最終話
王都の空は、名の再誕を祝うかのように淡い光で満たされていた。しかし、エヴァンとセシリアの胸中には安堵だけではない――不穏な余韻が残っていた。
「深核層での脈動……あれは本当に、根名の揺らぎの結果なのか?」
セシリアは天を仰ぎ、指先で光の波紋を撫でる。光は静かに揺れ、まるで二人に何かを告げようとしているようだった。
エヴァンは剣を軽く握り、言葉を選ぶように口を開いた。
「影の正体――あれはただの残滓ではなかった。名を揺るがす意思、あるいは存在の痕跡――あの中心域はまだ、完全に安定していない」
その時、王立記録局からの新たな依頼が届いた。文書は簡潔でありながら、意味深長だった。
王立記録局・依頼文書
差出人:王立記録局・局長直轄
宛先:魔法剣士エヴァン・クロスフィールド、大魔導士セシリア・ヴァレンタイン
件名:深核層後の名の異常確認および異常源調査依頼
本文:
過日、貴殿らの尽力により、王国根名の再構築に成功したことを確認した。しかしながら、深核層における名の脈動及び再誕の痕跡から、以下の事項を確認した。
王国全体の名の秩序は再生したが、微細な揺らぎが残存している。
揺らぎの発生源は未だ特定できず、その影響範囲は王都及び各辺境に波及する可能性がある。
深核層で触れた“未定義存在”(以下「影の根」)の意図及び性質を、直接確認する必要がある。
ついては、貴殿らに以下を依頼する。
深核層および中心域周縁部の再踏査
未定義存在の正体解明および名の安定化に向けた観測
王国根名の揺らぎの原因究明と再発防止策の検討
任務は王国存亡に直結する。慎重かつ迅速に行動せよ。
局長直筆
セシリアは文書を静かに閉じ、エヴァンに視線を向けた。
「……また中心域に戻るのね」
エヴァンは剣の柄を握りしめ、短く頷く。
「再誕の理由を突き止める。名の影の正体を確かめる。俺たちにできることは、まだ残っている」
王都の街は平穏を取り戻したかのように見える。
しかし、深核層の奥底では、再び名の奔流が静かに、しかし確実にうねりを潜めている。
二人は立ち上がり、王立記録局の準備室へ向かった。
ここからが――本当の“新たな始まり”だった。
王都を離れ、再び深核層への降下準備を整えるエヴァンとセシリア。
周囲の空気は、前回の再誕の痕跡を覚えているかのように、ひんやりとした緊張を帯びていた。
「……あの存在は、ただの“名の残滓”ではなかった」
セシリアはマントを整えながら言う。
「言語化されていないのに、こちらの思考を覗いているような……まるで、名そのものが意思を持ったかのよう」
エヴァンは剣の鞘を指で弾き、低く応じる。
「奴は“名の根”の一部だ。俺たちの前に現れたのは、揺らぎの兆候に過ぎない。中心に届けば、もっと核心的な姿を見せるだろう」
二人が深核層の主文脈に足を踏み入れると、再び虚風が体を撫で、砂のような名の破片が舞った。
しかし今回は前回とは異なる――舞い上がる破片の一つひとつが、微かな声を伴い、二人の意識を刺激する。
「気をつけて、エヴァン」
セシリアの呟きに、エヴァンは頷く。
「心を乱すような幻覚や記憶操作が来ても、絶対に核心を見失うな」
ほどなくして、深核層の奥から巨大な脈動が響いた。
前回の再誕儀式で現れた、あの未定義存在――“影の根”が姿を現す。
その形は流動的で、光と闇、灰色と金色が混ざり合い、性別も名も決まらない、まさに未定義の輪郭。
「……また会ったな、二つの名をもつ者たち」
声は紙片の擦れる音のように耳に届き、二人の心に直接触れる。
「今回も、名を揺らす理由を知りたいのだろう?」
影の根はゆっくりと手を広げ、周囲の名の奔流を自分の周りで旋回させる。
「だが、安易に答えは与えられぬ。君たちが求める真実は、自らの選択で確かめるのだ」
エヴァンは剣を抜き、前に一歩踏み出す。
「俺たちは、王国の名を守るために来た! どんな試練でも受けて立つ!」
セシリアも魔杖を構え、声を重ねる。
「名の秩序を脅かすものなら、真実を示してください。私たちは逃げません」
影の根は、その流動する輪郭を一瞬で二つに分裂させた。
一方は二人の記憶や感情を模倣し、幻影となって攻め寄せる。
もう一方は中心核に接続する名の奔流を操り、次々と不定形の“名の断片”を絡め取る。
――心理戦と名の操作が同時に展開する中、エヴァンとセシリアは互いの呼吸と意識を重ね、中心核への接近を試みる。
その場の名の奔流を読み解き、断片の中から王国の根名を安定させる手がかりを選び出す――
この戦いは、前回以上に精神と意志の戦いとなる。
勝利すれば、王国の名の秩序をさらに強固にできる。
敗北すれば、深核層の揺らぎが再び王都を飲み込む可能性もある。
影の根は、揺らめく輪郭を幾度も変え、二人の視覚・聴覚・記憶を乱した。
過去の出来事、失われた記憶、互いの知られざる弱点――それらが幻影となって襲い掛かる。
「エヴァン……焦るな、記憶に惑わされるな!」
セシリアは冷静に声をかけ、同時に魔杖から微光を放つ。光は名の奔流に干渉し、破片の軌道を安定させる。
エヴァンは剣を構え、破片の中から真の名の核を探り当てる。
「わかっている……これは試練だ。王国の名を守るための!」
影の根は反応し、幻影のうねりを強める。だが、二人の意志は揺らがない。
エヴァンの剣が、セシリアの魔法と共鳴すると、名の奔流が光の糸のように繋がり、乱れた断片が徐々に整列を始める。
「……これで……名を束ねる!」
セシリアが低く唱え、光の束が渦の中心へ集中する。
影の根は一瞬、沈黙した。
そして、流動していた輪郭が、少しずつ安定し始める。未定義の存在の輪郭が柔らかく形を変え、名の奔流に吸収されていった。
深核層全体が共鳴し、揺らいでいた文脈がひとつにまとまる。
世界の根名が、再び輝きを取り戻したのだ。
「やった……これで……」
エヴァンは言葉を詰まらせながらも、剣を握る手に力を込める。
セシリアも微笑み、光の中で名の奔流を確認する。
「王国の名は、私たちの手で守られた。ここで、未来への道筋ができたのね」
影の根は、もはや揺らぐことなく、光の奔流に完全に統合された。
その姿はもう、男でも女でもない、名そのものの象徴として、深核層に静かに息づいていた。
深核層の脈動は穏やかになり、空間全体が光に包まれる。
二人は互いに目を合わせ、短く頷いた。
「……これで、ひとまず王国の根名は安定した」
「でも、まだ“なぜ揺らいだのか”の答えは……」
二人の目は、光の向こうに広がる新たな可能性を見据えていた。
深核層を後にする二人の背中に、名の奔流がそっと寄り添う。
――新たな秩序と、新たな謎を背負いながら。
王都の門をくぐると、街は穏やかな光に包まれていた。
空には名の奔流が残した淡い残光が揺らめき、民衆の視線を引きつける。
噂は瞬く間に広がり、「王国の根名が再び安定した」と人々はささやいた。
エヴァンは馬車の上で街並みを眺め、剣を軽く握りしめる。
「……やはり、ここまで戻ってくると実感するな。俺たちの手で、王国を支えたんだ」
セシリアは膝に資料を広げ、奔流の解析結果をまとめている。
「でも、名が揺らいだ理由……根本はまだはっきりしていない。あの影の根の出現、偶然ではないはずよ」
王立記録局の建物は、王都の中心にそびえ立つ。
報告のため、二人はその重厚な扉を押し開く。
局長は二人を迎え、目を細めた。
「エヴァン・クロスフィールド、セシリア・ヴァレンタイン。王国根名の再生を成し遂げたとは聞いている。だが、これで終わりではない……」
局長の言葉に二人はうなずく。
「ええ、私たちは核心に触れました。しかし、名が揺らいだ理由を明らかにし、王国の秩序を完全に守らねば」
「王国の未来を見据えて、次の行動に移る必要がある」
局長は机の上に新しい依頼書を置いた。
――未踏の領域に残る“名の異常”の監視と、再発防止策の確立。
二人の眼差しは自然と真剣さを増し、使命の重さを噛み締めた。
外では、民衆が笑顔を取り戻し、商人たちが活気を取り戻す。
だが、王都の空にはまだ、名の揺らぎを示す微かな波紋が残っていた。
「これからが、本当の戦いね」
セシリアの声は静かだが、鋭い光を帯びている。
エヴァンは剣を肩にかけ、視線を遠くに向けた。
「……ああ。王国の秩序を守るため、俺たちは進み続ける。名を、歴史を、そして未来を」
二人は肩を並べて歩き出す。
王国の中心で、名の秩序を守る新たな守護者として――。
王立記録局――その重厚な扉を潜ると、静謐な空気と紙の匂い、そして微かな魔力の振動が漂っていた。
ここは単なる知識の倉庫ではなく、王国の歴史、名の秩序、そして政策にまで影響を及ぼす“権力の中心”でもある。
局長の執務室に入ると、二人を待ち受けていたのは、複数の高官たち。
彼らはそれぞれ、王国の根名の安定と、自らの利権や権勢を守ろうとする思惑を秘めている。
局長が口を開く。
「今回の事件に関して、各部門から報告と意見が集まっている。君たちの知見が必要だが……」
その声の後ろには、明確な牽制が込められていた。
一人の高官が割って入る。
「しかし、局長。クロスフィールド氏とヴァレンタイン氏の判断だけで、根名の扱いを決めるのは危険です。局の方針に従うべきではないか?」
その眼差しには、二人を信用するよりも、権力を掌握したい思惑が透けて見える。
セシリアは冷静に応じる。
「根名の揺らぎの核心に触れたのは、私たちです。実際の状況を無視して方針を決めれば、再び秩序は崩れる危険があります」
だが、高官の一人は微笑を浮かべ、言葉を返す。
「それは理解しています。しかし、記録局の方針とは、王国全体の利益を見据えるものです。個人の判断に任せることはできません」
エヴァンは剣の柄に手をかけながら、静かに話す。
「我々の使命は、名の秩序と王国の未来を守ることだ。利権や権勢の争いに巻き込まれるつもりはない」
局内の空気が一瞬、張り詰める。
だが局長は二人の言葉を受け止め、静かにうなずく。
「君たちの言う通りだ。個々の思惑が絡む中でも、核心に触れた者の意見を無視することはできない。だが、君たちも理解してほしい。局内での均衡は常に脆弱だということを」
高官たちの視線が二人を交互にさす。
微妙な空気の中で、二人は王国根名を巡る真の力学――知識、権力、そして政治の網――を直感する。
セシリアは低く息をつき、エヴァンに囁く。
「単に根名を守るだけではなく、局の中の力関係も見極めなければ……」
エヴァンは頷く。
「俺たちは戦場でも中心域でも戦ってきた。今度はこの“政治の戦場”で、名の秩序を守る戦いだ」
扉の外では、民衆の生活は再び穏やかさを取り戻しつつある。
だが局内では、王国の未来を左右する新たな緊張の糸が、静かに張られていた。
王都の朝。
穏やかな陽光が城壁を照らし、街路には子供たちの笑い声が響いている。
だが、二人の心には常に一つの意識があった――王国の根名の安定を守る責務だ。
エヴァンは訓練場で剣を振るいながら、思考を巡らせる。
「名の揺らぎは収まったが……あの脈動の原因は本当に解明されたのか?」
刃が空気を切るたび、彼の疑念も鋭く研がれていく。
セシリアは書庫で膨大な魔導文献をめくる。
古文書や断片的な記録の中に、根名の構造に影響を及ぼす“異常痕跡”を探す作業だ。
「表面的には落ち着いているけれど、中心域での観測データはまだ不完全……」
二人は時折、任務の合間に日常の些細なひとときを共有する。
夕刻の王都、屋台の香りを嗅ぎ、互いに微笑む短い時間。
それでも、会話の端々には次なる任務の予感が滲んでいた。
ある日、王立記録局から新たな報告が届く。
文書形式の報告
件名:根名構造異常の追加観測について
発信:王立記録局・観測部門
エヴァン・クロスフィールド殿
セシリア・ヴァレンタイン殿
深核層における根名再構築後、中心域外縁部で不定形の名の脈動を確認。
本現象は局内記録には存在せず、王国全体の名の安定に潜在的影響を及ぼす可能性あり。
対応指示:現象の観測、解析および必要に応じた干渉。
新たな調査は即時開始。
王立記録局長
エヴァンは封を切り、セシリアに差し出す。
「……またか。根名の揺らぎは終わっていなかった」
セシリアは文書を読み、眉をひそめる。
「中心域では完全な再構築を行ったはず……それでも、外縁部で異常が残っているということね」
二人は静かに互いの視線を交わす。
「日常を取り戻す暇もないかもしれない」
「ええ。でも、王国の根名を守る責務は変わらない」
その瞬間、街の空がかすかに揺らぐ。
風が、名の欠片を連れて舞う。
光の粒が不規則に跳ねる様子は、以前の中心域で見た脈動を彷彿とさせる。
エヴァンは剣の柄に手をかけ、セシリアは杖を握る。
二人は無言で準備を整える。
日常の平穏と任務は常に表裏一体。だが、王国の未来を守るためには、どちらも疎かにできない。
「行くか」
「ええ、次の謎の核心へ――」
二人の影が王都の路地に伸び、やがて次なる未知へと歩み出した。
王都を抜け、中心域の外縁へと向かう街道。
遠くの空が微かに揺れ、光の粒が宙に散っている。
名の欠片が風に混ざり、まるで小さな流星群のように二人の周囲を漂った。
「この感覚……中心域で見たものと同じだ」
エヴァンが剣を軽く構える。
光の粒は無害に見えたが、その不規則な跳ね方は名の異常を示唆していた。
セシリアは杖先で空中の光をすくい上げる。
「根名の外縁で、まだ“未定形の名”が生きている。放置すれば王国全体に波及するかもしれない」
二人は観測用の魔法陣を描き、光の粒子を吸い込み解析を始める。
すると――粒子は急に渦を巻き、ひとつの形を成し始めた。
その姿は、先の深核層で見た存在に似ている。
しかし今回は、より不安定で、輪郭もさらに曖昧だ。
男とも女ともつかず、声も名も持たない――ただ脈動する存在。
「……また来たのか」
エヴァンは剣を構えつつ、体を低くする。
「こいつ、どうやら中心域での再構築から逃れたようだ」
セシリアは静かに呟く。
「名を持たない存在……未定形の影。根名の外縁で潜伏していたのね」
存在はゆっくりと周囲を漂い、光の粒子をまとわせる。
そして、声にならない音が二人の意識に直接響く――
名の欠片が擦れ合う音、それ自体がメッセージのようだった。
エヴァンはセシリアの目を見て、無言で頷く。
「……一度、捕らえて解析する必要がある」
「ええ。影を統合して、文脈を再配列しなければ」
二人は互いの名の輪郭を確認し合い、連携を決める。
深核層での経験が、今ここで生きる。
光の粒子の渦は徐々に集まり、戦場のような空間を形成する。
「行くわよ!」
セシリアが魔法陣を発動させ、空中の粒子を束ねる。
同時にエヴァンは剣を振り、名の欠片の奔流を封じ込める。
粒子は反発し、渦を巻きながら攻撃を仕掛けてくる。
だが二人は互いの動きを読み、呼吸を合わせ、名の奔流を次第に制御していった。
その瞬間――
光の粒子が一瞬にして統合され、巨大な脈動が止まった。
未定形の影は、名の束として収束し、存在として安定し始める。
セシリアは深く息をつき、エヴァンも剣を下ろす。
「……収まったか」
「まだ不完全かもしれない。でも、根名の外縁に残る危険は一時的に封じられた」
二人は互いに目を合わせ、静かに頷く。
「中心域への再突入……あるいは、外縁部での監視が必要になる」
「ええ。でも今は、王都に戻り解析の準備を整えましょう」
夕暮れの王都を背に、二人は任務を終えた充実感と、次なる未知への緊張感を胸に、帰路を進んだ。
王都・王立記録局の静寂な書庫。
無数の文書と魔導書の間で、エヴァンとセシリアは未定形の影の記録を広げていた。
「粒子の形状は、深核層で見た存在と一致する。でも……まだ安定していない」
セシリアは魔法陣を再構築し、名の束を解析する。
「根名の外縁に潜む未定形の影。どうやら、名の欠片が自己を再構築しているようね」
エヴァンは剣を机に置き、眉をひそめる。
「奴は“名を求める存在”の残滓かもしれない。中心域から逃れた断片が、王国の外縁で独自に形を保とうとしている」
セシリアは解析魔法の光を操りながら答える。
「……つまり、根名の安定を維持するためには、外縁部の異常も中心域の脈動と同期させる必要があるわ」
二人は同時にうなずき、計画を練る。
中心域に再突入する前に、まず外縁部での名の束を安定化させる――それが次なる任務だ。
「準備は整った。あとは現場での調整だけだ」
エヴァンが肩越しにセシリアを見る。
「名の奔流を制御するのは俺たちの仕事だ。前回の経験がある、やり方はわかっている」
セシリアは微笑みながら杖を握り直す。
「ええ。だけど、今回はより複雑な波動になるはず。二人で連携しないと、安全に制御できない」
書庫の窓の外、夕焼けが王都の石畳を赤く染める。
光は静かに揺れ、まるで名の欠片が微かに反応しているかのようだった。
「王国は再生した――でも、揺らぐ理由はまだ解明されていない」
エヴァンがつぶやく。
「だから、俺たちは再び中心域に潜る。王国の名を守るために」
セシリアはうなずき、深く息を吸う。
「中心域への再突入。それが、王国の未来を確かなものにする唯一の方法」
二人の決意は、王都の風に乗って静かに書庫を満たした。
その背後で、解析魔法の光がゆらめき、未定形の影の粒子が淡く震えている。
――次なる遠征が、静かに、しかし確実に動き出していた。
王国の北端、名の外縁域。
そこは、中心域の脈動が微かに届くものの、空間は歪み、名の粒子が漂う不安定な土地だった。
エヴァンとセシリアは、解析魔法で場を整えつつ進む。
「粒子が散乱している……中心域の脈動と同期していない」
セシリアが杖を掲げ、名の束を束ねる光の網を展開する。
すると、空間の奥から黒い霧が立ち上がった。
影の粒子が螺旋状に渦を巻き、やがて人影の形を取り始める。
「……奴だ」
エヴァンは剣を抜き、霧に踏み込む。
未定形の影――名も色も輪郭も定まらぬ存在が、うねるように姿を変えながら二人を見据えた。
影は声を発することなく、名の粒子の奔流を操作して攻撃してくる。
「まるで――俺たちの動きを読んでいる」
エヴァンは剣で光の盾を作り、粒子の攻撃をはじく。
セシリアは魔法陣を描き、名の束を強制的に再編成する。
「影の粒子が破片化している……でも、中心域の脈動と再同期すれば制御できるはず」
二人は互いの動きを読み合い、連携する。
エヴァンが剣で未定形の影の奔流を切り裂き、セシリアが魔法で名の束を束ねる。
粒子が集まり、影の輪郭が次第に薄れ、やがて光の奔流に吸収されていく。
「……消えた」
セシリアが息をつく。影の存在は、名の束に統合され、形を崩して光の中に溶けていった。
周囲の名の粒子が穏やかに揺れ、外縁域の空間が落ち着きを取り戻す。
「外縁域の制御完了。中心域の脈動と同期した」
エヴァンは剣を納め、穏やかに空を見上げる。
「王国の根名は、まだ揺らいでいる。でも、少なくともこの外縁部は守れた」
セシリアは名の束を調べながら、静かにうなずく。
二人の背後で、外縁域の粒子が淡く輝き、中心域への道が次第に明瞭になっていく。
――次なる遠征は、ここからだ。
外縁域を抜け、エヴァンとセシリアは再び中心域へと踏み込んだ。
前回の深核層での経験が、二人の動きを迷いなく導く。
だが、空間は以前よりもさらに揺らぎ、名の粒子は暴走寸前の奔流を描いていた。
「中心核まで、あと少し……」
エヴァンが小声でつぶやく。
セシリアは杖を握りしめ、走りながら粒子の奔流を再編する。
渦の奥、未定形の影が姿を現した。
前回とは違い、今回は輪郭がさらに揺らぎ、まるで無数の名の欠片で構成された存在のようだ。
その目にも似た部分が、二人をまっすぐに見据えている。
「……ようこそ、再び」
影の声は、名の擦れ音と混ざり合い、理解しがたい響きとなる。
「君たちは、名の再生者。そして、検証者。ここで選択を迫る」
セシリアが前に出る。
「選択、ですって?」
「王国の名を揺らがせた理由、そして私たちが触れた“名の影”……その核心に触れるための試練、でしょう」
影はうなずくように震え、名の奔流を二人に向ける。
粒子が渦巻き、過去の名の記憶と断片が二人の意識に侵入してくる。
自らの名、王国の名、崩れた文脈――すべてが問いかけてくる。
エヴァンは剣を構え、セシリアは魔法陣を描く。
「覚悟はできてる。核心に触れ、名の秩序を取り戻す」
「私たちの名も、王国の名も、守るために」
影は静かに漂い、次の瞬間、渦の奔流が止まった。
「では問おう。君たちの望みは――」
その問いに応えるため、二人は互いの目を見つめ、深く息を吸った。
ここから先は、言葉ではなく――行動で示すしかない。
名の束、影の奔流、そして自身の意志を一つに結ぶ、再構築の儀式が始まろうとしていた。
奔流の粒子が周囲を渦巻き、深核層の光はまるで文字の海そのもののように揺れる。
エヴァンは剣を掲げ、刃先に自身の“名の輪郭”を集中させる。
セシリアは魔法陣を描きながら、言葉にならぬ祈りを紡ぐ――名の核を再編するための呪文。
「この名の奔流、止めるのではない……束ねるのよ」
セシリアの声は冷静だが、その指先は奔流の粒子をすくい、秩序へ導くように動く。
エヴァンは剣を振るい、奔流を斬るのではなく、導く。
剣先が触れた瞬間、粒子は光となり、流れが変わる。
「……来い、中心核の名!」
彼の声が響くと、奔流が反応して渦を成し、巨大な名の断片が光の柱となって立ち上がる。
影が揺れる。未定形の存在はまるで呼吸するかのように渦の間に漂い、二人を観察している。
「選ぶのだ。名の核を――真に根づかせる意思を」
二人の意識は奔流に吸い込まれ、過去の記憶、王国の歴史、失われた名の断片と交錯する。
その中で、二人は互いの思いを確認する。
「王国の未来を、私たちの手で守る」
「俺たちの名も、この国の名も、取り戻す」
そして、エヴァンの剣とセシリアの魔法陣が交差する瞬間――奔流は光の柱となり、中心核の名が再構築される。
光が二人を包み、深核層全体が脈動する。
それはまるで世界そのものが新たな命を吹き込まれたかのようだった。
影は静かに後退し、輪郭を明確にしていく。
「……良いだろう。君たちの意思を、名は受け取った」
その声はもう、擦れる音ではなく、確かな響きを持っていた。
奔流は安定し、深核層の光は静かに落ち着く。
二人は息を整え、互いを見つめ合った。
「…やったのね」
「ええ。王国の根名は、再び我々の手に」
外縁域での任務よりも遥かに深い達成感と、同時に新たな責任の重さが胸にのしかかる。
王国の名は守られた。しかし、この秩序を維持するため、二人の戦いはまだ終わらない。
王都の空は、薄く金色に染まっていた。
深核層で再構築された名の光は、城壁の影に柔らかな余韻を残す。
エヴァンとセシリアは、疲れた足を城門前の石畳に降ろした。
「無事に帰還できたな」
エヴァンは剣の柄に手をかけ、ほっと息をつく。
「ええ。王国の根名は安定している。でも…あの揺らぎの理由は、まだ完全には解明されていない」
セシリアは手帳を開き、深核層での観察や奔流の挙動をメモしていた。
二人の目には、達成感と同時に新たな決意が宿っている。
城内の広場では、民や王国関係者たちが噂を交わしていた。
再誕した王国根名の報は、まだ完全には伝わっていない。
だが、王都の人々の間には確かな安堵の空気が漂う。
「王国の秩序を守るために、私たちは何をすべきか――」
セシリアは小声でつぶやく。
「次の任務だ。記録局から新たな依頼が届いている」
エヴァンは目を細め、城門の向こうに広がる街を見渡す。
「名の揺らぎは、あの深核層だけの問題じゃない。王国全体に、まだ何かが潜んでいる」
二人は城門を出て、馬車へと向かう。
日の光が剣と魔導書に反射し、まるで新しい名の光が二人を祝福するかのように瞬いた。
「どこへ向かうの?」
セシリアが問う。
「まずは記録局だ。新たな任務の全容を確かめる」
エヴァンは微笑む。
「俺たちは、王国の名を守り続ける。それが、俺たちの役目だ」
馬車が街を抜け、王都の外縁へと走り出す。
背後には静かに再生された王国の景色が広がり、未来への希望の光が揺れていた。
二人の旅は終わらない。
だが今は――短い静寂と安堵の中で、王国の根名を守った英雄としての誇りを胸に抱く。
そして、次なる謎が待つ場所へ――二人は歩を進めるのだった。




