第15話 ウインドヘルムの町 ③
「鉄の牙」の傭兵団本部のロビーにて、俺達は扉を潜り建物の中に入ったのだが。
来て早々に問題が起きた、隣の部屋からやって来た男が大声を上げて来たのだ。
突然現れた男とテックさんが揉めている、ここは黙って聞いていよう。
「とにかく! 団長のグリーンが死んだ以上、副団長の俺がリーダーだ!」
「納得いきません! そもそも、他のサブリーダーの意見はどうなのです!」
「そいつらも全員やられたよ! そしてテック! 貴様はミスを犯した! 本来の依頼を達成したにも関わらず、欲をかいて別の仕事を勝手に引き受けた! その結果がこれだ!」
ダンと呼ばれた男が、捲し立てながらテックさんを指差し吠えている。
テックさんはそれを聞き、バツが悪そうに俯きながらも言葉を続ける。
「確かに、私は仲間を犠牲にし、生き永らえています。ですが、それは鉄の牙のみなが覚悟していた事です。」
「ふんっ! 自分だけ助かって良く言う!」
「弁明はしません、事実ですので。」
辺りに沈黙が流れる、後ろの方で控えている俺とスピナは置いてきぼりだ。
こっそりとスピナに事情を訊こうと、小声でスピナに話しかける。
「ダンって人が副団長で、団長になるの?」
「そうみたいです、性格と口は悪いのですが、戦闘能力は高いらしいですよ。」
ふーん、そうなのか。以外だな、あんなのが団長になるなんて。
テックさんがこの場を折れたという判断をしたのだろうか、ダンはここぞとばかりに言い放つ。
「分かってるなら話は早い、団長として最初の命令だ! テック、貴様は鉄の牙を解雇だ! とっとと出て行け!」
おいおい、いきなりだな。鉄の牙のメンバーの数が減ったなら、今はまず、戦力の立て直しが急務だろうに。
もしかして、この人、無能なのかな?
「分かりました、今までお世話になりました。失礼します。」
テックさんはあっさりと引き下がり、鉄の牙を辞めると言い出す。
「テックさんが辞めるのならば、私も辞めます。お世話になりました。」
これに続いてスピナも、鉄の牙を抜けると言い出した。
「おう! 何の役にも立たない無駄飯喰らいを置いておく義理はねえからな! とっとと出て行け!」
鼻息を荒くしたダンは、しっしっと手を振り、追い返す素振りを見せた。
こんな自分勝手な人の下で働きたくない、テックさん達の判断は正しい。
「じゃあ、俺も仮入団の話は無かったという事で。失礼。」
「なんだ貴様は? 部外者は出て行け!」
処置無しだな、この人。
俺達がロビーを出ようとしたところで、呼び止める様にダンから待ったが掛かった。
「ちょっと待て! おいテック、貴様、高額賞金首の賞金はどうした? あれは俺の「鉄の牙」に与えられた報酬だ! 寄越せ!」
こいつ、この期に及んで金か。
「お断りします、この賞金はテック隊の犠牲の上で成り立っているお金ですから。私達が有効利用します。」
「とか何とか言いやがって! 豪遊する気だろう! そうはいかねえぞ! その金は俺のだ!」
まだ言ってるよ、この人。
「ですから、お断りします。それに、賞金の幾らかはそこに居るタナカさんに渡す約束をしていますからね。」
お、ここで俺のご紹介ですか。
俺は一歩前へ進み出て、一礼する。
「どうも、ご紹介に与かりました、タナカめにございます。」
一応、礼儀として自己紹介をしてみたが、ダンはこちらを見向きもせずに言う。
「なにぃ~~! 何勝手な真似してやがる! このオッサンが賞金首の捕縛を手伝ったのか? 信じられねえな! 大方後ろの方でコソコソ隠れていただけだろうが!」
何だと~、あの場に居なかったのに、そんな事が分かるものか。
ダンが俺の事を適当に考えている事に、スピナは怒りを露わにし、一歩前へ出た。
「そんな事はありません! タナカさんは立派な戦士です!」
ダンの俺への評価に異を唱えたのがスピナだった、気丈に振舞い、ダンに意見している。
だが、ダンは自分の意見に反論された事に腹を立てているご様子。またしても怒鳴り声を上げ、スピナを見下した。
「女はすっこんでろ! おいオッサン! ここは部外者が居て良い場所じゃねえぞ! とっとと出ていきやがれ!」
言われなくたって。
それにしても、このダンって人は自分が絶対的に正しいという事を曲げない様だ。
結局、ダンは何が言いたいかというと、高額賞金首の報酬目当てで俺達を追い出そうとしているっぽいな。
しかも自分の手柄にして、賞金を寄越せと言う始末。正直、やってられん。
要するに、この男は金が欲しいだけで、名誉も誇りも無い。と、言う事だろう。
だから、俺は言ってやる。
「これがアンタの「義」か? 結局金じゃねえか、だとしたらとんだ茶番だな。」
「何だと! 貴様あっ!」
俺の言い放った言葉に逆上したダンは、腰にある剣を抜こうとして、やめる。
ここが町中で、鉄の牙の本部だという事を思い出したのだろう。
苦虫を嚙み潰したような表情を晒して、ダンはこちらを睨み付ける。
「そうですね、タナカさんの言う通りですよ。もう鉄の牙は終わりですね。」
テックさんは金貨の入った袋から一掴み金貨を取り出し、俺に差し出した。
「タナカさん、約束の分け前です。受け取ってください。」
ほほう、タナカめに今ここで報酬を頂けると。中々やり手ですな、テック氏は。
俺は両手で一掴み分の金貨を受取り、ダンに見せびらかす様にポケットに仕舞う。
「おい! 何勝手に俺の金をくれてやがる! 返せ!」
ダンは腹を立てている様子、だがテックさんは意に返さずといった感じで、残りの金貨の入った袋をダンに投げつけた。
傭兵団本部のロビーに、袋からこぼれた金貨が床に散乱した。
ダンは「金、俺の金、金、金。」とブツブツ言いながら拾い集めていた。
それを見下しながら、テックさんはダンに向けて言い放つ。
「約束したんですよ、分け前を渡すと。働きに応じた報酬ですね。」
しかし、ダンはテックさんの言葉を聞いていなかった。一心不乱に金貨を拾い集めている。
それを見て、スピナも俺達を急かす様に、手招きしていた。
「行きましょう二人共、もうここに用は無いですよ。」
ダンが金貨を拾い集めているのを尻目に、俺達は傭兵団本部を後にした。
外に出て、深呼吸し、夜風に当たりながら町の風景を見る。
こうして、俺は金貨10枚ほどを貰い、一気に懐が温かくなったのだった。
「よろしかったのですか、テックさん。あの人。」
「いいんですよ、ああいう性格ですから、誰も彼に付いて行かないでしょうし。」
「ですね。」
俺達が建物を出る時に、覚えていろ! と言う様なセリフが聞こえたが。
まあ、あれでは人望も無さそうだ、関係無いしどうでもいいかと思う事にした。
テックさんがこちらを向き、すまなさそうに言う。
「すいませんでした、タナカさん。不快な思いをさせてしまって。」
「いえいえ、こういうの慣れてますから。」
と、ここでお腹のムシがグ~~と鳴った。そういやあ腹が減ったな。
「何か食べに行きましょうか。この報酬で奢りますよ。」
「ありがとうございます、ですが、私だって多少のお金は持っていますから。」
「じゃあ、ここはテックさんの奢りですか?」
「スピナ、貴女はたまに言いますね。けど、良いですよ。タナカさんのウインドヘルムの町へ来た事への歓迎会をやりましょう。」
「ん、よろしいんですか?」
「はい、では、早速酒場へ繰り出しましょう。」
「賛せーい。」
「やれやれ、やはりスピナは現金ですね。」
夜の町での酒場か、しかも異世界ときたもんだ。テンションが上がるな。
「ありがとうございます、テックさん、スピナさん。」
お礼を言うと、二人共笑顔でこちらを向き、手を引っ張って来た。
俺は二人に付いて行き、この世界での事を色々聞こうかと思うのだった。