第10話 笑顔と感謝
太陽が中天に差し掛かった頃、汗に濡れた額を拭い一息つく。
「ふう~~、ようやく落ち着いたか。」
傭兵団と盗賊団の戦いは収束し、戦いの音が止んでいた。静かなものだ。
盗賊たちの遺体は一旦そのまま捨て置かれ、傭兵たちの死傷者を運び、一か所に集めている。
動けない者はその場で回復薬などを飲ませ、休息を取っていた。
その手伝いを申し出たが、これは傭兵団の問題だと言われて断られた。
なので今、奴隷少女と一緒に街道脇の石の上に腰掛け、休んでいる。
「平気かい?」
少女に訊ねると、少女はハニカミながら応える。
「平気、もう大丈夫。」
コロコロとした可愛い声だ、まだ幼さが残る顔立ちをしているが、年齢を聞くのは失礼だろう。
俺はオッサンなので、歳の事を聞かれても何とも思わないけどね。
微妙なお年頃かもしれないので、若い女の子との会話は苦手だ。
奴隷少女はボロボロの服を着ている、洗濯すれば何とかなりそうではあるが。
背の高さはあまりない、好奇心旺盛そうな緑色の瞳をしている。
ツインテールの黒髪が良く映える、見た目は十四歳くらいだろうか?
「オジサンは何ていう名前?」
「俺かい、タナカっていうんだ。」
ふむ、どうやら会話が無い事に、気を使わせてしまったみたいだ。
こちらの方が年上の筈なのに、なっちゃいないな。情けない。
「お嬢ちゃんは何ていうんだい?」
「………私、ミーナ。」
ん? なんだろう? 名乗ってくれたけど、心なしか落ち込んでいるみたいだ。
何と言うか、声のトーンが低かったのだ。何か心配事があるのかな?
「どうしたの? ミーナって素敵な名前じゃないか。」
フォローのつもりで言ったのだが、彼女は俯き、暗い表情をしていた。
奴隷少女は俯きながら、諦めたような表情で答えた。
「この名前………本当の名前じゃないんだ。」
「じゃあ、本当の名前は?」
「分からない。」
分からない? どういう事だろうか。
聞いても良いかどうか判断が難しいな、少女の表情を見ると不安な色が覗える。
うーむ、会話を続ける為にも、ここは思い切って聞いてみよう。
何故本当の名前が分からないのか、気になるし。
「どうして?」
「それは彼女が奴隷身分だからですよ。」
不意に横合いからテックさんが話しかけてきて、会話に参加してきた。
「テックさん。」
「タナカさん、まずは感謝をさせてください。ありがとうございます。あなたが魔獣を討伐してくれなかったら、きっと今頃、部隊は全滅でしたでしょうね。本当に感謝します。」
テックさんはそう言って、頭を下げて礼を執った。礼儀正しい人なんだな。
「頭を上げてください、俺はただ、死にたくないからやってるだけですから。」
この言葉に、テックさんは頭を上げて握手を求めて来た。
「俺の方こそありがとうございます、テックさんの弓で盗賊の頭目を無力化してくれたので、魔獣に集中できましたから。」
そう言って、こちらから近づきテックさんと握手を交わした。
「あなたが良い人そうで良かったです、スピナの件もありがとうございます。彼女を助けて頂いて、本人もあなたに感謝していましたよ。」
「お礼を言われる程の事では、自分に正直になっただけですから。それより、ミーナが、この少女が奴隷身分だと、本当の名前が分からないって話は一体?」
分からないので訊ねてみると、テックさんは得心がいったという表情で答えた。
「ああ、タナカさんは知らないと? 奴隷身分に落とされると、まず記憶を失わせるのです。自由身分だった頃を思い出さない様に。奴隷だと辛い事ばかりで、自由身分だった頃を思い出して考えてしまうからです、忘却のポーションという物で一度、過去を忘れるのですよ。」
な、なんだって!? そんな事があるのかこの世界には。ゲームだった時にはそんなの無かった筈だが。
まあでも、そうか、ここは異世界であってゲームじゃない。そういったリアルな話があるという事だろう。
「忘却のポーションですか、悲しいですね。」
「確かに思うところはありますが、それが結果的に本人にとって良い事になったりする場合もありますから。それに………。」
テックさんは一旦ここで会話を区切り、この先を言うかどうか判断している様子だ。複雑な事情があるのだろうか。
テックさんの言葉の続きを待っていると、ミーナが会話に加わった。
「奴隷身分に落とされたって事は、過去に自分が何らかの身分を落とされる様な事をしたか、出来事があったって事だから………。」
なるほど、そう言う事だったのか。
過去の記憶が無いという事か、そりゃ不安にもなるよな。
こんな華奢で小さな体で、よくも耐えているものだと感心するよ。
「ミーナ………。」
こういう時、何て言葉を掛けたらいいか、正直分からない。
だが、それを吹き飛ばす様にミーナは顔を上げ、わざと明るい表情を見せて言い放つ。
「私、自分の過去に何があったかは知らないし、知りたくも無い。だから、今を精一杯生きたいの。」
ミーナは気丈に振舞って、その場の雰囲気を和ませようと笑顔を見せる。
「でも、あの盗賊に買われて、いつ自分が犯罪の片棒を担がされるのかって、毎日そればかり考えてビクビクしてた。」
「そっか、じゃああの盗賊のリーダーが捕まったけど、どうなるの?」
奴隷を買った盗賊の頭目が捕まったのだから、ミーナは自由になれないかな?
俺が考え込んでいると、そこでテックさんが明るい声で答えてくれた。
「ああ、そうそう。あの頭目は高額の賞金首なので、生きたまま捕縛して衛兵に突き出せば賞金が高くなるんですよ。タナカさんにも分け前を渡しますから、期待しててください。」
なに!? マジか! それはありがたいが、俺は傭兵団とは関係ないんだけど。
「え、よろしいのですか? 俺はただ手伝っただけですが。」
俺が返事をすると、テックさんが前のめり気味に言い出した。
「何を言われるんですか、受け取って貰わないとこっちが困りますよ。」
「いや、しかし。」
「タナカさんが大型魔獣を討伐した事は事実ですし、やはり貴方にも報酬を受け取る権利はありますよ。」
「俺はただ、魔獣が怯んだところに一撃加えただけで、俺だけの手柄ではありませんし。」
「いえいえ、受け取って貰わないとこちらの信用問題になりますから。」
テックさんと押し問答のように言い合って、お互いの労をねぎらいながら話していると。
「ぷ、うふふ、あはははは。」
ミーナは突然笑い出し、お腹を抱えて転がり始めていた。
「あ~楽しい~、だって二人共、私があの盗賊の言う事を聞かされて魔獣の餌になるところを、助けてくれた事には変わらないもん。感謝したいのは私の方、あはははははは。」
この笑い声で、この場の空気が一気に緩み、周りに笑顔の花を咲かせていた。
「笑ったね。」
「笑ってくれましたね。」
気が付けば、テックさんと二人、二ヤリとした顔をしていたと思う。
まあ、ミーナが元気になってくれて良かった。やっぱり女の子は笑顔が一番。
俺がミーナを見ながらニヤニヤしていると、テックさんがこんな話をしてきた。
「タナカさん、モノは相談なのですが、我等の傭兵団に仮入団しませんか?」
「え!? 俺が傭兵団に!?」
この突然の提案に、吹き出して面食らった。
「タナカさんは善性の人物だと確信しました、貴方とならば上手くやっていけそうな予感がします。どうですか?」
「いきなりですね、自分に傭兵が務まるかどうか。」
「お返事は今すぐでなくても構いません、じっくりよく考えて決めてください。」
傭兵団に仮入団? いやいや普通に無理だろう。オッサンだよ、俺。