第19話 それぞれの秘密 ③
「タナカさん、話をする前に、まずはコレを身に着けてください。」
そう言って、テックさんは俺に布切れの帯のような物を渡してきた。
「これは、ハチマキ。ですか?」
「ただのハチマキではありませんよ、光りを放つ魔法の道具なのです。名付けて、「輝きのハチマキ」です。」
テックさんはどや顔で言い放った、ただのハチマキじゃないらしいが。
「よろしいのですか? いかにも魔道具っぽい物を頂いてしまっても。」
「構いませんよ、何を隠そう、私が考案して設計し、開発して製作した発明品ですから。」
ほう、テックさんが作ったとな、器用な人なのかな。
「テックさんは発明家なのですか?」
興味が湧いてきたので聞いてみたが、隣のスピナが首を横に振っている。
シルビアさんも何やら呆れ顔で両腕を上げ、首を傾げていた。
テックさんは嬉しそうにして答えてくれた、メガネが光っているが。
「いえいえ、発明家などとおこがましい、私はただ新しい物を作るのが趣味なだけですよ。他にも色々あって、これなんか凄い工夫がされていると思うんですが。」
そう言ってテックさんは鞄から何やら取り出して、テーブルの上に置いた。
「これは火を使わない煙幕の筒なのですが、どうですか? 火を使わないところは画期的だと思いませんか!」
「そ、そうですね、凄いと思います。」
気圧されて頷く、が、他の二人は呆れていた。何故だろうか?
俺が疑問に思っていると、スピナが申し訳なさそうに答えた。
「あの~、その煙幕は、火を使わないのですが、その、何と言いますか、火の代わりに、その、おしっこをかける必要があるんです。」
え? おしっこ?
「そ、それは、何と言いますか、まあ、時と場所を選びますね。」
「確かにおしっこをかけないと使えないのですが、火を使わないという事は何処でも使えるという事ですので、携帯装備品の一つに数えられる非常に使い勝手が良い道具でして。」
テックさんは饒舌に説明しだしたが、女性二人がそれを止める。
「ちょっとテックさん、話が前に進まないじゃないの。何故彼にハチマキが必要なのかを説明する方が先でしょ。」
「そうですよ、それに私、テックさんの発明って正直良く解らない物ばかりでして。」
女性二人には不評だったのか、テックさんが一気に気落ちしていく。
「そ、そうでしたね。私とした事が、では、改めて説明致します。」
おお、ようやく本題に入るか。どうなるかと思ったが、何とか軌道修正したようだ。
「はい、ではこの「輝きのハチマキ」が、何故俺に必要なのかを教えて下さい。」
「簡単な理由ですよ、タナカさんの額に浮かび上がる「義勇の紋章」を隠す為です。」
ふーむ、俺の額を隠す為か。確かに、自分で気付かなかったが、魔獣と相対した時に額の所から眩しい光が発光していたしな。
それに、自分の意思で紋章を発動したかどうかは、正直あやしい。
「なるほど、何時俺の額に紋章が浮かび上がるかは疑問ですし、自分の意思でどうにか出来るとは思っちゃいませんからね。」
「そうだと思いました、そこでこのハチマキの出番なのです。これは冒険者たちに人気の商品でして、ダンジョンなどに潜る時に松明要らずで、魔法のライトを使わなくても明るさを得られるという事で、沢山売れたんですよ。」
ほう、そうなのか。売れ筋商品って事か。
「今では貴族の間でも人気が高く、生産が追い付かないので、設計図を売って権利でお金を得ていますよ。本当は金儲けなど考えていませんけどね。趣味で作った物ですし。」
「いやあ、正直羨ましいですよ。沢山の人に売れているのでしょう?」
俺が言うと、女性二人がこほんっと咳払いをし、話を進めろという合図が来た。
「すいません、話が脱線しましたね。とにかく、この「輝きのハチマキ」を装備しておけば、タナカさんが不意に紋章を浮かび上がらせたとしても、誤魔化せます。」
なるほど、人気商品ならば俺が持っていても不思議じゃないという事か。
「お話は分かりました、では早速頭にハチマキを巻いておきます。」
そうして、俺は「輝きのハチマキ」を頭に巻いた。これで良いと思う。
「どうです? 額もこれで隠れていますか?」
「ええ、完璧です。」
「へえ~、悪く無いわね。」
「とても似合いますよ、タナカさん。」
「そ、そうですか? 何か照れるなあ。」
ハチマキを頭に巻いたからだろうか、気が引き締まる感じがする。
さて、そろそろ良いだろう。何故俺の紋章を隠す必要があるのかを聞こう。
「では、テックさん。何故俺の額に義勇の紋章が浮かび上がるのを隠す必要があるのでしょうか?」
俺の質問に、場の空気が一気に変わった。真剣な面持ちでテックさんが答える。
「世の中には、良からぬ事を企む輩が居ますからねえ。」
そう言って、テックさんは隣に座るシルビアさんを見た。
シルビアさんは軽く溜息をつき、俺の方を見てから静かに語り始めた。
「私、元ダークガードだったのよ。」
え、マジ?
「ダークガードって、あのダークガードですか?」
「そのダークガードよ。」
随分とあっけらかんとしている、「元」とはいえ、凄い事実だと思うのだが。
「ああ、今はもう大丈夫。足を洗ったから、一般人のつもりよ。まあ、敵の敵は味方ってところかしらね。」
ちょっとした爆弾発言だよね、これ。
ダークガードとは、「ラングサーガ」というゲームに登場した組織名だ。
戦争の陰で暗躍していた「闇の崇拝者」を守る、恐るべき暗黒兵士の事だ。
「どうして、その話を今?」
俺が訊ねると、シルビアさんは、何故だかとても悲しそうな目で語りだした。
「少し、昔話に付き合ってもらうわね。」
シルビアさんは、切なそうに言い、他の二人も頷く。俺も聞く態勢をする。
「私はある貴族とメイドとの間に生まれた、隠し子だったのよ。まあ、よくある話よね、これ自体は。」
シルビアさんはゆっくりと話し出し、静かに語る。
「貴族の父は私達母子を最初は可愛がり、私に教養を与えたわ。」
「自分の子として、大事に育てるつもりがあったという訳ですか。」
「さあ、今となってはどうでも良いわ。もうその貴族家は無いから。」
「………。」
話の続きを聞く為、黙っておく事にした。シルビアさんは、泣きそうな顔だった。
「子供の頃は、本当に幸せだったわ。父も母も優しくて、私はメイドとの間に出来た子なのに、申し訳ないくらいに愛された。」
「良い幼少期を過ごしたんですね。」
「ええ、本当に。………だけど、私が10歳の誕生日を迎えて、花嫁修業をするようになった頃から、本妻とその子供から、物凄い嫌がらせを受ける様になったの。」
「本筋の家からしたら、快く思われてはいなかった、という事でしょうか。」
「その通りね、だから私はファミリーネームを名乗らなかったし、名乗らせてはくれなかったわ。今となってはどうでもいいけど。」
貴族の父親としては、自分の血が入っている子を育て、花嫁修業までさせていた。
いずれは何処かの貴族家へ嫁がせる為だろうけど、本妻とその子からのいじめとは、よくあると言えばよくある話だとは思うが。
「嫌がらせは日々エスカレートしていき、私だけじゃなく母までいじめられていたの。そして、とうとう母が心を病んでしまった。私も、限界だったの。」
メイドという事は、平民の女性だったのだろう。貴族の執拗ないじめには耐えられなかったのだろう、想像したくもない。
「病気を理由に、私達母子は家を追い出されたわ。こっちとしても、もう未練も無かったし、幸い手切れ金は沢山貰ったわ。だから田舎の農村で家を買って、ひっそりと暮らしていたの。」
「それが良い、心の病は簡単には治らないけど。落ち着ける場所ってのは大事だ。」
「そうね、でも。あいつ等は、いずれ私が金銭を要求してくるか、後継ぎを名乗り出られると困ると思ったのでしょうね。私に暗殺者を差し向けて来たわ。」
中々に壮絶な人生を送ってらっしゃる、とても正気ではいられないだろう。
「で、私を庇って、母が身代わりになってしまった。」
「母親として、子供を守ろうと咄嗟に身体が動いたのでしょうね。」
「心の病なのに、無理しちゃったのね。で、その暗殺者はペラペラとよく喋る奴だったのよ。誰に雇われたとか、幾らで仕事を請け負ったのかとか、殺しを楽しむ前のおしゃべりは楽しいだとか。そのお陰で、私は正気を保てたわ。」
「まともじゃありませんね、その暗殺者は。」
テックさんが言い、みんな頷く。スピナは震えていた、怖い話だからな。
「母を殺された事で、私は怒りで我を失い、気が付いたら暗殺者をめった刺しにしていたわ。」
おっかねえ話だ。
「だから私は貴族が嫌い、貴族が憎い。復習の為に私はダークガードになった。」