第17話 それぞれの秘密 ①
早い人はもう起きていて、朝の支度なだの準備をしているようだ。
その物音が、あちこちから聞こえてくる。ガタゴトとした感じで。
目を覚まし、両腕を投げ出して伸びをする。
肩がバキバキいっている、寝方を間違えたかと思ったが、ただ寝床が固いだけだった。
「う~~ん、もう朝か。既に活動している人もいるんだな。」
朝日の光が馬小屋に届いている、まだ薄暗さもあるがまあまあ明るい。
早朝とともに小鳥の鳴き声が聞こえ、少しだけ肌寒さを感じつつ起きる。
今の季節は秋ぐらいだろうか、寒くなる頃の前までには部屋で過ごしたい。
「やっぱり自分の部屋が欲しいなあ、日本に居た頃はアレは聖域に等しいよな。」
馬小屋を出て、井戸水で顔を洗い、自分の指で歯を磨く。
「そうか、生活必需品をどこかで買わないとな。」
テックさんかスピナに雑貨屋あたりを教えて貰おう、せめてここでやっていくつもりなら、なおの事要るだろうし。
この町がウインドヘルムなのは分かった、ならばこの国はバリス王国で女王マリアが治めているという事で合っているだろう。
俺のゲーム知識が正しければ、だが。
「と、言う事は、スタート地点の遺跡の廃墟は女神ルシリス神殿だったか。」
思い出してみると、朽ちたとはいえ、中々立派な建物だったような気がしてきた。
「もっとよく観察しておけば良かったな。何か発見できたかも。」
まあ、今更言っても始まらん、ここは素直に冒険者ギルドへと足を運ぼう。
同じく、馬小屋で寝泊まりしていた他の人達と軽く挨拶を交わし、支度をする。
馬小屋は安いので、利用客が意外と多い。
冒険者だったり、傭兵だったり、旅人だったり、朝の挨拶程度の会話の中で少々の情報を得る事が出来た。
最近モンスターの動きが活発になっているとか、セレニア公国はもう駄目だとか。
ウインドヘルムに程近い場所に、盗賊団が拠点を構えたが、昨日お頭が捕まって壊滅したとか。
まあそれは俺と傭兵団「鉄の牙」の活躍があったからだが、俺の事は伏せて「鉄の牙」のテック隊の活躍の詳細を話した。
盗賊団の名前は「黒牙」というらしい、中々悪さをしていた様だ。
「悪党が捕まって良かったよ。」
「ああ、これで安心して街道を通過できるな。」
「流石テックさんだ。俺が見込んだだけはあるな。」
ほうほう、テックさんの名は有名らしい。出来る男は噂になりやすいという事か。
「黒牙」を壊滅させた事は、みんなに好評だった。困っていた事は事実だったのだろう。
話も適当に切り上げ、テックさんたちと合流する為に馬小屋を出る。
朝の町は色んな人達が活動を始めている、お年寄りの朝の散歩とか、お店の前で掃除をする店の人とか、仕事に向かう町人とか、朝刊を配達している若者とか。
「こういうのは、元の世界と差して変わらないんだな。」
人が生きづく上で欠かせないのは、やはり朝の食事。腹がへった。
露店はもう店を始めているところもある、色々見て回って、結局ホットドックのような物を購入し、俺の朝飯は確保した。
町中を歩く事数十分、町の人達に朝の挨拶をされて返しながら目的地に到着する。
「確かここだったな、冒険者ギルドは。」
町の中央広場の一角にある建物、そこが冒険者ギルドだ。
看板もちゃんと掲げられている、文字が読めない人向けだろう、絵で描かれた看板が多い。
冒険者ギルドの看板は鉄製で、剣がクロスし盾が真ん中にあるような絵だ。
「うむ、分かりやすいな。ゲームと同じというのは。」
三階建ての大きな建物で、三階部分は宿泊施設になっている。
「テックさんたちはここで寝泊まりしているのかな?」
早速ギルドの入り口へと向かい、スイングドアを押し開けた。
早朝だいうのに、仕事熱心な若い冒険者たちで賑わっている。
受付カウンターにも、列をなして並ぶ人、依頼票を眺めて思考する人。
冒険者を観察するのも中々楽しい、お、あのいかにも強そうな冒険者は良いな。
眼光鋭く、こちらを見やり、そしてまた目線をよそへ移す。
「油断無く生きている感じだな、ああいうのが出世するんだろう。」
おっと、俺がここへ来た目的を思い出さねば。
テックさんたちを探す、が、まだ来ていない様だ。
折角なので受付カウンターの隣にある、ギルドと併設された酒場へ行く。
そこで水を一杯注文し、喉を潤す。
「う~ん、美味い。キンキンに冷えてやがる。この水。」
冷蔵庫などは無い筈だ、おそらく氷結魔法か何かでコップを凍らせたのだろう。
「うむ、粋な計らい、大いに結構。」
女給に銅貨を一枚払い、もう一杯おかわりをする。
すると女給がこんな事を言って来た。
「ふーん、まるでテックさんみたいに飲むんだね。」
「ん? テックさんを知っているんですか?」
「ええ、ここじゃ有名だよ、よく水を注文しに来るからね。うちじゃ冷えた水を提供してるから、それ目当てに来るお客さんもいるのさね。」
うむ、この冷えた水の美味さならば、納得だ。分かっている様だ。
「そうでしたか、ところで、そのテックさんと待ち合わせしてるんだが。」
「え? あんたがそうなのかい? だったらここじゃない。奥にある個室に居るよ。早く行った方がいいじゃないの?」
なんと、そうであったか。ではこの水を飲み干してから向かおう。
そうか、秘密の会話をするって言っていたし、個室を利用する為に冒険者ギルドを集合場所にした訳か。納得。
コップに新たに注がれた水を一気に飲み干し、頭がキンキンするが、早速立ち上がり個室へ向かう。
「ご馳走さん、ありがとう。」
「どういたしまして。」
女給とそんなやり取りをし、ギルドの奥にある個室部屋へ行き、ドアをノックした。
「タナカです、テックさんは居ますか?」
俺が名乗ると、部屋の奥から返事が返って来た。
「そうぞ、入って来て下さい。」
「失礼します。」
ガチャリと扉を開け、中の様子を確認する。
テックさんとスピナは居るが、もう一人、女性が椅子に座っていた。
誰だろう? テックさんの知り合いかな、「鉄の牙」には居なかったと思うが。
丸いテーブルが中央にあり、それを囲む様に椅子が並べられている。
テックさんは既に会話を始めていたらしく、俺が到着した事で話を進めると言った。
「さて、まずは自己紹介からいきましょうか。」
「テックさんやスピナの事は聞きましたが、こちらの女性は?」
俺が訊ねると、妙齢の女性は立ち上がり、握手を求めて来た。
「貴方が「義勇の紋章」の継承者ね、初めまして、商人のシルビアと申します。」
ん? 義勇の紋章の継承者? はて、何の事だろうか?
まあ、それはともかく、握手を求められたので、まず先に挨拶からだな。
「タナカです、こちらこそ宜しく。」
シルビアという名前か、妙齢とはいえ中々の美人さんだ。豊満だし、胸が。
商人という事は、昨日の雇い主の若い商人と関係があるのかな?
お互いに握手をし、直ぐにテックさんを見る。気になる事を言っていた。
「テックさん、あの~、「義勇の紋章」の継承者、とは一体?」
「タナカさんは気付いていない? ご自分の事なのにですか?」
んん? 何がだろうか? さっぱり分からんのだが。
「タナカさん、昨日魔獣と戦った時に、貴方の額に浮かび上がった紋章、それこそが「義勇の紋章」なのですよ。」
な!? なんだとーー!?
義勇の紋章って、あれだよな。「ブレイブエムブレム」の事だよな。
ゲームに登場した、義勇の旗。そこに描かれた紋章こそが、「義勇の紋章」。
ゲームでは、ど真ん中のストーリーに登場したが、さて、どういう事だろうか?
それが自分の額に? さっぱり分からん。
ここはテックさんに詳しく聞いた方が良さそうだな。
「タナカさん、まずは椅子に座りませんか。お話はここからという事で。」
俺は立ちっぱなしだった事を忘れ、頭の中で色々考えを巡らすのだった。