【残り時間:39分55秒】
【残り時間:39分55秒】
目的地:魔王城。
手段:お姫様抱っこ転送。
荷物:爆弾だらけ。
勇者:荒神ユウト。
魔導士:リリィ・アストレア。
◆ ◆ ◆
――光が収束し、足元に硬質な石の感触が戻る。
ユウトとリリィが転送されてきたのは、禍々しくも巨大な黒曜石の広間だった。天井は高く、壁の装飾は不気味な獣や死神の彫刻、そこかしこに炎の魔法灯が灯っている。
「……着いた、のか?」
「はい……間違いありません。ここが魔王城です……!」
「おぉ……ようやく来た……!」
【残り時間:33分12秒】
「って、やっべぇ! もうこんな時間かよ!」
「すぐに玉座の間へ向かいましょう! 魔王を倒さなければ!」
「よし、で、どっちだ?」
「知りません!」
「おい!!!!」
この魔導士、しれっと爆弾は持ってくるくせに、地図は忘れてるタイプか!
「てか、広すぎない!? ここ! 無駄に! 廊下が!!」
「わたしの空間把握魔法では、周囲50メートルしか探れません。中途半端に高性能なんです」
「もうちょっと頑張ってくれよ!」
「じゃあユウトさんが魔力供給してくれたら、少しは拡張できますよ?」
「どうやんのそれ!? キスとか!?」
「はい、口から直接マナを吸い取るので――」
「やっぱいいわ!!!」
(いや待て、状況次第では……いやでも今はダメだ、今はダメだろ理性……!)
◆ ◆ ◆
しばらく、闇の迷宮の中を右往左往していた。
階段を上れば、そこには火を吹くゴーレム。
扉を開けば、絶叫する蝙蝠の群れ。
落とし穴を踏めば、真下にリリィが落ちていく。
「わあああああああああああああ!?!?」
「リリィィィィィィィィィィ!!」
咄嗟に手を伸ばして掴み、間一髪で彼女を引き上げる。
「あぶねぇ……マジあぶねぇ……!」
「わ、わたし……吊られるの初めてでした……!」
「吊られるってなんだよ……!」
「今後のために縄を常備します!」
「そっち方向の経験値上げなくていいよ!!」
そして再び、巨大な十字路。
右か、左か、はたまた――
「ねえリリィ、さっきから思ってたんだけど……この城、意図的に迷わせようとしてないか?」
「……ユウトさん、気づいてしまいましたね。そうです、ここは“移動型迷宮”です。一定時間ごとに通路が組み替えられる、魔王直属の要塞型トラップです!」
「悪趣味すぎるだろこの魔王!!」
「ちなみにこのタイプ、設計者の性格が出るらしいです」
「こいつ、間違いなく陰湿だな……!」
【残り時間:29分47秒】
タイムリミットが刻一刻と近づく。
二人は半ばヤケになりながら壁を殴り、トラップをかいくぐり、進み続けた。
しかし、次の瞬間。
「――おや?」
突然、頭上から声が響いた。
「こんな短時間でここまで来るとは……まさか、本当に転送陣を突破して来るとはね」
天井が裂け、黒い羽根を広げた人影が現れる。
銀髪、赤い瞳、異様に整った顔立ち――そして何より、彼女の背には禍々しい角が生えていた。
「ようこそ、勇者。私は魔王――ルシフィエラ……予想外だけど、歓迎するわ」
「ま、まままま魔王ぉぉおおおお!!?」
「嘘!? こんなとこでボス出てくるの!?」
「あなたたちが来た方向、正規ルートじゃないから。思わず様子見に来たのよ」
「正規ルート!? あるの!?」
「あるわよ、当然でしょ!? 各階に順路とか表示してあるし、従業員用通路もあるのよ!?」
「表示なんてどこにもなかったぞ!?」
「罠踏みすぎて見落としたのよあなたたち!!」
この魔王、なんかノリが軽い。
怖いけど……妙に会話が成立してるあたり、人間味があるというか。
「それにしても、“最後の希望”のスキルか……よく発動させたわね。体中ボロボロじゃない?」
「そりゃあね!! 使うたびに筋肉痛が倍増するんだよ!」
「大丈夫? 明日、生きてる自信ある?」
「明日どころかあと30分で世界終わるんだが!?」
魔王ルシフィエラは、ふっと微笑む。
「そう、それなのよ。わたし、正直……あなたに会って、気が変わった」
「は?」
「面白いわ。こんな短時間で、ボロボロになりながらここまで来た人間……初めて見た。ねぇ、勇者。ひとつ提案があるの」
「てい……案?」
「ちょっと、私と雑談しない?」
「雑談してる時間あるかぁぁぁぁぁぁ!!!!!」
【残り時間:27分12秒】
世界の命運をかけた交渉(という名の茶番)が、今始まる――!
◆ ◆ ◆
魔王ルシフィエラの私室(※応接間つき)に案内されて数分後、俺は信じられない状況にいた。
――目の前には、ケーキと紅茶。
――その向かいには、魔王がいる。
――そしてリリィは爆弾をテーブル下に隠し持っている(物騒)。
「で……その“提案”ってやつは?」
そう尋ねると、魔王はティーカップを口に運びながら、まるで雑談のように語り始めた。
「この世界、もう限界なのよ」
「……は?」
「王国は腐敗し、勇者は神の使いと称して税をむさぼり、魔法は貴族だけのもの。私が世界を終わらせようとしたのは、“リセット”するため」
「……おいおい。人類ごと吹き飛ばすのが“再起動”のやり方か?」
「だって、“女神”がそう言ったのよ?」
その名前が出た瞬間、俺とリリィの動きが止まった。
「え、女神って……転生の時に出てきた、あの金髪ふわふわ系ぶっ飛びガール?」
「そう。あの子が言ったの。“世界を救うためには、すべてを終わらせましょう”って。だから私、魔王になったの」
「…………えええええええええ!?!?!?」
リリィが叫んだ。
「ちょっと待ってください! 女神様、世界救うんじゃなかったんですか!?」
「だから、救ってるのよ。悪い部分をまるっと爆破するって方向で」
「爆破すれば全部OK理論じゃないですかあああああああ!!!」
どこぞの爆弾魔と考え方が似てるぞこの女神!
俺は椅子から立ち上がった。
「ふざけんなよ……お前は……そんな理由で……!」
拳を握りしめる。震えているのは、怒りか、焦りか――いや、その両方だ。
「世界が腐ってる? だから壊す? 確かに、あちこちダメなのはわかる。でもな――“だから滅ぼします”で全部済むなら、俺はとっくに地球を爆破してる!!」
「地球、爆破したかったの?」
「高校2年の期末テスト前とか、だいたいそういう気分だよ!!」
俺の叫びに、魔王は静かに目を細めた。
「なら……あなたは何のために、ここまで来たの?」
「決まってんだろ!」
俺は、心の底から叫んだ。
「生きたいんだよ俺はァァァアアアアアア!!!! こんなわけわかんねぇ異世界で、訳も分からず戦って、筋肉痛と火傷と爆発まみれで! それでも……せっかく生き返ったんだ!! たった一時間でも、俺はこの世界で――“生”を感じたんだよ!!」
しん、と沈黙が広がる。
やがて魔王ルシフィエラは、静かに――笑った。
「そう。なら……あなたの“生きたい”って気持ち、どこまで貫けるか――」
彼女の体から、膨大な魔力が噴き出した。
黒いドレスが裂け、禍々しい漆黒の鎧が現れ、背中からは巨大な羽根が広がる。
「見せてちょうだい、勇者。私の“滅び”を止められるか!」