第14話 ウインドヘルムの町 ②
石畳で舗装され、整備された町中の大通りを、荷馬車はゆっくりと進む。
右を見ても左を見ても、通行人が沢山行き交っている。
よくぶつからないと感心してしまう、きっと歩行者と馬車の道が分かれているのだろう。
建物は石造りだったり、木製であったり、様々な建築技術のある時代のようだ。
水路なども整備されていて、上下水道も完備、ってところか。
井戸もあるので、おばちゃんたちが井戸端会議を楽しんでいる。
大通りは交通の要所だが、一歩横道に逸れれば裏通りに面している。
流石に裏道に行く気にはならないが、いつか情報屋と接触するならここも使うだろう。
雨が降る中、荷馬車の列が町中を進み、大通りを通り過ぎていく。
人によっては雨に濡れても気にしない人だったり、足早に移動する人なども。
町の露店や商店などで、人々の喧騒がそこかしこで聞こえてくる。
「賑やかな町だな。それに活気もある。」
町を歩く人たちは、様々な人種が居るようだ。
ヒューマンはもちろん、エルフやドワーフ、人間に見た目が近い獣人など、実に様々だ。
「正しく異世界だ。」
ファンタジーっぽい、やっぱこうでなくっちゃ。やって来たって感じがする。
「何か言ったか?」
「いや、何でもない。」
つぶやきに対して、若い商人が反応して怪訝な表情をする。
いかんいかん、つい口をついてしまう。気を付けねば。
異世界転移してきたと言って、誰が信じるものか。これは極力秘密にしなくては。
そんな事を考えていると、荷馬車は停車し、目的の場所に到着した事を告げた。
「着いたぞ、商人ギルド前だ。」
そうか、商人の荷馬車の護衛だから、目的地も商人絡みだった訳だな。
「分かった、降りよう。」
荷馬車を降り、伸びをして辺りの様子を見る。
「座りっぱなしだったから、お尻が痛い。」
お尻の辺りを擦っていると、傭兵の一人に呆れられるような事を言われた。
「贅沢な奴だなアンタ、座ってるだけで目的地に着くんだから良いじゃないか。」
「まあ、確かに。」
そんな事を言っていたら、商人ギルドの壁に横になっている人達が居る事に気付く。
ギルド前に横たわっていた人達が立ち上がり、荷馬車から荷物を降ろすのを始めた。
商人ギルドの労働者か、キビキビと動いて荷物を敷地内の倉庫に持って行ってる。
手伝った方が良いのかなと思い見ていたら、若い商人が彼らの仕事だと説明した。
なるほど、人の仕事を取る訳にはいかないよな。ここは黙って様子見だ。
その様子を見ていたら、テックさんが来て声を掛けて来た。
「タナカさん、その商人とこちらへ。」
手招きされたので、隣に居る若い商人と一緒に移動を開始する。
「はい、それじゃあ行きましょうかね。」
「はあ~、気が重いな~。」
「自分のしでかした事にケジメを付けろよ。」
「だから気が重いんだよ。」
こいつ、ちっとも反省してない。袋叩きにあっても文句は言えんのだぞ。
テックさんの後を付いて行き、商人ギルドの建物の中へと進む。
中は広くて人でごった返していた、こんなに沢山の商人が居るのかと驚いた。
時間が掛かるかもと思っていたが、テックさんが既に話を着けていたらしく、すんなりとギルドの受付へ通された。
「報告します、仕事の依頼を達成しました。傭兵団の鉄の牙です。」
「はい、お話は伺っております。この用紙にサインを。」
テックさんは手慣れた手つきで書類にサインし、報酬を受け取っていた。
「お疲れ様でした、次の機会がありましたら、またお仕事を依頼いたします。」
「どうもです。では、ギルドマスターに面会の件はどうなりましたか?」
「そちらも伺っております、ご案内いたしますので、こちらへ。」
受付嬢がそう言うと、別の女性が出て来て案内をすると言っていた。
「タナカさん、付いて来てください。」
「分かりました。」
案内の人の後に付いて行き、豪華そうな扉の前で止まる。
「こちらがギルマスの執務室になります。」
「ご苦労様です、ここまでで結構です。」
テックさんが案内人に言い、案内人はお辞儀をして去って行った。
商人ギルドのギルマスか、緊張するなあ。俺が対応する訳ではないが。
部屋の中へと入り、皺が深いご年配の方が奥の机に座っている。
挨拶もそこそこに、話は本題に入り、若い商人の行いをテックさんが報告した。
話はテックさんがするので、自分はただ部屋に居るだけだった。
隣を見ると、若い商人はガクブルしていた。よっぽどこのギルマスは怖いらしい。
確かに眼光が鋭い、まるで歴戦の勇者みたいな顔立ちだ。ほんとに商人かな?
「………以上が、今回の事の経緯です。それでは、この商人を引き渡しますので、あとはそちらで対処してください。」
「わざわざすいませんでした、ウチの若いモンがとんだ事をしでかしまして。」
「いえ、では、我等はこれで。」
テックさんが別れの挨拶をして、この場を後にする。
若い商人の引き渡しまで付いて来て、ここで自分の与えられた仕事は終わった。
「お疲れ様でした、タナカさん。」
「いえいえ、テックさんこそお疲れ様です。」
商人ギルドの建物から出て、外の空気を吸い込み、一仕事終えた後の余韻に浸る。
「タナカさん、こちらが今回の報酬です。受け取ってください。」
そう言って、テックさんは手に袋を持っていた。そこから今回の見張りの報酬を出してくれたみたいだ。
「ありがとうございます、遠慮なく頂きます。」
両手でお金を受け取り、その硬貨の数を確かめる。
「銀貨が十枚!? こんなに貰ってしまって良いんですか。」
「はい、タナカさんの今回の報酬です。それとは別に、賞金首の事もありますので、また後で報酬を渡しますね。」
うーむ、ただ見張っていただけなのに、こんなに貰ってしまって良かったのだろうか?
「それじゃあ行きましょうか、タナカさん。」
「はい、次はどちらへ?」
「町の治安維持をしている騎士団支部ですよ。そこで賞金首を引き渡します。」
「騎士団支部ですか、あの、つかぬ事をお尋ねしますが、ここは何て名前の町でしょうか?」
思い切って訊ねてみたが、意外とあっさり教えてくれた。
「タナカさんはこの町は初めてですか? ここはウインドヘルムという名の町ですよ。」
ほほう、ウインドヘルムだったか。なるほどなるほど。
それなら知ってる、どうやら「ブレイブエムブレム」の世界と同じみたいだ。
よしよし、分かって来たぞ。ここがウインドヘルムの町なら、あの人物が居るかもしれないな。
ゲーム「ブレイブエムブレム」の隠しキャラ、非常に優れた戦闘能力を有している女性キャラクター。
普通にプレイしていては絶対に仲間にならない、裏技的戦闘系キャラクター。
「おまけに美女ときたもんだ、ここは是が非でも仲間にしたいところだな。」
それでなくても、知り合いにはなりたいと思う人物。美女で豊満、強いと正にこれだろという快人物。
攻略本が無かったら見逃していた事柄、それを俺はまだ未だに記憶に残っている。
俺は本当に「ブレイブエムブレム」が好きだったんだなと、思い至る。
懐かしい思いと、わくわくと、不思議な感情が心の中で踊っている。
「だが、それは今じゃない。今後の展開次第といったところかな。」
「何がですか? タナカさん。」
「あ、いえ、何でもありません。テックさん。あはは。」
いかん、声に出していたか。気を付けよう。
俺は「ブレイブエムブレム」の隠しキャラに会えるかもと思い、嬉しくなるのだった。