第7話 傭兵団VS盗賊団 ②
戦場の真っただ中を、突っ切るように駆ける。
「頼むから俺の身体よ、動いてくれよ。」
オッサンが駆け出したところで、誰も見向きもしない。よかった、適度に無視してくれている。
俺の防御力は紙装甲だ、着ている服はこのトレーナーのみ。
だから、敵にとって何の脅威にもならないと思われているらしい。
だが運動靴のお陰か、意外とダッシュしても苦にならないし、移動速度も中々。
俺は傭兵団の仲間じゃないから、まずはテックさんに説明しないと。
「しまったな、スピナにテックさんの特徴とか聞いときゃ良かった。」
ここはもう戦場だ、どこを見ても乱戦状態。
混沌としている、実際の戦いってのはこういうモノらしい。
人を容易に狂気に駆り立てる、恐ろしいが、それが生きるという事かもな。
「まあ、善悪の区別くらいは付けたいところだがな。」
自分の信じる正義に従って行動しようと決めた、スピナを助けた時のように。
戦場を駆ける、オッサンなので身体が持たないが、そうも言ってられん。
「頼むから俺の身体よ、持ってくれよ。」
自分を奮い立たせ、傭兵団のリーダーっぽい人を探す。
リーダーなら、戦場全体を見渡せるような位置取りをしているだろう。
傭兵の味方に指示を出している人を探す。
それは直ぐに見つけられた、あれか? メガネを掛けた優男風の出で立ち。
岩の上に立っていて弓を装備している、傭兵仲間に指示を出しながら盗賊を射ているな。
アーチャーか、戦場を見渡せる場所に居て、弓矢の攻撃範囲に入って来た盗賊を攻撃して戦っている。
俺がテックさんの弓の射程に入ってしまうと、攻撃される可能性がある。
まずは俺が敵じゃない事を知らせねばならない、今だって俺を見ながら怪訝な表情をしているし。
だがそれを意とも返さずに、的確に盗賊を射ている。
まだ俺が敵か味方か判断出来ないのかもしれない、不用意に俺を攻撃する様に指示していないところを見るに、まともな人物らしい。
頭の回転が速そうだ。切れ者っぽい、メガネのせいか?
まだ距離があるが、テックさんらしき人物に向けて大声で叫んでみた。
「テックさん! 俺は敵じゃない! あんた等に味方するつもりだ!」
俺の大声を聞き、テックさんがこちらを向いて目を細めていた。
何故私の名を? と言う様な表情をしている、まあそうだろう。
俺はテックさんに見える様に、荷馬車を指差してサムズアップしてみせた。
すると、テックさんも応えてくれた。
「どこの部隊の者ですか!」
よかった、ちゃんと伝わったみたいだ。こちらを敵対者ではない事を知らせる。
「俺は傭兵じゃないが! スピナさんを助けた者だ! 加勢するから撃たないでくれ!」
「今は戦闘中です! 隠れていてください!」
ふーむ、一応スピナの名前を出したからか、信用はしてくれたみたいだ。
だが、俺が戦闘へ参加するのは拒否された、それはそうだな。
戦場は敵味方入り乱れて乱戦になっているし、余計な面倒事は回避したいのだろう。
だが、テックさんのところへ来るなとは言われていない。隠れていろとは言われたが。
隠れる場所なんてどこにもない、背の高い草でも俺の腰くらいの高さだ。
草むらの中で身を低くしていれば隠れられそうだが、直ぐに見つかりそうだ。
ここはやはり、テックさんの居る場所へ向かい、移動しよう。
部隊長の近くならば、比較的安全だ。絶対ではないが。
まずは生き残る事、その為なら臆病にもなるってなもんだ。
戦い慣れていないし、ゲームとは違うリアルでシビアな条件。
辺りに血の匂いが漂い、戦場の恐怖を嫌と言う程肌で感じる。
マジでおっかない、ガクブルが止まらん、だが、自分の為に進むしかない。
意を決して、テックさんのところへ向かい、移動を開始した。
ゆっくりとだが、確実にテックさんとの距離が近づく。
その途中、テックさんがこちらを向き、溜息っぽい仕草をしていた。
どうやら来ても良いらしい、歓迎はされていないだろうが。
「そっちへ行きます!」
「好きにしてください!」
離れているので、大声でお互いに応答しあっているが、余計に目立ってしまった。
当然、盗賊もこちらに意識を向け、襲い掛かろうと向かって来る。
だが乱戦な上に戦いで疲弊しているのか、盗賊の動きは鈍い様だ。
余裕でテックさんの元まで近づける、と思っていたが自分自身が鈍かった。
自分では中々速く走れると思っていたが、甘かった。
疲弊した盗賊と同じぐらいのスピード、もし盗賊が疲れていなかったらと思うとゾッとしない。
やはり戦闘の実戦経験者を舐めない方が良さそうだ。
そうか、こっちがオッサンだからテックさんは気を遣った訳か。
悪い事しちゃったな、まあ隠れる場所とか無いし。いいか。
だが、ここで事態は思わぬ方向へ向かってしまっていた。
テックさんのところへ移動し始めてから、直ぐに事態は急変したのだ。
「うわあああああ!?」
「きゃあああああ!?」
突然誰かの叫び声が聞こえたかと思ったら、人が吹っ飛ばされてきた。
まさか、人があんなに宙を舞って吹っ飛ばされるとは!? 一体なんだ!?
軽く10メートルは飛んできたであろう人を見ると、身体に大怪我を負っていた。
俺の直ぐ近くに落ちて来て、息も絶え絶えといった状態だ。
「な、何だ!? 何が起きているんだ!?」
「危ないから下がれ! 早く!」
「死にたくない! 死にたくない!」
現場は混乱状態だ、被害を受けているのは傭兵たちみたいだ。
盗賊もビックリしていたが、何故か落ち着いている。何だ?
人が飛ばされて来た方を見ると、そこには大きな獣が涎を垂らしながら唸っていた。
その姿を見て、俺は一瞬呼吸が止まるかと思った。
あの大きさ、体毛の色具合、鋭くデカい牙、尖った前足の爪、間違いない。
「あれは!? キリングパンサー! 魔獣だ! 気を付けろ!!」
俺は大声で叫び、周りの傭兵たちに警戒するように言い放った。
間違いない、ゲーム「ブレイブエムブレム」にも登場した大型魔獣だ。
ヒョウの様な見た目だが、大きさが全然違う。並の大人が軽く撫でられただけで吹っ飛ばされるくらいデカい。
デカい牙が特徴の魔獣だ。モンスターっぽいがそれとは区分が違う。
まあ、細かい事は今はどうでもいい。今は目の前の事態にどう対処するか。
自分はプリーストじゃない、回復魔法なんてものは使えない。
回復薬などのポーションも持って無い、拾った剣のみ。
目の前の怪我を負った人を治療出来ない、手当てなどのスキルは持って無い。
傷を癒す知識も無い、見て分かる程度に大怪我を負っている程度の事ぐらい。
やはり俺は無力なのか? いや、役割が違うのか?
立ち尽くしていたところで、テックさんが大声で叫ぶ。
「みんな気を付けて! 盗賊団の頭目です!」
ここからでは見えないが、盗賊たちの向こうに誰か居るらしい。
テックさんには見えてるみたいだ、岩の上の高い場所に居るからだろう。
そのテックさんが敵の親玉を見つけたらしい、警戒しているのが分かる。
「まあ、所詮寄せ集めだ、こちらの戦力が上でも苦戦するわな。」
余裕の態度で戦場に現れたのは、禿頭の大男。
手には鞭を持っていて、その隣に魔獣のキリングパンサーがうろついている。
キリングパンサーは大男を攻撃しない、寧ろ従っている様に見受けられる。
「鞭を持った大男、その隣に魔獣、まさか。」
慌ててスキルの「鑑定」を大男に向けて使った、やはりか。
気が付いたら、周りに聞こえる様に叫んだ。
「気を付けろ! ヤツはビーストテイマーだ!」