第3話 マイキャラ
女神暦986年―――――
四大大陸の一つ、ミニッツ大陸中央部に位置する大国ローズ王国にて、クレオネス大王が崩御した。
新たに大王に即位した第一王子フレデリックは、今までの女神教を捨て去り、新たにゲンドラ教を国教とし、女神教を信奉する国家に対して宣戦を布告、戦争を仕掛けていた。
ローズ王国の隣国セレニア公国は戦いに敗れ、国民は逃げ惑い、セレニア公国の公女は行方知れずとなった。
戦は激しさを増し、ローズ軍は次々と戦線を拡大、セレニア公国を占領した。
ローズ軍は占領したセレニア公国に代官を置き、更に遠征を続けていた。
「フレデリック様は何をお考えなのか、女神教を捨てるなど。」
「しー、声が大きい。誰かに聞かれたら捕まって拷問されるぞ。」
「ああ、反逆者とか、国賊とか言ってな。ゲンドラ教なんて邪教だろうに。」
「だから、声がでけえって。」
至る所の酒場では、このような会話が日常と化していた。
「そういやあ聞いたか? 西のバリス王国がローズ王国に抵抗する為に、共に戦う仲間を募っているらしいぞ。」
「本当か? もしそれが事実なら、女神教の自由を許しているバリスの味方が増えるかもな。」
「どうなるのかねえ、邪教は嫌だし。何で女神教を捨てちまったんだろう? ローズ王国は。」
酒場の客たちは、みな一様に沈みがちになり、暗い影を落としていた。
そこには、かつての笑顔や笑い声は、無かった。
田中宏幸サイド――――
「さて、まずは自分のスキルを確かめなくてはな。」
確か「メーカー」と「鑑定」のスキルを貰えたらしいんだったよね。
ゲームの「ブレイブエムブレム」で、主人公が持っているスキルだな。
「メーカー」のスキルは、自分と他者のスキルを改変、強化、削除できる。
このゲーム世界は「ブレイブエムブレム」だから、スキルが全てという社会を構築しているだろう。
十才で女神様からギフトを貰えるという設定だった、スキルの事だな。
職業選択の自由はあるものの、スキルによって就いた仕事で多少の優劣は決まる。
若者に人気なのが一攫千金を狙う冒険者、商人や国に仕える公務員なども人気、という設定だったと思う。
つまり、そのスキルに干渉できるって事は、おやおや? 俺は主人公並って事?
ゲームでもそんな感じだったし、主人公が部隊の仲間を育てる育成型だった。
「仲間か、今のところはそれほど急がなくても良さそうだな。」
気を付けなきゃならないのは、その「メーカー」のスキルを持っているというのを、誰かに知られる事。
転移特典らしいから、知られると面倒くさい事になるに決まってる。
ゲームの主人公と同じスキルを所持している、なんて、もしバレたら大変だ。
「これは秘密にしなくては。」
次いで「鑑定」、これはもうご存じ、自分と相手のステータスを確認できるスキルだ。
「ブレイブエムブレム」はレベルや能力値といったものが無い。
その代わりにスキルがあって、それが全てに影響する世界だ。
「これはまあ、べつに知られても問題無かろう。」
「鑑定」のスキルは意外と持っている人が居ると思われる、大丈夫だろう。
「メーカー」と「鑑定」、この二つを上手く組み合わせれば結果は良好になる。
相性がいい組み合わせのスキルって訳だな、神様も俺の事を思ってこの二つをくれたのかな。
「あとは、この異世界の女神様からも、スキルが貰えるらしいが、さて、どうやって?」
色々とゲーム知識をフル稼働してみたが、やはり女神教会にでも行ってみないと。
十才はとっくに過ぎている、女神様からスキルを貰えるかどうかは分からない。
まあ、町中にある女神教会とかに行ってみれば、何とかなるだろう。
「今のところはこれは保留だな、いずれ考えねばなるまいよ。」
持ち物はというと、身一つで転移してきたからなあ。
「部屋着のトレーナーだけか、あと、ポケットの中にハンカチがある。」
ふーむ、服とハンカチだけか、まあしょうがないよね。いきなりだったし。
ふと足元を見ると、ちゃんと靴を履いている事に気が付く。
「よかった、靴を履いていたか。これがあると無いとじゃえらい違いだからな。」
それと、今後の目的だ。
おそらく「ブレイブエムブレム」の主人公も居る筈だし、その行動を邪魔しない様に気を付けなくては。
「ゲームで起こる出来事やイベントなどは覚えている、ならば、あまりそれらに関わらない方が良さそうだ。」
そういうのは主人公の役目だろうし、俺が出張ってもなあ。
それに、ゲームの主人公の仲間になるキャラとも関わらないに越した事はない。
余計なトラブルに巻き込まれるのは御免だし、俺は主人公じゃない。
主人公と同じスキルを持っているけど、全くの人違いだよ。
俺はただのオッサン。出しゃばるつもりは毛頭無い。
「とりあえず、この世界での俺の目的は、生き残る事。それがまず大前提。」
モンスターや野党などが居る危険な世界だ、国どうしの戦争だってある。怖い怖い。
そういうのに巻き込まれない様にしたい、なので、あまり目立たない様にして、大人しくしていよう。
自分の身を守る力は備わっていないと思われる、ただのオッサンだからね。
もし魔物などに襲われたら一溜りも無い、武器すら持っていないし。
「危険は極力回避だな、こちらから近づかなければ良いだろう。無難に生きていくとしよう。」
今出来る事はこれくらいかな、ここでこうして考えていても始まらん。
「大体こんなもんか、じゃあ、ここは一つ移動しよう。まずは町か村、できれば都市を探して人が居る所を目指そう。」
とにかく、行動しよう。ここはどの辺りになるだろう?
「地図とかあれば分かるのだが、何か目印みたいなモノは無いかな?」
ここは廃墟だ、何の廃墟だろう?
「そういやあ、モンスターの気配とかは無いな。まあ安心だけど、人の気配も無い。当たり前か、ここには俺一人だけだし。」
とにかく廃墟から出る為に、移動を開始した。
一歩外へ出れば何とかなると思っていたが、考えが甘かったようだ。
「うーむ、ここは一体?」
右を見ても左を見ても、森ばかり、遺跡のような廃墟だった事が分かる。
森の中にある遺跡か、「ブレイブエムブレム」じゃそういうの沢山存在しているからなあ。
特定は難しい、もうちょっと森を先へ進めば何か分かるかも。
「何の遺跡だったんだろう? 目印になるようなモノは無いな。まあ、いいや。」
かなり昔の遺跡だという事は分かる、朽ち果てている具合から、相当時間が経っているだろう事は想像出来る。
スタート地点なんてこんなもんだろうと、適当に考え、目の前の事に集中する。
「さて、まずは街道か何かを探さなくては、それかケモノ道か。」
自分のステータスを確認したが、やはりスキルしか分からなかった。
だが収穫もある、自分のこの世界での名前はカタカナでタナカ表記だ。
「タナカか、じゃあそういう事にしとこう。」
他もそんな感じなのだろう、他人のステータスを見てもスキルだけとは限らん。
そんな事を思いながら、森の中を進むのだった。
「しかし、こう森の中が起伏に富んでいると歩きにくいな。」
履いている靴が運動靴で良かった、これが通勤用の革靴とかだったらアウトだ。
いつモンスターなどが出て来るか分からん、慎重に移動しなくては。
おっかなびっくり、及び腰で少しずつ歩き、時折木の陰に隠れて辺りを見る。
「大丈夫、何も無いし、誰も居ない。」
魔物の気配も無い、静かなものだ。まあ助かるが。
小動物や昆虫の気配や音が聞こえるぐらいだ、時たま吹く風が葉っぱや草を揺らし、森の天然の匂いを運んでくる。
「嗅いだことは無いが、魔物の匂いなどはしてこない。と、思う。」
大丈夫そうだ、このまま先へと進もう。
ゆっくり静かに移動して、なるべく音を出さない様に気を付けながら歩く。
そうして、しばらく歩いていると、森の出口らしき日の光が確認出来た。
「やった、森の出口か? 何事も無く無事に出られそうだな。」
森の木々の先に照らされた光に誘われ、俺はゆっくりと、歩みを続けた。