第18話 それぞれの秘密 ②
さて、義勇の紋章の継承者ときたか。
それってアレだろ、ゲーム「ブレイブエムブレム」の事だろう?
この世界の住人がそんな事を知る筈も無いと思う、だから余計に疑問だよ。
「まあ、立ち話も何ですし、タナカさんも椅子に座ってください。」
テックさんに促されて椅子へ移動する、聞きたい事が一つ増えた。
丸テーブルを囲み、椅子に座る。これで落ち着いて話が出来るな。
丸いテーブルの対面には、テックさんとスピナ。それと商人のシルビアさん。
全員の顔が見える位置に座り、用意された水を一口飲む。
「それで、どこから話しましょうか?」
テックさんが第一声を発し、みんなの意見を伺っていっる。
「商人と紹介されたシルビアさんですが、彼女は一体?」
俺の事を「義勇の紋章」の継承者と言った、そもそも、何故そんな事を初めて顔合わせした人が知っているのか?
「その事ですが、タナカさんが来る前に、彼女にタナカさんの事を少し話したのですよ。勝手な事をしてしまい、申し訳ありません。」
「いえ、それは構いませんが、俺の事など何もありませんよ。取るに足らないオッサンですから。」
自分で言ってて悲しくなるが、事実なので仕方ない。ただのオッサンだよ。
「そう思ってるのは、貴方だけよ。他の方はそうは思っていないでしょうね。」
シルビアさんが言い、スピナも頷いている。テックさんのメガネが光っていた。
「ちょ、ちょっと待ってください、俺が義勇の紋章の継承者ってどういう事でしょうか? いや、そもそも何故俺がそうだと思うのでしょうか?」
俺の疑問に答えたのが、テックさんだ。そう言えばさっき額にどうのこうのとか言っていたな。
「タナカさん、昨日の盗賊団との戦いにおいて、大型魔獣と戦闘しましたよね。」
「ええ、キリングパンサーという魔獣ですね。しかしあれは盗賊の頭目のスキル「ビーストテイム」を持っていたから魔獣が言う事を聞いていたみたいであって、俺が義勇かどうかは分からないでしょう。」
俺のスキル「メーカー」の事は伏せて、盗賊の持っていたスキルの事を話した。
だが、テックさんは首を横に振り、そうではない事を示唆している。
「タナカさん、貴方が魔獣と戦う時、タナカさんの額に義勇の紋章が浮かび上がったのです。間違いありません、この目で確認しましたから。」
俺の額に? そういえばあの時、額のところが妙に熱を持っていたな。
それに、額から眩しい光が発光したみたいで、それが閃光弾のような働きをしたと思う、それで魔獣が虚を突かれてバランスを崩し、俺でも倒す事が叶った訳だし。
他でもない、テックさんが言うからそうなのだろう。俺はその話を信じるよ。
「タナカさん、貴方は義勇の紋章について何を知っていますか?」
「義勇についてですか。」
ふむ、「ブレイブエムブレム」のゲーム知識を持っているから、多分この中で一番知っていると思うのだが。
義勇の紋章とは、ゲーム「ブレイブエムブレム」の主人公が率いる義勇軍、その旗に描かれた「マーク」だ。
それ以上の意味は無い、と、思うのだが。
この異世界での事となると、どうにもはっきりとは分からないな。
みんなの反応を見るに、何か重要な案件なのかもしれないが、さて。
「秘密の話をする為に、ここの小部屋を利用したと思うんですが、まあ、そうですねえ、「義勇の紋章」とは、勇者が率いた義勇軍の旗に描かれたマーク。と思うのですが。」
俺が答えると、テックさんはホッと肩を撫でおろし、一息ついた。
「良かった、タナカさんが歴史を知っているみたいで。長々と説明しなくて助かります。」
「歴史ですか。」
ただゲームやってただけなんですが。
「仰る通り、700年前の聖戦の時に義勇軍が掲げていた旗に描かれていたのが、義勇の紋章です。」
………ん?
んん? 700年前? 聖戦?
「あのう、自分はそこまで歴史に詳しく無いのですが、700年前の聖戦とは?」
尋ねてみると、テックさんだけじゃなく、スピナやシルビアさんも驚いていた。
「貴方、義勇軍の旗は知っているのに、聖戦を知らないの?」
シルビアさんに突っ込まれた、だってこの世界に来たの、昨日だし。
「これは驚きましたね、まさか聖戦を知らない方がいらっしゃったとは。」
ふーむ、知らないと駄目な感じかな?
うむ、ここは正直に話そう。700年前の聖戦なんて知らないし。
「すいません、自分はかなりの田舎から出て来まして、そこまで知らないんですよ。」
この答えに、周りは落胆にも似た表情をして、コップの水を飲みだした。
「えーっと、では700年前の聖戦から話しましょうか。」
「すいません、テックさん。」
「いえ、これからお話する内容に関係していますし、まずはそこから説明しますよ。」
こうして、歴史の講義が始まったのだが、はっきり言ってそれは、「ブレイブエムブレム」のゲーム上の歴史の事ではなかった。
つまり、他のゲームが辿った歴史が聖戦という事らしい。
しかし、俺でもプレイした事があるゲームソフトだったので、途中から理解出来た。
要約すると、700年前の聖戦とは、「ラングサーガ」というゲームの主人公が辿った歴史の事だった。
「つまり、女神の使徒と、戦争の影で暗躍していた闇の崇拝者やダークガードとの戦いの歴史。という事ですか?」
俺が理解した素振りを見せると、みんなは肩を撫でおろしていた。
「なんだ、知っているじゃない。それならそうと言ってくれれば良いのに。」
「そうですよ、シルビアさんの言う通りですよ。説明するのも大変ですから。」
シルビアさんとテックさんは、ホッとした様子で水を飲む。
俺がモノを知らなすぎると思われていた様子だな、まあ、知らないフリをするのも大変だという事が分かった。
「申し訳ありません、モノを知らなくて。」
一応俺が感じた感想を述べ、一旦は話は休憩してという事に。スピナが水を飲みだす。
「でも良かった~、タナカさんがちゃんと理解ある人で。」
「スピナの言う通りですね。ところで、タナカさんは女神教をどう思いますか?」
いきなりだなテックさん、いや、しかし、そうか、これで納得いった。
つまり、この異世界は「ブレイブエムブレム」だけじゃなく、「ラングサーガ」の世界観も内包しているらしい。
しかも、他のゲームも色々混ざっている可能性が高いときたもんだ。
で、そのゲーム「ラングサーガ」の内容が700年前の聖戦という扱いになっているって訳だな。
ややこしい。
だが、少なくても俺は「ブレイブエムブレム」を知っている。
それだけでも、他とは一歩リードしているみたいなものだ。
知識チートなんて俺には無理、精々がゲーム知識ぐらい。
その程度でも、役に立つ事が、どうやらあるらしい。
ならば、俺はこの異世界でやっていこうと決めたのは、間違いではないと思う。
知っていると知らないでは、雲泥の差があるからだ。
「女神教ですか? そうですねえ、良い教えだと思いますよ。みなさん信奉してらっしゃいますし。」
俺は適当に答えたが、テックさん達にとっては、それが一番聞きたかった答えらしいみたいだった。
テックさんはこちらを見据え、もの静かな声で語り始めた。
「タナカさん、貴方の行動や言動、その行いを見て来ましたが、やはり貴方は信頼に足る人物だと確信しました。タナカさん、改めて、ここから秘密にして頂きたいお話があります。どうか他言無用で願います、とてもデリケートな話ですので。」
今までにない雰囲気を感じ、俺は息を飲む。
これから話す事は、どうやら本当に秘密にしてほしい内容だろう。
さてさて、オッサンに何を話すのか、何が飛び出すやらだな。