬間、ノートごと私の体が誰かに支えられた。


「おい、大丈夫かよ?」


 私は何故か逞しい腕の中にいた。ズレた眼鏡を元に戻して顔を上げると、恐ろしく整った男の人の顔が近くにあった。頭中がはてなマークに支配される。


「こんなちっせー体で、そんなもん持って歩いたら危ねーだろうが」


 ほら、貸せよ、と男の人が私の腕の中にあったノートを強引に取っていく。


「あ、あの……」


 よく見ると男の人はブロンドに近い金色の髪をしていて、筋肉質な体に物凄く背が高かった。


「ほら、どこ行くか言えよ」


 男の人は当たり前のように、私に行く先を聞いてくる。私はその勢いに押されておばあちゃんのお店の場所を口にしていた。


「あぁ、商店街のあの和菓子屋か」


 男の人は場所を知っていたようで、迷いない足取りで私の先を行く。

 私は慌てて彼の後を追った。


「あ、あの! 大丈夫ですのでお気遣いなく……!」


「あん? どこが大丈夫だよ、あんなにフラフラしてたくせによ」


「うっ……」


 私は言い返せずに、金髪の男の人の後ろを付いていく。


「で、お前みたいなガキがなんで、こんなもん持ってフラフラ歩いてたんだよ」


 私はムッとして、男の人に言い返した。


「が、ガキじゃありません! 高校二年生です!」


 そう言うと、男の人の足が止まった。

 そして彼は私を振り返った。


「はぁ〜!? 嘘だろ? お前みたいなチビ助が高校生なわけねーだろ!」


「なっ……なんで決めつけるんですか! 私は歴とした旭南(きょくなん)高校二年生です」


「え……まさかの俺と同じ高校の同学年? おいおい……冗談はよせって。今日はエイプリルフールじゃねーぞ」


 どうしてそこまでして嘘にしたがるのか。確かに私は背は低いし(145cm)、顔も童顔だけど、ちゃんと高校二年生だもん……。

 目の奥が熱くなってきて、視界が滲み始める。


「ちょ、泣くなよ! 分かったから! お前は高校二年な! だから泣くのやめろ」


「うぅ……」


 私は背も低い、童顔、おまけに泣き虫だ。こんなんだから、高校生に見えないのかもしれない……。


「ほら、手ぇ出してみ」


 私は無言で手を出した。すると男の人が私の手を握る。

 とても大きな手。節くれだった立派な手だった。


「ほら、ばーさんの店に行くまでこうしといてやるから、泣きやめよ」


「わ、私そんな子供じゃありません……!」


 だばーっとまた涙が溢れてこぼれていく。


「あーもう! 何なんだよチビ助! 泣きたいのは俺の方だっつーの!」


 えぐえぐ泣きながら、私は男の人に手を繋がれたまま、おばあちゃんのお店まで歩いていった。


「おばあちゃん!」


「おや、まぁ! あんたまた泣いてたのかい? もう高校生なんだから、いい加減すぐ泣くのはやめなさい」


「だって、あの人が、私のことチビ助だって! 高校生じゃないって言うんだもん……!」


 指を差して振り返ると、男の人は唖然としてた。


「チビ助……本当に高校生だったのか?」


「何度も言ったもん!」


 また涙が溢れてきて、それを見たおばあちゃんが手ぬぐいで私の顔を拭いてくれた。


 男の人は持っていたノートの束をレジの空きスペースに置くと、私をまじまじと見下ろした。


「信じらんねぇ……」


 まだ信じてくれないのかと、私は目元が痙攣するのを感じた。


「だー! 泣くな! 分かった。分かったから泣くなよ!?」


 私は黙って頷いた。


「二人とも疲れただろう? ちょいとお茶でも飲んでいきなさい」


 そう言っておばあちゃんは店の売り物の和菓子を皿に乗せ、緑茶の入った湯呑みをお盆に入れて渡してくれた。


「売り物なのにいいんすか?」


 男の人が遠慮がちに言う。


「労働には対価を払うもんさ。子供が気を使うんじゃないよ」


「じゃ、いただきます」


 私は大した労働をしてないけど、一緒に和菓子を頂いた。


「ん!? なんだこれ、めっちゃうめー!」


「そうかい、そうかい。そいつは良かった」


 私は孫として、誇らしい気分になった。


「和菓子ってどれも砂糖の味しかしねぇ、ってイメージだったけど、全然そんなことなくて、めっちゃ美味いっす」


「ほっ、ほっ。今の若い子は刺激的な味の方が好きだからねぇ。でもたまにはこういう素朴な、昔ながらの味も悪かないだろ?」


 男の人は口いっぱいに和菓子を頬張りながら、「全然いけるっす」と本当に美味しそうに食べていた。


「それにしても、あんたはウチの孫の彼氏かなんかかい?」


「ゲホッ!」


 男の人がむせ返り、慌ててお茶を飲んだ。


「おばあちゃんってば失礼だよ? この人はノートを私の代わりに持ってくれただけなんだよ。凄く親切な人なんだから」


 親切だけど、私を子供扱いした人でもある。


「そうかい。あたしゃてっきり孫娘に春が来たのかと勘違いしちまったよ」


 ほっ、ほっ、とおばあちゃんが悪気なく笑う。私がこんなにも端正なお顔の人と付き合えるわけがないのに、失礼だ。


「ま、なんにせよ助かったよ。暇があれば、いつでもおいで」


 男の人はお茶を飲み干して「うっす」と頷いた。


 店を出ると、男の人に私はお辞儀をしてお礼を言った。


「本当に助かりました。助けていただき、ありがとうございました!」


 顔を上げると、男の人は頭を掻いて気不味そうにしていた。


「いや、そんな大したことしてねーし。それより俺の方こそ疑って悪かったな」


「分かってくれたのでいいです」


 私は笑顔を見せた。すると男の人は何故か頬を赤くした。お茶が熱かったのかな?


「そ、そう言えば、まだ名乗ってなかったな。俺の名前は桐谷翼(きりやつばさ)。翼でいいから」


「私は藤原沙羅(ふじわらさら)です。沙羅って呼んでください」


「沙羅か……いい名前だな。あ、そうだ、沙羅は何組なんだ?」


「私は一組です」


「一組か。分かった、それじゃあな」


「はい! 本当にありがとうございました!!」


 私が再度お礼を言うと、翼くんは右手をひらひらさせて去っていった。


 □□□

 

 私は学校で浮いている。

 浮いているから友だちもいない。休み時間はいつも本を読んでいる。

 本の世界は私を傷つけない。話しベタでも誰も文句を言わないし、何より気兼ねしなくてもいい。

 だから私は今日も本を読む──はずなのに、さっきから教室の入り口が騒がしい。本に集中したいのに……いやいや、私の精神力が弱いせいだ。

 集中、集中……。


「藤原さん!」


「ひゃいっ!」


 いきなりクラスメイトの女子に話しかけられて、私は驚きのあまり声が裏返った。恥ずかしい……!


「あの桐谷くんと知り合いなの!?」


 桐谷? うん? ……あっ! この前の金髪の翼くん!


「は、はい。そう、ですけど……」


「今、桐谷くんとが藤原さんを探してんの! ほら、あそこ!」


 興奮した様子で女子が教室の入り口を指差す。


 沢山の女子に囲まれた翼くんは、鬱陶しそうな顔をしながら誰かを探している。

 その視線が私と合った途端、険しかった顔が笑顔になる。


「沙羅!」


 翼くんを囲んでいた女子生徒が一斉に私の方を振り返る。男子生徒もついでとばかりに私の方を見てくる。


 こんなに沢山の人に注目されるなんて初めてで、私はパニックに陥った。

 沢山の目、目、目。

 怖い! 怖い──


 耳を塞いで目を瞑る。体を丸めて少しでもみんなの視線から逃れようとした。

 その時、片腕をガシッと掴まれた。

 恐怖で引き攣る私の腕を掴んだのは翼くんだった。


「大丈夫、俺だ」


「翼くん……?」


 翼くんがみんなの視界から遮るように、その大きな体で私の視界を翼くんだけにしてくれる。

 安堵で私の目から涙がぽろりと一粒こぼれ落ちる。


 翼くんは笑いながら「本当に沙羅は泣き虫だな」と私の眼鏡を外して制服の袖で乱暴に擦った。


「どうして、ここにいるの?」


「一応、俺もこの学校の生徒だからな──ってのは言い訳で、今日は来てほしい所がある」


 そう言うと、翼くんはズボンのポケットからクシャクシャの紙切れを取り出した。


「今日の放課後、その地図に書いてる場所に来てくれ」


 私の机に広げられた地図は驚くほど下手な地図だった。ジッと見てるとなんだか宝の地図みたいでワクワクしてきた。


「分かった! 頑張って見つけるね!」


 翼くんが「ん? 見つける?」と怪訝な顔をした。


「とにかく、それだけだから。……おい、お前ら! 沙羅に近寄ったり見たりすんじゃねーぞ! 分かったか!!」


 翼くんがドスの効いた声で忠告する。みんながビクッとしたけど、私も思わずビクッとしてしまった。

 そして翼くんは嵐のように去っていった。

 翼くんがみんなに注意してくれたお陰で、誰も私を見なかったし話しかけてこなかった。


 放課後、私は翼くんから貰った地図を頼りに、冒険の旅に出た。

 自販機でお水も買ったし準備は万全だ。


 地図を紐解くのに最も必要なものが書かれていなかった。それは方角。

 これはかなりの難易度になりそうだ。

 でも地図には色んなヒントが書かれていた。商店街と思しき場所、そこに串に刺された団子が描かれていたからおばあちゃんのお店で間違いないだろう。

 他にもごちゃごちゃ書かれてたけど、大体何となく分かった。

 唯一分からなかったのは、「ここ」と書かれている場所に犬の絵が描いてあった。

 つまりこの犬の絵が行くべき場所のはず!


 私は商店街を軸に考えて、方角を割り出した。段々と人気が無くなっていき、ついには誰もいない場所に出た。そこにあるのは古い倉庫だけだった。


 ……正直、怖い。

 だけど翼くんがわざわざ私のクラスまで持ってきてくれたんだ、私もそれに答えなきゃいけない。


 倉庫の入り口を少しだけ開けて、頭だけ中に入れて様子を窺う。

 木材の匂いや埃っぽさ、鉄の独特な匂いとタバコの香りもする。

 耳を澄ませると、人の話し声が聞こえてくる。誰かいる。

 私は恐る恐る声をかけてみる。


「す、すみませ〜ん……」


 返事はない。

 私は入り口の隙間から体も中に入れて、倉庫の中を忍び足で歩いていく。

 音のする方向へ近づいていく。次第に人の声がはっきり聞こえてきた。

 ソファーにテレビ、オーディオ機器にゲーム機が乱雑に置かれていて、簡易キッチンまで備え付けられてる。

 複数の男の人が雑談している。

 話しかけるなら今だ──そう思って口を開こうとした途端、背後から肩を叩かれた。


「君だれ?」


「きゃあああああっ!!!」


「うああああああっ!!!」


「うるせぇっ!!」


 心臓が口から飛び出るかと思った!

 ソファーに座ってた男の人達も私の叫び声に釣られて叫んでたし、私の肩を叩いた人は両耳を塞いで顔をしかめてるし、うるさいと言ったのは何故かエプロン姿の翼くんだった。


「つ、つば、翼く……」


 怖さの余韻が抜けきれず、涙がぼとぼと溢れて落ちていく。


「あぁ! また泣かせやがってお前ら!」


「いや、そんなことより誰だよこの子! 小学生がなんでこの場所に入り込んでんだよ!」


 背後の男の人が翼くんに尋ねてる。


「さっき言っただろうが! 今日ここに来る奴がいるって」


「しょ、小学生じゃ、ない……です」


「あぁ、そうだよな。分かってるから、泣きやんでくれ」


「わ、私頑張って地図見て、ここに来ました! ひっく!」


「そうだよな、分かってる。ちょっとびっくりしちまったんだよな?」


 翼くんが私の目線に合わせて屈んでくれて、頭を優しく撫でてくれた。翼くんの手の温かさに気持ちが落ち着いていく。


「……ちょっとじゃなく、たくさんびっくりしました翼くん」


「そら悪かった」


「翼〜。決断誰なんよこの子」


 私の背後の人が言った。


「黙れ玲司クソが。そもそもお前がいきなり声をかけなきゃ沙羅は泣いてなかったんだクソが」


「え、なんで俺悪者になってんの? てかクソクソ言い過ぎじゃね?」


「おら! お前ら自己紹介しろや!」


「え、いきなり?」


 いまだ背後にいる男の人が困惑している。


「えっと〜……俺は神谷玲司(かみやれいじ)、旭南高校二年」


 神谷くんは赤茶色の髪をオールバックにしてて、左耳にピアスを沢山してる。背は翼くんに比べたら低いけど、平均よりは高いと思う。


「次! 隼人!」


 翼くんが肘掛け椅子の上で器用に座ってる、筋肉質で金色の髪を逆立てた人に言う。


「……オレは相馬隼人(そうまはやと)、後は玲司と同じく」


「俺は一ノ瀬透(いちのせとおる)、俺も二年生ね」


 女性みたいに美しい顔をしていて、長い黒髪を後ろで束ねている。男の人……だよね?

 他にも沢山紹介されたけど、全員は覚えきれなかった。


「これで全員だ。お前も自己紹介できるか?」


「う、うん。あ、えっと、私の名前は藤原沙羅と申します! 旭南高校の二年生です!」


「………………」


 あれ、なんで皆さん急に静かになったんだろう。不安になって翼くんを見上げると、腕を組みうんうん頷いてる。


「お前らの反応はよく分かる。俺も最初はそうだったからな。だが間違いなく事実だ」


 神谷くんが口を開く。


「いやいや、どう見ても小学生だろ! よくて中一くらいっしょ!」


「寝言は寝て言え」


 美しすぎる一ノ瀬さんが至極真面目な顔で翼くんに言う。

 私はなんだかムカムカしてきたので、皆さんの所へ行って、胸ポケットから学生証を取り出すと、皆さんにバーンッと見せてあげた。

 一番近くにいた相馬くんが呆気に取られている。


「……マジで二年生って書いてる」


「そんなわけないだろ?」


 一ノ瀬くんが私の学生証を手にとって見ている。無言で凝視していた。ちょっと怖い。

 それを後ろから神谷くんが覗き込んで、学生証と私を何度も見比べてる。


「え? は? え、マジで二年生……?」


「さっきからそう言ってます!」


 私は胸を張った。


「ええええええええっ!!??」


 皆さんの叫び声が倉庫に響き渡る。とてもうるさい。


「うるせぇ!」


 翼くんが一喝した。


「翼くん、今日はお招きいただきありがとうございます。ところで何故翼くんはエプロンをしているのですか?」


「いや、今まで新作の料理の練習してただけだ」


「翼くんは料理が得意なのですか? 私も料理得意です!」


「いや、得意っつーか、やむにやまれず的な事情があって料理してるだけだ」


「そうなのですか。でも最近は料理男子が人気だそうなので、翼くんも人気者になれますね!」


 私と翼くんのやりとりを見ていた神谷くんが「別の意味では人気だけどな」と何故か意味深な笑い方をしていた。


「それで、皆さんは翼くんのお友だちなんですか?」


 神谷くんがくつくつと笑っている。私なにか変なことを言ったのかな?


「お友だち……まぁ、そんな感じ……なのか?」


 翼くんが何故か疑問形なのが気になるけど、皆さん仲良さげな感じなのでお友だちで間違いないと思う。


「翼くん、地図に描いてあったワンちゃんは何の意味が込められてるんですか?」


 翼くんは頭を掻いて困った様な顔をする。


「あー……まぁ、俺らのシンボルみてーなもんだ」


「そうなんですか。ワンちゃんか〜。可愛いですね」


 神谷くんがブフッって口を抑えて笑いを堪えてる。何故?


「にしてもなんでここに、この子呼んだわけよ翼」


 神谷くんが至極真っ当なことを言った。私も呼ばれた理由が分からない。


「いや、だってよ、この見た目で高二って衝撃をお前らにも体験させてやりたかったんだよ! 凄くねーか? これで高二だぜ?」


 翼くんが私の頭をワシャワシャ撫でる。私はいささか気分を害した。


「確かに人生で一番びっくりしたかもしんねーわ」


 一ノ瀬くんがまじまじと私を見てくる。


 それまで黙ってた相馬くんがローテーブルからお菓子の袋を手にとって、私に手招きする。

 私はこわごわと相馬くんに近付く。相馬くんはお菓子の袋を開けると、個包装になっているそれを私に渡してくれた。


「……ほら、遠慮しねぇで食べな。食べなきゃ大きくなれねぇぞ」


 私はもう成長期は終わってるけど、真剣な相馬くんに突き返すのも失礼かと思い、黙ってお菓子の袋を開けて中身のチョコ菓子を食べた。甘さと少しのしょっぱさが中々美味しい。


「沙羅ちゃーん、ほら、これも食べなよポテチ。はい、あーん」


 怖いと思ってたら、一ノ瀬くんは意外と優しい人のようだ。でもあーんするのは少し恥ずかしい。


「あーん」


 口の中にポテチが放り込まれる。のり塩味だ。

 今度は神谷くんが私に飴玉を差し出した。


「あ、沙羅ちゃん飴食べる? ほら、あーん」


 何故みんなあーんしたがるのだろう。私は一人で食べられるのに。

 そこへ聞いたことのない低い声で翼くんが拳を鳴らしてやってきた。


「……おい、オメーらなに勝手に沙羅に餌付けしてんだ」


「や、なんか可愛らしくて、つい」


「ついじゃねぇ! 沙羅も黙って受け入れてんじゃねぇ!」


「ひっ!」


 翼くんを怒らせてしまった。どうしよう……。


「……ご、ごめ……なさ……」


「あーあ、翼が女の子泣かしたー」


 一ノ瀬くんが翼くんにニヤニヤしながら言った。

 翼くんは額に青筋を立てながら、みんなに囲まれてる私を抱き上げて、自分の腕の中へ収めた。そしてポケットからクシャクシャのハンカチを取り出して私の顔を拭ってくれた。


「お前らに沙羅を紹介した俺が馬鹿だった。こんなことになるなら黙ってりゃあよかったぜ……」


「男の嫉妬は醜いよ、翼」


「あ、やっぱり嫉妬かぁ」


「ちげーわ! 勝手なことを抜かしてんじゃねぇぞ!」


 やいのやいのと大騒ぎしてるけど、翼くんの大切な人たちなんだなぁ、って感じられた。でないとこんな言い合いもできない。


「……翼、沙羅ちゃん眠そう」


 翼くんの腕の中は温かくて安心できる。お菓子食べて泣いたら、何だか眠くなってきた……。


「沙羅、眠いのか?」


 翼くんの首に腕を回してはふぅ、って息をしたらどんどん眠くなってくる。


「ちょっ、翼の顔が真っ赤だぞ。はーん、なるほどねぇ」


「黙れ玲司。後でぶっ飛ばす」


「沙羅、眠いなら寝ていいぞ」


 翼くんが背中をトントンしてくれる。大きくて優しい翼くんの手。


「う……ん」


 そして私の意識は暗転した。

 

 □□□

 

 気づけば朝だった。


 確か翼くんに会いに行って、それで翼くんのお友だちの人たちとお話して、それから……。


「覚えてない……」


 取り敢えず制服を持って、一階に降りていく。


「お母さん、昨日……」


 言い終える前に、お母さんがキッチンから飛び出してきた。


「ちょっと、あんた、なんなのよ!」


 お母さんが勢い込んで言ってくる。なんのことか分からなくて、ぼーっとしてるとお母さんが大げさな仕草で聞いてくる。


「あんた! 昨日こーんな背の高い金髪のイケメンに抱きかかえられて帰ってきたのよ!? すっごいイケメン! 芸能人みたいなイケメン! あんたどんな関係なのよ!」


 私は目を丸くする。

 お母さんが言ってるのは言うまでもなく翼くんのことだろう。


「翼くんが私を連れて帰ってきたの!?」


「翼くんっていうの? やだ! 名前までイケメンじゃないの!」


 やだ、どうしよう! 私あのまま寝ちゃったの? それを翼くんがわざわざ家まで運んでくれたの? うあ〜めちゃくちゃ恥ずかしい!


「シャワー浴びてくる……」


「沙羅! 今度お母さんに翼くん紹介しなさいよ!」


 お母さんの声を背に、私はシャワーを浴びに行った。


□□□


 学校に行くと、みんな文化祭の話題でもちきりだった。

 私は朝から憂鬱な気分になった。

 クラス全員で協力して文化祭の準備をしなくちゃいけない。そして自然とグループの輪ができる。勿論、私はどの輪の中にも入れない。一人で浮く私。

 ……憂鬱だ。とてつもなく憂鬱だ。


「……というわけで、うちのクラスはメイド喫茶に決定しました〜!」


 女子はキャーキャー言ってて、男子は何故かガッツポーズをしている。

 メイド喫茶……確かメイドの格好してお客様に接客するんだよね?


「はーい! 質問でーす! メイド服はどんなのになるのー?」


 教壇に立つクラス委員長は、多数決を取ることにした。

 その結果、私が想像するメイド服とは遥かにかけ離れたメイド服に決定した。


「絶対領域にニーハイは男のロマンだよな」


 何がロマンなのか理解できない。ニーハイって何!? 絶対領域ってなんのこと!?

 メイド服ってたしかロングスカートだったはず……何故ミニスカートなんだろう。

 まぁ、私は裏方だろうから関係ないか。


 □□□


 そんなことを思っていた時期もありました。


「何言ってんの? メイド服は女子全員が着るんだよ」


 クラス委員長がいともあっさりと言い放つ。


「え……で、でも私は裏方でいいです、はい」


「裏も表もみーんなメイド服着るって決まったから。藤原さんならメイド服めっちゃ似合いそうじゃん」


「え、えぇ……」


 私の幻想は儚くも打ち砕かれた。


 □□□


「メイド喫茶……だと?」


「うん……みんな女子はメイド服のコスプレ? ってやつをしなくちゃいけないの」


「女子全員? それは、どんなメイド服なんだ?」


 今日も翼くんたちの秘密基地にお邪魔している。今日は相馬くんと神谷くんしかいない。

 私はメイド服の悲しさを伝えるためにここにいる。


「メイド服なのに、ミニスカートなの」


「ミニスカート……だと?」


 翼くんが何やら思い詰めた顔をしている。


「あとは、ニーハイってのと、絶対領域とか言ってたけど意味が分からなかった」


「ニーハイに絶対領域……だと?」


 翼くはそれきり押し黙った。

 神谷くんが隣で何故か笑いこけてる。私は神谷くんと翼くんの間に挟まれてソファーに座ってる。


「私はこんなに背が低いしスタイルも良くないから、メイド服を着るのが憂鬱です……」


「沙羅がメイド服……ニーハイに絶対領域……」


「まぁ、そんな気にしなくても大丈夫っしょ。女子全員ならかえって目立たなそうだし」


 神谷くんが呑気に言う。


「沙羅がメイド服……ニーハイに絶対領域……」


「あの、翼くん、さっきから何をブツブツ言ってるんですか?」


 翼くんは私を見つめてきた。相変わらず美しい顔だなぁ、なんて思ってしまう。


「大丈夫だ沙羅。お前のミニスカートの中は俺が守り通す」


「何を言ってるのか意味がわかりません翼くん」


「いいか、沙羅。有象無象の輩にお前のメイド服を見せるんじゃない。俺だけの為にメイド服を見せるんだ」


「ますます意味が分かりません翼くん。何か悪いものでも食べたんですか?」


 神谷くんが私越しに翼くんに言った。


「お前さ、自分が文化祭に行ったらどうなるかとか、ちゃんと考えてんの? 沙羅ちゃんに迷惑かけまくる未来しか見えねーぞ俺は」


「何でだよ! こんなチャンス人生で一回しかねぇんだぞ!」


 翼くんが激昂する。


「よく考えろよ、金髪にデケェお前が、その腹立つイケメン顔で沙羅ちゃんのクラスに行く姿をよぉ。他の女子が黙ってねーだろ」


 翼くんは唸る。


「沙羅のメイド服だぞ!? お前この貴重さを分かってんのか!? あぁ?」


「いや知らんけど。とにかくそのままで行くのは絶対にやめろ」


「……じゃあ変装していく」


「いや、そういう問題じゃ……ってどんだけ行きてーんだお前は」


「地球の滅亡を阻止するのと、沙羅のメイド服のどっちか選べと言われたら、俺はためらいなく沙羅のメイド服を選ぶ」


「どんだけ欲望に忠実なんだよオメーは」


「つーわけで、沙羅、安心しろ。文化祭は俺が行くから、心配せず思う存分メイド服を堪能しようぜ」


 翼くんが物凄く爽やかな笑顔で言ってくるけど、何も安心できないのは何故なんだろう。

 何となく釈然としないものの、見知らぬ大勢の人にメイド服を見られるくらいなら、翼くん一人に見られる方が遥かにマシな気がしてきた。


「堪能はできませんが、翼くんが守ってくれるなら安心です。よろしくお願いします」


 私は頭を下げた。


「おうおう、俺に任せておけ!」


「沙羅ちゃんが洗脳されてく……」


 そうして文化祭の準備が始まった。


 □□□


 手作りの看板に、可愛らしいメイド服を着たイラストのポスター、ふわふわ飛んでる色とりどりの風船、机や椅子を可愛く彩って、メニュー表には決められた予算内で作れるパンケーキや紅茶。

 着々と進んでいく文化祭の準備。


 そして待ち受ける最難関のメイド服。

 女子全員が採寸されていく。


「え、藤原さん胸大きくない?」


「そう……でしょうか」


「大きいって! それに細っ! うらやまー」


 私は早く採寸が終わらないかとそわそわしている。


「よし! これで藤原さんのメイド服作れるね」


「よ、よろしくお願いします……」


「ちょ、なんで敬語なわけ? ウケる」


 何かがうけたようで少し安堵する。

 制服を着て、私はようやく人心地つけた。

 一体どんなメイド服ができるんだろう。翼くんが、がっかりしないといいなぁ


 □□□

 

 ついに、この日が来てしまった。

 そう、文化祭当日。

 カバンの中には事前に渡されたメイド服が入っている。それだけで気が重い……。

 翼くんは本当に来てくれるのだろうか?

 家を出て学校に向かう。足取りが重い。

 ふと視界の端に赤いなにかが映りこむ。何かと思って視線をそちらに向けると、赤髪で赤いジャケットを腰に巻いた男の人や、赤いバンダナを腕に巻いてる人達が歩いていた。

 赤いジャケットの人は翼くんの背丈に近いほど大きくて、タンクトップから覗く腕は筋肉で盛り上がっていた。右腕にはびっしりとタトゥーが描かれている。


 不良だ。関わってはいけないランキング一位の人たちだ。

 私は道の端に寄って、彼らの視界に入らない様に注意した。

 いそいそと学校へと向かう。すると途中で赤い人たちはいなくなって、ほっと胸をなでおろす。


 学校に入ると人で溢れかえっていた。

 人の話し声、色んな食べ物の匂い、何かがぶつかり合う音。文化祭独特の雰囲気に飲み込まれそうで、私は少し気後れした。

 急いで自分の教室に向かう。

 準備はほぼ終わりかけてる。クラス委員長が私を見つけて話しかけてきた。


「藤原さん! もうみんな着替えてるから、藤原さんも着替えてきて!」


「は、はい!」


 私は控室に急いで走った。控室に入るとクラスの女子たちが既に着替えている。

 私も慌ててカバンの中からメイド服を取り出すと、制服を脱いでメイド服に着替えていく。フリルが沢山ついてるから、とても着づらい。

 それでも何とか着終えると、今度はニーハイことニーハイソックスを履く。長くて薄手のそれは慎重に履かないと、穴が開きそうで怖い。

 ソロリと履いていく。ようやく片足が入った。あとはもう片足だけ。慎重に、でも素早く履いていく。よし! 履けた!

 後は少し踵の高いショートブーツを履いて、頭にフリルのカチューシャを付ければ完成。

 やっぱり足元がスースーして落ち着かない。

 私は控室から出ると、スカートを抑えながらまた教室へと戻っていく。

 もう既に沢山のお客さんや生徒でごった返している。


「やだー、めっちゃ可愛い! 写真いい?」


 いかにもギャルっぽい人が話しかけてきて、私はうろたえる。


「え、えっと……」


 どうしよう……写真に撮られるなんて思ってなかった。でも断ったら私達の出し物のメイド喫茶のイメージが悪くなっちゃう。


 頭がぐるぐるし始めて、泣きそうになっていると、目の前に巨大な影が現れた。


「悪いけど、写真NGなんだ。でもあの教室で可愛いメイドがたくさん見れるからよろしくー! ……おい、いくぞ」


「へ……?」


 グレイのパーカーを着たその人は黒髪で、黒縁眼鏡をかけている。

 でも私の手を引く感触は間違えようもない。


「翼……くん?」


 本当に変装してきたんだ……。

 それでも背の高さだけはどうにもできないから、やはり目立ってしまう。

 でも翼くんは私の手を引いてぐんぐん歩いていく。どこに行くんだろう?

 やがて人気が無くなって、気づけば非常階段へと来ていた。


「翼くん、本当にきてくれたんだね、ありがとう」


 翼くんはおもむろにズボンのポケットからスマホを出すと、何か操作し始める。


「当たり前だろ。お前を守るって決めたんだ、俺は約束は破らねぇ」


 そう格好良く言って、何故かスマホを私に向けている。


「何してるの翼くん」


「お前の貴重なメイド姿を撮っておくんだよ」


「……翼くん?」


「よし、まずはベタにピースサインしてくれ」


 私は促されるまま、おずおずとピースサインをする。だって、翼くんの目が血走ってて怖かったから。


「次は腕を後ろに組んで目線は俺に向けてくれ」


「う、うん……」


「次は人差し指を唇にあてて片方の腕は胸の下に組むような感じで」


「あの、恥ずかしいんだけど翼くん」


「大丈夫だ、俺しか見てねぇ」


「そういう問題じゃないと思う……」


 何枚も写真を撮られ、翼くんは満足げにスマホをしまった。

 私はぐったりだ。


「神様ありがとう……」


 両手を合わせて天に祈る翼くん。


「え、なんで神様……」


「そうだ、あれやってくれ! 手でハート作って“萌え萌えキュン”ってやつ!」


「えぇー……やだよぉ、恥ずかしい」


「恥ずかしくない! お前ならできる!」


 あまりの真剣さに押されて、私は渋々両手をハートの形にする。


「い、一回しかしないからね?」


「よし、どんとこい!」


「も、萌え萌えキュン……」


「………………」


 黙り込んでしまった翼くんに私は心配になって肩を叩く。


「翼くん? だ、大丈夫?」


 翼くんは物凄くいい笑顔で言ってきた。


「萌え萌えキュンの後に元気になーれって付けて言ってくれ」


「一回だけって言ったでしょ!?」


「ぐっ……持病の癪が……!」


 翼くんは胸を掴んで苦しげに息をする。


「え!? 翼くんどこか悪いの!?」


「ははっ……大丈夫だ。ぐぅっ! 元気になーれを言ってくれたら……マシになる気がする……!」


「わ、分かった! するから!」


「できれば笑顔で頼む」


「う、うん!」


 私はまた手でハートを作り、「萌え萌えキュン。元気になーれ!」と笑顔で言った。


「はぁ……はぁ……! なんて罪作りな!」


「大丈夫? 翼くん」


「あぁ、お前のお陰で元気になったぜ」


 頭を優しくポンポンされて、その温かさにうっとりしてしまう。


「くそっ……可愛すぎんだろが!」


 眠くなりそうなところをハッと意識を取り戻す。翼くんの手は魔法みたいだ。


「なにか言った? 翼くん」


「いや、お前の笑顔が見れて良かったな、って思ってよ」


「さっきは助けてくれてありがとうね」


「当たり前だろ? お前のメイド姿は俺が守るって約束したんだからよ」


「翼くん、黒髪で眼鏡姿もすっごく格好いいね! 似合ってる」


 すると翼くんは下を向いて、「無自覚恐るべし」とかなんとか言った。


「私、そろそろ戻るね。裏方の仕事しなきゃいけないし」


「もう行くのか? 送っていく」


「大丈夫だよ、教室までそこまでだし──」


 そう言い終える前に、廊下から悲鳴が上がった。


 翼くんが私を後ろ手に庇う。


「い、今のなに?」


「俺が見てくる。お前はここにいろ」


「だめ! 私も一緒に行く! 翼くんが心配だもん!」


「仕方ねぇな……絶対俺の後ろにいろよ」


 そう言って翼くんは非常階段の扉を開けた。

 廊下は生徒やお客さんが右往左往している。


「みなさーん! 失礼しまーす! ちょっと人探ししてましてー!」


 あ! 今朝の赤髪の不良だ! でもなんでここに?


「あの野郎……!」


 翼くんがギリリと歯を食いしばってる。


「知り合いなの?」


「まぁな……」


 翼くんは廊下に出ていくと、そのまま不良に向かっていく。


「真田ぁ! てめぇ、ここで何してんだぁ!」


 赤髪の不良が翼くんの叫びに振り返る。そして首を一瞬傾げたあと、ニタリと笑った。

 赤髪の不良が翼くん目掛けて一直線に駆け寄ってくる。翼くんは腰を低くして構えてる。


 二人がぶつかりあった──かのように見えた。両者が互いの手を握る。ガッ、と赤髪の不良が片足を振り上げた。足は翼くんの脇腹を狙っている。

 翼くんは両手を離して上半身を反らした。

 赤髪の不良の片足が空を切る。

 翼くんのフックが赤髪の不良の顎を狙う。ザッ! と音がして赤髪の不良が翼くんの拳を避けた。


「なぁにぃしてんのー? ブラックハウンズの総長が文化祭を楽しんじゃってんのぉ? いつからそんな腑抜けになっちゃったのかなー?」


「うるせぇ。てめぇこそ人の縄張りに勝手に入ってくんじゃねーよ」


 翼くんが言い終えると同時に二人の拳がぶつかり合う。


 赤髪の不良は何者? 総長って何なの翼くん?


「こらー! お前ら何をしてるんだ!」


 誰かが先生を呼びに行ったのだろう、顔を真っ赤にした先生が怒鳴りながら走ってくる。


「ヒヒッ! ざーんねん。邪魔が入っちまった」


 赤髪の不良が身を翻して逃げ出す。

 私はハッとして翼くんに叫んだ。


「翼くんも逃げて! 早く!」


 翼くんは私を見たけど、面倒事になるのは避けたかったみたいで、彼も非常階段から逃げ出した。

 すれ違った途中、「説明は後でする」と私に言い残して。


 そして謎の赤髪の不良と翼くんは、その場からいなくなった。


 □□□


 文化祭の翌日の放課後、私は翼くんたちのたまり場に来ていた。


 翼くんと私は向き合って座っていた。周りには神谷くんや相馬くん、一ノ瀬くんたちがいた。


「昨日は文化祭台無しにしちまって悪かった」


 翼くんが両膝に手をついて頭を下げる。


「別に謝らなくてもいいよ。それより昨日の赤髪の人となんで喧嘩してたの? “ブラックハウンズ”って何? 総長って?」


 疑問だらけの私に翼くんが順を追って説明し始めた。


「俺達は、まぁ、なんつーか不良ってやつでさ、喧嘩で他のグループと縄張り争いしてんだ」


「……何となくそんな感じはしてた。いつもここにいて学校に来ないし」


 翼くんが頭を掻く。


「一応、留年しねぇように単位はギリギリ取ってんだけどな」


 私は周りを見渡した。神谷くん達も同じようだった。


「ブラックハウンズってのが俺らのチーム名でよ、昨日の奴は俺らと敵対してるレッドヴァイパーズってチームの総長だ」


「そしてブラックハウンズの総長が翼くんなんだね?」


「そういうことだ」


 私は黙り込む。そして色々と考えていた。


「なんで縄張り争いなんてする必要があるの? 普通の人は何も知らないで平和に過ごしてるのに」


 純粋な疑問。この街の大半の人はブラックハウンズもレッドヴァイパーズも知らないで生活してるだろう。


「俺らははみ出し者でさ、俺は何もしてなくても不良に絡まれるし、色眼鏡で見られちまう。普通の人と少しでも違う事をしたりレールから外れたら、即不良扱いだ」


 諦めたように翼くんが言った。


「ここに来るやつはそんなのばっかで、気づけば結構な人数になってた」


 人と違うだけで、他人は距離を置きたがる。

 私も同じだ。鈍くさくてクラスの誰とも仲良くなれない。学校では浮いた存在。


「私と翼くんたち、似てると思う」


 翼くんが目を瞠る。


「そんな気を使わくてもいいんだ沙羅」


「気なんて使ってないよ。私も学校では浮いてるもん。友だちなんて一人もいないし、いつもひとりぼっち」


 そこで言葉を区切る。


「でもね、ここに来るとみんな私に優しくしてくれるの。ちゃんと目を合わせて話せるし、他愛ないおしゃべりもできる。一緒にいて凄く気持ちが楽になるの」


 翼くんが俯く。


「だからね、私もブラックハウンズの一員にしてよ翼くん」


 ハッと翼くんが顔を上げて私を見つめる。


「喧嘩はできないけど、みんなの心の拠り所になりたいなって思うの」


「沙羅……」


「私翼くんやみんなと出会えて幸せだよ。だから、ね?」


 悩む翼くんに神谷くんが口を開いた。


「いいんじゃね? 別にメンバーになるのにルールなんてないんだしさ、男ばっかでむさ苦しかったから、ちょうどいいっしょ」


「……あぁ、オレもそう思う」


 相馬くんが同意する。一ノ瀬くんが私の肩を掴んで顔を近づける。


「沙羅ちゃんはうちのマスコットみたいな感じだし?」


 ねー? と笑う一ノ瀬くん。


「あー! 分かった! 分かったよ、沙羅! お前は今日からブラックハウンズの一員だ!」


 神谷くんが手を叩く。相馬くんは腕を組んで頷いてる。一ノ瀬くんは「良かったね」と耳元で囁くからくすぐったい。


「あ、ちなみに副総長は俺ね」


 神谷くんが自分を指差す。


「……俺は切り込み隊長」


 相馬くんがボソリと言う。


「俺は頭脳担当ってとこかな」


 一ノ瀬くんが言った。

 私は聞いて置かなければならないことを聞いた。


「昨日の赤髪の人と翼くん、なにか因縁でもあるの?」


 翼くんが真剣な顔つきになる。


「どうしてそう思うんだ?」


「昨日、二人の喧嘩見てたら、赤髪の人は、翼くんを凄く憎んでるように見えたから……」


 翼くんが苦笑する。


「お前、気が弱いくせに、そういう所はよく見てんのな」


 翼くんは遠くを見るような目をしていた。何かを思い出すように。


「中学の頃にさ、アイツは地元じゃ有名な不良でさ、その頃には俺も学校から弾き出されてて、突っかかってくる奴は全員ぶっ倒してた」


 目を細めて翼くんは小さく笑った。


「案の定、アイツのターゲットにされちまってよ、俺とアイツでタイマン張ったんだ。結果は俺の勝ち。それ以来ずっと粘着され続けてんだ」


「負けてよっぽど悔しかったんだろうねぇ」一ノ瀬くんが嘲笑にも似た声音で言った。


「それからかな。アイツがどんどん道を外れていったのは。相手が老若男女関係なしに手を出すようになったのは」


 私はゾッとした。それはもう、喧嘩ではなく単なる無差別な暴力だ。


「俺らはそれを止めるために奴等を牽制してる」


 それでも昨日みたいに無関係な人まで巻き込んじまう事もたまにある、と翼くんが苦しそうに言う。


「翼くんは悪くない。勝手に逆恨みしてる相手が悪い」


「それを言って通じる相手だったら楽なんだけどな」


 はぁ、と翼くんが溜息をつく。


「とにかく、奴等が好き勝手しねぇように俺らが見張るしかねーんだわ」


 先手を打つ──それをすれば相手と同じ所まで落ちてしまう。だから後手に回ってしまう。私はもどかしくなった。


「何か方法があれば良いんだけど……」


 ポツリと私が零すと空気が重くなった。


 そんな空気を払拭するかのように、神谷くんが明るい声で言った。


「ま、答えの出ない事を考えるより、今は新しいメンバーになった沙羅ちゃんを歓迎しようぜ」


 一ノ瀬くんが簡易キッチンの横にある冷蔵庫から飲み物を出してきた。

 まさかのビールで私は驚く。


「未成年の飲酒は法律で禁じられてます! ダメだよみんな!」


 神谷くんがカラカラ笑う。


「大丈夫っしょ。ノンアルコールだし」


「いつもノンアルコールなの?」


 正直者が私の目の前にいた。


「翼くん!」


「いやいや、そんなこと……」


「無いって私に誓える?!」


「もう! みんなのバカ!」


 神谷くん達が一斉に視線を私から逸らす。


「みんな、私はもう一つ気づいてるよ?」


 みんなの体がビクッと跳ねる。


「はい、みなさーん、ポケットに隠し持ってるタバコを全部出してくださいねー!」


 翼くんが胸ポケットからクシャクシャのタバコを取り出すと、他のみんなもタバコを取り出してローテーブルの上に置いていく。


「なぁ、なんで気付いたんだ?」


 翼くんがしゅんとした顔で尋ねてくる。


「初めてここに来たときに、タバコの匂いがプンプンしてたからに決まってるでしょ」


「マジかー! 俺らじゃ気づかねーはずだわ」


 翼くんが頭を抱えて背もたれに背中を押し付けた。


「残りのメンバーの分も後で没収するからね! 事前に言っちゃダメだからね?!」


「うっす」


 翼くんが項垂れながら返答した。


 □□□


 ブラックハウンズのメンバーになってから数日後のこと。

 期末試験も終わり、開放的な気分で下校していた──そのときだった。

 背後から人の気配がしたと思ったら、背中に何かが押し当てられる感触がした。


「はーい、眼鏡ちゃん。叫ばないでね〜? 叫んだら今背中に当ててるナイフがそのままグサッて刺さっちゃうよ?」


 私の顔の横から文化祭の時に見た、赤髪の人が現れた。


「眼鏡ちゃん、桐谷の恋人なんでしょー? いいねぇ、デッカい彼氏が自分を守ってくれるなんて、ロマンチックじゃーん」


「わ、私に何がしたいんですか……」


「話が早くて楽だわぁ。黙ってこのまま俺達に付いてきてね? 途中で騒いだりしたら、即背中からぐっさりだから。ね?」


 私は震えそうになる脚を必死に抑えて、赤髪の人の言うことを聞く羽目になった。


 □□□


「今日は沙羅ちゃん来ないねぇ」


 玲司が椅子に座りながら言った。


「期末試験が終わるの今日だろ? そろそろ来るんじゃないの?」


 透が言う。

 確かに今日は沙羅が来るのが遅い。にわかに心配になり始めた頃、俺のスマホが鳴った。


「お、沙羅からだ」


 ビデオ通話になってたから、こっちもビデオ通話ボタンをタップする。

 すると画面にぐったりした沙羅が映った。口には布で口枷がされていて、両手は恐らく背後の鉄柱に繋がれてるのだろう。


「沙羅! 沙羅大丈夫か!?」


「はいはーい! 沙羅ちゃんなら大丈夫だよ〜? ちょっとお疲れ気味だけどねぇ?」


 画面に割って入ってきたのはあの赤髪の真田烈火(さなだれっか)だった。

 一瞬にして俺の頭に血が上る。


「てめぇ! どこにいやがる! 沙羅に何しやがった!」


 俺が立ち上がると他のメンバーも立ち上がってスマホをのぞき込んだ。


「おぉ、そっちは仲良く友だちごっこ? 相変わらず仲いいねぇ? そーんなに大所帯なのにさ、女の子一人守れないなんて、情けないよねぇ」


 スマホがミシリと音を立てる。隣りに居た玲司が「落ち着け」と耳打ちする。


「はーい、ここからが本題。南雲町にデケェ倉庫あんだろ? そこに今すぐ来い。ただし、桐谷一人だけだ」


「相手の手に乗るな翼」


 玲司が必死に俺を押さえ込もうとするが、沙羅のあんな姿を見せられて冷静でいられるはずがない。


「……分かった。ただし沙羅にちょっとでも手ぇ出してみろ、てめぇら全員ぶっ殺す」


「おー、怖い怖い。そんじゃあ、早く来いよ? でないとこの子どうなるか分かんねーからな?」


 ブツッと通話が切られる。

 スマホをポケットに入れ直し、俺は上着を手にねぐらを出ていこうとした。

 だが玲司と隼人が俺の前に立ち塞がった。


「一人で奴等の所に行くとかバカするんじゃねーよ翼」


 玲司が俺を睨みつける。


「……そうだ。相手のペースに乗せられるな。罠に決まってる」


 隼人が腕を組む。


「じゃあ、どうしろってんだよ! こんなことしてる間にも沙羅がどんな目に遭ってんのか分かんねーだろうが!」


「今のオメーじゃ助かるもんも助からねぇ! 頭冷やせや!」


 玲司が俺の頬を殴る。


「……俺がチームに入るのを許可したから、沙羅はこんな目に遭っちまったんだ……」


 後悔が波のように押し寄せる。


「てめぇらとバカやってるだけで満足しとけば良かったんだ。それを俺はアイツを巻き込んじまって……!」


「……今更後悔しても遅い。それより沙羅ちゃんを助ける策を練るのが先決だ」


 隼人がいつもと変わりないトーンで言う。


「はい! 僕に策があります!」


 大地が手を上げる。そこへ透も手を上げた。


「翼みたいに真正面から突っ込む馬鹿は一人でいい。他の奴等はバラけて奇襲かけるぞ」


 透が言うと大地も頷く。


「そんなことしたら沙羅がどうなっちまうか分かんねーんだぞ……」


「俺達を少しは信じてくださいっす」

 勇太が力強く頷く。


「分かった。俺はお前らを信じる。だからその奇襲とやらを早く教えろ」


 □□□


 なんて私は馬鹿なんだ。

 翼くんの足手まといになるような事になってしまってる現状に、自分で自分に怒りを覚える。


「眼鏡ちゃんさぁ、桐谷の何なの? 文化祭の時にもいたよねぇ? 彼女? もしかして彼女?」


 ねっとりとした口調とは真逆に、目の前の赤髪の男の瞳はギラついていた。


「それにしても、あの桐谷がこんなおちびちゃんを彼女にするなんて、アイツロリコンなの? マジウケる!」


 ひぃひぃと笑う赤髪の男は心底楽しそうだった。


「……あなた、真田烈火でしょ? 翼くんに負けた(・・・)人」


 ガンッと鉄柱に拳を叩きつける真田。


「桐谷からどう聞いてるかしんねーけど、アレは負けたんじゃねぇ……負けてやった(・・・・・・)んだよ!」


 この人が何となく分かってきた。

 強烈なコンプレックスの持ち主だ。その行き場のないコンプレックスを弱い人や物に当たり散らしてる。まるで聞き分けのない子供だ。


「あー……だりぃな。いつになったら来やがんだあのクソ野郎は……おい! ちょっと外見てこい! アイツが奇襲かけてこねーとも限らねぇからな」


「分かりました!」


 真田に命令された男が外に出ていく。

 私は辺りを見回した。倉庫には大きな扉が正面に一つだけ。その扉の横に通用口が一つ。二階と一階には窓が沢山ある。

 二階と言っても吹き抜けで足場があるだけ。

 他に出入り口は見つからない。


 その時、正面の大きな扉が開かれた。

 翼くんが一人でやってきてしまった。


「おぉ! 待ってたぜー! 桐谷く〜ん!」


 真田は仲間に目配せをする。すると翼くんを包囲するようにジリジリと囲っていく。


「沙羅ぁ! 無事かぁ!」


「馬鹿! なんで来ちゃったの!? 罠だって分かり切ってたでしょ!!」


「んな事言われてもなぁ、惚れた女一人も守れねぇなんて、クソだせー男にはなりたくねーからな!」


 え、今なんて……?


「やーっぱりこの女拐って正解だったわ! おい、この女を無事返して欲しけりゃ、大人しくボコられろや」


 真田が合図をすると、翼くんを囲っていた男たちが一斉に飛びかかる。

 翼くんはガードをしながらも、反撃しなかった。


「やめて! 翼くん! 私のことなら大丈夫だから! 反撃して!」


 どんなに叫んでも翼くんは黙って攻撃を食らうだけだった。


「やだよぉ……やだ、やめてぇ!」


「うるっぜぇなクソ女。黙って彼氏がやられるのを見てろや」


 真田に怒りが湧く。とてつもない怒りが。

 でも両手は鉄柱に縄で縛り付けられてて何もできない。

 どうしたら……どうしたら翼くんを助けられる?


 その時、背後からダンッ! と音がして鼓動が跳ねる。

 縛られていた縄を切る音がする。と同時に真田も音に気づいて私を見た瞬間、二階の足場から人が次々と降ってくる。


「な、に?」


「……もう大丈夫だ沙羅ちゃん」


 この声は相馬くん?

 振り返ると相馬くんが私の手首を縛っていた縄を切ったと思しきナイフを見せてきた。


「俺の後ろにいろ……」


 相馬くんが私の前に立つ。


「誰だぁ! てめぇはよー!」


 真田の怒りが爆発する。


 二階から降ってきたのは神谷くんたちだった。


「おーおー、派手にやってくれてんねー。うちの総長、そんな人数でやれると思ってんの?」


「お前ら! どうやってここに入って来た!?」


「どうって、そりゃ二階の窓からに決まってるっしょ」


「二階だと? 外には見張りがいたはずだ!」


「あぁ、あの連携もロクにとれねぇ、しょぼい奴らのこと? あんな弱ぇ奴しかレッドヴァイパーズにはいないの? ウケる!」


 ブフッと、神谷くんが笑う。


「んだとぉ、このクソ野郎がぁ!」


「そんで、どうすんの? 沙羅ちゃんは俺らが取り返しちゃったっしょ? ついでにうちの総長をブチ切れさせちゃったわけじゃん? あぁ、哀れな子羊達よ!」


 神谷くんが両手を合わせると、殴られ蹴られていた翼くんがゆらりと立ち上がる。


「……はぁ。こんな弱ぇ奴らの攻撃なんぞ、痛くも痒くもねぇなぁ……!」


 そう言うと、翼くんは自分を取り囲んでいた男たちを次々と倒していく。その強さは、まるで悪鬼羅刹の如く恐ろしかった。


 そしてあっという間に男たちは地面に倒れ伏していった。


「さぁ、どうするよ真田。その手に持ってるナイフで俺をヤるか? ヤりたきゃヤれよ。ほら、ヤれよ!」


 真田が手に持っていたナイフを遠くに放り投げた。そして真田は首を回して拳を鳴らした。


「調子に乗ってんじゃねーぞ桐谷ぁ!」


 咆哮のようなそれに、真田が翼くんに向かって走っていく。

 互いの右フックが顔にめり込む。それでも倒れず、相手を互いに打ちのめしていく。

 拳が乱打し、両脚が強烈な蹴りを入れる。どちらもガードせず、汗と血しぶきが飛び散る。

 やがて真田の体がふらついてきた。

 翼くんの巨体から繰り出される強烈な一撃が、ついに真田の顔面真正面を捉えた。

 メキッ──骨が折れる音がした。そしてついに真田の動きが止まった。そのまま膝から崩れ落ちていく。


「勝てねぇ喧嘩は売るんじゃねぇよクソ野郎が……」


 つばを吐き捨て顔の血を手で乱暴に拭いながら、翼くんがこちらへ歩いてくる──その時だった。


 真田が起き上がると同時に、翼くんの背後にぶつかった。

 何が起こったのか分からなかった。

 でも翼くんの足元に血がぼとぼとと落ちるのを見て、私は──いや、私達は同時に駆け出していた。


「翼くん!!」


 神谷くんが真田を殴り飛ばす。真田の手からナイフが滑り落ちた。


「どこまで腐ってやがんだてめーは!」


 何度も神谷くんが真田を殴りつける。


「ヒヒヒッ! 油断する奴が悪ぃんだよぉ! ゴフッ……!」


 神谷くんの渾身の一撃に、ついに真田は沈黙した。


 私は震えながら翼くんに近付く。


「翼くん……やだ……やだよぉ……」


 崩れ落ちる翼くんの背中からは大量の血が溢れている。


「誰か救急車呼べ!」


 神谷くんの怒号が飛ぶ。


 翼くんの体が私に凭れかかる。


「ほんと……沙羅は泣き虫だな……」


「やだよ、翼くん! 死ぬなんて許さないから!!」


 遠くで救急車の音がする。その音が翼くんを死に近づけるようで、怖くてたまらない。


「怪我は……して、ねぇか? ……なにも……されて……」


「喋らないで翼くん!」


 どうしよう、血が止まらない……!

 救命講習でどう習った?

 だめだ、頭が真っ白で何も思い出せない……!


「お願いします神様……! 翼くんを助けてください!!」


 涙が止まらない。辛いのは翼くんなのに! こんな時まで泣くなんて私はなんて弱い人間なの?


 救急車はもうほとんど近くに来ている。


「翼くん大好きだよ、だから死なないで……」


 翼くん、私の声は聞こえてる?




 □□□




「翼ー、お菓子買ってきてやったぞー」


 神谷くんがビニール袋を揺らす。


「お、マジで? 助かるわー。病院食不味すぎて食えたもんじゃねーからな」


「その割には毎回残さず食ってるって、看護師さん言ってたけど?」


 一ノ瀬くんがからかう。


「出されたモンは食う、俺んちの家訓だ」


「……嘘くせぇ」


 相馬くんが無表情で言う。


「るせー。オメーらも一回食ったら、普段の飯のありがたさが分かるってなもんだぜ」


 翼くんが神谷くんが持ってきてくれたビニール袋の中身をガサガサ漁ってる。


「やっぱポテチはのり塩一択だよなぁ」


 バリバリ袋を豪快に破いてポテチを食べようとしたその時──


「ちょっと、あなた達! 何してるの? 桐谷さん! まだ間食はいけませんよ! 先生から言われたでしょう? それとお見舞いは一度に二人までって、玄関口の警備員さんから説明されたでしょ? あとマスクもちゃんとしてください。あ、あなたは大丈夫ね」


 そう言うと、看護師さんはビニール袋を没収して部屋から出ていった。私はマスクの位置を調整した。


「俺のポテチが……」


 あまりにも悲しい顔をするから、私は思わず笑ってしまった。


「もう少し我慢しようね、翼くん」


「じゃ、なんか俺達お邪魔みたいだから帰るわ」


 神谷くんが気を使って言ってくれた。


「えー、もう帰んのかよお前ら」


「その代わり沙羅ちゃん置いていくから安心しろ」


 一ノ瀬くんが言うと、相馬くんが私をお見舞いの人用の椅子に強制的に座らせた。


「じゃあな!」


 神谷くんたちが帰っていった。

 残されたのは私と翼くんだけ。大部屋だけど、今は翼くんしかいない。実質一人部屋だ。


「背中、痛む?」


 私が心配して聞くと、翼くんが笑って「んな大した傷じゃねぇよ」と腕を振る。でも「いてっ」なんて言うから様にならない。私は思わず笑った。


「怪我人は無茶しないの。ほら、横になって」


 翼くんは渋々といった風に横になった。


「翼くんが生きててくれて良かった」


 翼くんがまた笑う。


「俺があんなんで死ぬわけねーだろ。心配し過ぎだ。沙羅もみんなも」


「私ね、病院に着くまで、ずっと祈ってた。神様お願いします、翼くんを助けてくださいって。助けてくれるなら、私が翼くんの代わりになりますって」


 翼くんの表情が一変する。


「馬鹿なこと言ってんじゃねぇ! そんなもん、考えるのも禁止だ」


 ムスッと翼くんが黙り込む。


「あの時、翼くん言ってくれたでしょ? “惚れた女一人も守れねぇなんてクソだせー男にはなりたくねー”って」


 ビクリと翼くんの方が揺れる。


「私ね、その時初めて自覚したんだ。なんで翼くんの側にいると安心するんだろう、なんで翼くんの側にいるとドキドキするんだろう、って」


 私は翼くんの投げ出されていた大きな手を握った。


「私も翼くんのことが好きだったんだなって気づいたんだよ」


 翼くんの大きな手を頬に当てた。節くれだってて温かな大きな手。私が安心できる手。


「翼くん、私は桐谷翼くんが大好きです。迷惑かな?」


 翼くんが慌てて私を見た。


「迷惑なわけねーだろ! 俺だって、お前のことが、その……好きだ」


 その言葉の重みと温かさに胸が苦しくなる。

 ぽたりぽたりと、また瞳から涙がこぼれ落ちる。


「本当にお前は泣き虫だな」


 翼くんの大きな手が私の涙を拭ってくれる。

 大きくて綺麗な顔をしていて、喧嘩が強くて欲望に忠実で、誰よりも優しい翼くん。


「好きだよ、本当に大好きだよ」


 翼くんが上半身を起こすと、私に応えるようにマスク越しにキスをした。


「俺も大好きだぜ、沙羅」


 そして私達二人は笑いあった。

 翼くんがいるなら何でもできる気がする。今までの弱くて泣き虫な私も強くなれる気がする。だから──


「早く元気になってね、翼くん」


 

 

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