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第十七話

《第五の探索記録――眠れる都市と夢語りの魔導書》

 夢見るような静けさが広がる、風化した石の街。その中心に、閉じられた大図書館があった。そこでは、眠りについた者たちが、ひとりでに誰かの夢を語るのだという。



 王都フェル=グレイ、王立記録局地下の封印階層──

 セシリア・ヴァレンタインは、新たな任務の通達を読み上げた。


「《第五探索任務》……《眠れる都市と夢語りの魔導書》……都市ごと魔力波に飲み込まれ、今も眠り続ける人々……」


「夢の中で魔導書を語ってるってわけか。悪い冗談だな」と、エヴァン・クロスフィールドは眉をひそめた。


「でも、そこで語られる夢の断章が、アストレイア文書の起源に繋がるかもしれないって書いてあるわ。目覚めぬ語り、記されざる言葉……記録の外にある未発の語りを、私たちが拾い上げることになる」


 セシリアは夢のような声音でそう言った。


「眠れる都市の名は?」

「ルミネセア──終わらない黄昏に包まれた都市よ」


 その名を口にした瞬間、部屋の灯りがほんの僅かに揺らいだ。まるで、その名に何かが反応したかのように。


「黄昏か……夢か記憶か、現か幻か、だな」

「ええ。でも、私たちは語る者として踏み込むの。夢に侵される前に、夢の真実を記すために」


 エヴァンは頷くと、再び魔剣の柄を確かめた。

 セシリアの瞳には、深い覚悟と微かな不安の色が揺れていた。


 そしてふたりは、《第五の探索記録》へと歩み出す。

 眠り続ける都市へ──夢が記録を侵し始める場所へと。



 王都を離れて三日、エヴァンとセシリアは禁魔地帯を越え、朽ちた街道の果てに辿り着いた。


 空は赤褐色に染まり、朝も夜も判然としない黄昏の帳があたりを覆っている。風は吹いているのに、草木は揺れず、鳥の声も人の足音もない──まるで、この地だけが世界から切り取られているかのようだった。


「……これが、ルミネセア」


 セシリアが静かに呟いた。


 視線の先、丘の向こうに眠る古の都市。

 アーチ型の城門には、魔術式で封じられた痕跡が残っており、中央にはうっすらとした魔力の膜が揺れている。だが、完全な封印ではなかった。微かに、内側から夢の呼気のようなものが漏れ出している。


「魔導障壁、限界寸前か……。夢界との接触は時間の問題だな」


 エヴァンはそう言って、剣に触れた。


「この都市の魔力濃度、以前の階層境界よりも濃いわ。時空境界が脆くなってる。……下手すれば、ここ自体が夢界の断片になってるかも」


 セシリアの声は冷静ながらも張りつめていた。


 ふたりは城門の前で足を止め、記録局から渡された干渉札を取り出す。

 これは《眠れる都市》の夢波に精神を侵されぬための封印札であり、探索者の記憶保護にも使われる護符だ。


「これを貼っておくのを忘れたら、夢と現実の境が消える……」


「忘れるなよ、自分が誰なのかを」


 エヴァンがそう言って札を胸元に貼ると、セシリアもまた額に札を当て、静かに呪文を唱える。


 ──記録せよ、夢に侵されぬ我が名を。

 ──忘却を拒み、真名を守る記録者に祝福あれ。


 札が一瞬だけ光を放ち、ふたりの意識がわずかに澄み渡る。


 門の魔力膜が、ふいに脈動するように揺れた。

 セシリアが手を伸ばすと、それは抵抗もなく、裂けるように開いていく。


 黄昏の風が吹いた。

 かつて人々が住んだ、だが今は夢のなかに沈んだ街へ──


 ふたりの記録者は、一歩踏み出した。



 門をくぐった瞬間、音が消えた。

 足音、風のざわめき、魔力の微振動──すべてが綿布に包まれたように鈍く、沈黙に閉ざされた都市がそこにあった。


 ルミネセア。

 かつて王国の西端に栄え、魔導文献の一大集積地として名を馳せた都市。

 だが今、その建物のひとつひとつが夢の中に沈んだように、歪んだ影を長く落としていた。


「……人の気配が、まるでない」


 セシリアが呟くように言った。

 石畳の道は整っており、崩れた建物もない。草も生えず、瓦礫もない。

 だが、それがかえって不気味だった。人の気配が過去ごと削ぎ落とされたような、異様な清浄さ。


「ここ、本当に滅びた街なのか?」


 エヴァンが剣の柄に触れながら周囲を警戒する。


「……正確には、停止した街なのよ。時の流れが止まり、夢だけが今も残ってる」


 セシリアが視線を前に送る。

 広場。噴水。無人の市場。──そこには、確かに生活の痕跡はある。だが、どれも昨日のように整っており、埃一つない。

 それらが、誰にも使われずに在り続けていることの異常さが、ふたりの皮膚にじわじわと染み込んでくる。


 やがて、ひとつの建物の前で足が止まった。

 それは都市中央の高台に建つ、《記録の殿堂》。

 外壁は青白く光り、浮かぶように揺れていた。まるで建物そのものが、夢の中で見られているかのように不確かな輪郭をしている。


「ここが……文献が眠る場所ね。魔導書も、夢語りの魔導書も」


 セシリアが短く息を呑む。


「だが、開いてない」


 エヴァンが扉に手をかけるが、金属の扉は無音で拒んだ。鍵ではない。魔力的な結界でもない。意志によって閉ざされている感触。


 ──まるでこの都市自体が訪問者を拒絶している。


「……誰かが夢を見ている。だからこの都市は目覚めない」


 セシリアの言葉に、エヴァンが顔をしかめる。


「誰だ、誰かって?」


「分からない。でも、この都市に夢の源がある限り、私たちは夢に近づくしかない」


 ふたりは殿堂の扉を後にし、都市内部の探索へと方針を変える。


探索メモ:

「夢界流出点」=都市内部にある魔導書の眠る区画から、断続的に夢界波が発信されている。


「街の住人の記録」=全員夢のなかにいるとされており、肉体は確認されていない。


「夢語りの魔導書」=書物の形を取るが、読むことで読んだ者の記憶を書き換える機能を持つ可能性あり。



 旧市街は、中央区よりもさらに沈んでいた。

 建物はどれも古びており、苔むした石壁には触れれば崩れそうな場所もある。それでも、奇妙なことに埃も塵もない。やはり時間が動いていないのだ。


「おかしいな……この感じ、前にも――」


 エヴァンが低く呟いた。

 だが、その続きを口にする前にセシリアが立ち止まる。


「……あれよ。あれが書庫」


 彼女が指差したのは、傾いだ鐘楼に寄り添うように建つ、一見すると廃屋のような石造りの建物。

 だがその扉の周囲だけは新しさを保っていた。淡く、夢界特有の青白い燐光が縁を撫でている。


 セシリアがそっと扉に手を添えると、きぃ、と音もなく開いた。

 内部は暗く、湿った空気がゆっくりと二人の前に流れ出てくる。まるで封印されていた夢が一息ついたかのように。


「気をつけて。ここには、記憶と意識を喰う語りが棲んでいるわ」


 彼女の声には、僅かな緊張が滲んでいた。


 中へ入ると、そこは螺旋階段を中心に、円形に書架が並ぶ構造になっていた。

 高く積まれた本棚の奥には、古びた魔導書が無数に収められており、空気中にわずかに漂う夢界粒子が淡く棚の隙間を舞っていた。


 セシリアが一冊の魔導書に近づく。

 脇に魔力探知札を浮かせ、結界を張りながら、彼女は慎重に本を取り出した。


 ……その瞬間。


「きみは誰だ?」


 本の背から、声がした。

 人の声に似ていたが、どこか不定形で、硬質な金属音のような余韻を持っていた。


「……喋った?」


 エヴァンが剣に手をかける。


「落ち着いて、これが夢語りの魔導書。読まれることなく、言葉を刻むことなく、ただ夢の中で語り続けていた記録よ」


 セシリアは冷静に魔力を再調整し、本の表面をなぞる。

 すると、青い文字が表紙の皮革に浮かび上がった。


《記録されざる夢 第三巻:名なき町医者の夢》


 そして再び──


「ぼくは、誰かの夢だった」

「……誰の夢か、わからなくなってしまった」

「……だけど、きみは……きみは、違う」


 魔導書は、まるで読み手に語りかけるように、言葉を紡ぎ続ける。


「夢語りの魔導書は、内容を読むものではない。語りかけてくる記憶を、聞き出すものなのよ」


 セシリアが小さく息をつき、エヴァンと視線を交わす。


「それで……何を求めてる?」


 エヴァンの問いかけに、魔導書の言葉が震えた。


「ぼくを、起こしてくれ」

「この都市に眠る者たちも、皆そう願っている」

「目覚めの鍵は、図書殿堂の最深──夢を喰う者のもとにある」


 そして、その声はふと、消えた。


 静寂が戻った書庫のなかで、ふたりは無言のまま数秒立ち尽くした。


「……どうやら、本格的に深部へ進む必要があるみたいね」


「夢を喰う者、か」


 エヴァンは肩にかけた魔剣を少し持ち上げ、目を細めた。


「夢の世界が喰われるってのは、現実よりよっぽどやっかいだな……」



 書庫の最奥、階段をさらに降りた先にある閉架の間は、外界と完全に遮断されていた。


 空間そのものが音を拒絶しているかのように、二人の足音すら消えていく。

 薄暗い光の中で、魔導ランタンの炎が不規則に揺れ、棚に並ぶ無数の書が黒い影を作っていた。


「……ここだな」


 エヴァンは剣の柄に触れながら、静かに前進する。


 その瞬間――。


「セシリア?」


 ふと、視界の端で彼女の姿が歪んだ。


 振り返ると、そこにいるのは少女のようなセシリアだった。

 歳若く、無防備な表情。だが、なによりおかしいのは、彼女の目が焦点を結んでいないことだった。


「エヴァン……どうして、ここに?」


 その声が、どこか遠い。

 夢の底から響いているようだった。


「セシリア、おい、何言って――」


 彼女に駆け寄ろうとした刹那。

 世界が、裏返った。


◆  ◆  ◆


 視界が暗転し、次の瞬間、エヴァンは知らぬ街路に立っていた。

 空は虚ろな紫、建物は蜃気楼のように揺れていた。

 聞こえるのは、誰かの夢の記憶――否、記録されなかった記憶の断片。


「お父さん、帰ってくるよね?」

「もう、名簿には載ってないよ」

「ぼくは……どこから来たんだっけ?」


 声が渦を巻き、空間が割れる。

 そこから影が這い出してくる。


 顔のない存在。声だけを持ち、形を持たない者。


「お前が、夢を喰う者か……!」


 エヴァンが魔剣を構えた瞬間、周囲が螺旋状に歪み、

 何十もの記憶の断片が彼に叩きつけられるように流れ込む。


「やめろ……!」


 意識が引き裂かれる。自分が誰であるかを見失いかける。


 そのとき、遠くで――。


「エヴァン! 負けないで!」


 セシリアの声が、確かに届いた。


◆  ◆  ◆


 彼女もまた、同じく夢境に囚われていた。

 しかしセシリアは語りの魔導士だ。

 夢の構造を理解し、逆流させ、現実への回帰点を見出す術を知っていた。


「ここは虚構。これは書かれなかった記憶の残滓……!」


 セシリアの魔力が彼女の周囲に展開される。

 幾何学的な光の陣が瞬き、周囲の幻想を削り取っていく。


《詠唱──夢境抽出術式:リフラクタ=ヴェール》


 魔法陣が炸裂し、彼女の声が夢の支配者を穿つ。


「これはあたしたちの記憶じゃない。誰かの未完の夢よ!」


 その言葉が合図となったかのように、エヴァンの意識にも光が差し込む。


 彼は魔剣を地に突き立て、叫んだ。


「俺は――記録される者だ! 夢の中に埋もれてたまるか!」


 魔剣が光を放ち、夢の膜を切り裂く。

 その光が、影をひとつ残らず焼き尽くしていく。


 夢を喰う影の本体は、悲鳴のような囁きを残し、消えた。


◆  ◆  ◆


 書庫の現実に、二人は同時に戻ってきた。

 セシリアはうっすらと汗を浮かべながら、息を整え、エヴァンに微笑みかけた。


「……おかえり。危なかったわね」


「お前もな。ああいう奴はもうゴメンだ」


 エヴァンが額の汗をぬぐいながら言った。


「だが、やつの最後の言葉、聞こえたか?」


 セシリアが頷く。


「……鍵は眠れる都市の中心、時計塔の地下」


 夢の核心が、とうとう明らかになった。



 未明―

 かつて繁栄を極めた都市の中央に、巨大な時計塔が聳え立っていた。

 だが、今はすでに時を刻むことはない。長針も短針も、ぴたりと午前3時24分を示したまま止まっていた。


 それは、この都市に夢が満ちすぎた瞬間の刻限だった。


「……本当にここが、夢界への入口だと思う?」


 セシリアが静かに問いかける。

 その声には、どこか現実と幻想の狭間に立つ者だけが知る、不穏な響きがあった。


「思う、じゃない。確信してる」


 エヴァンはそう言いながら、塔の扉に手を伸ばす。


 ――ガリッ。


 一瞬、手が弾かれた。


「夢界拒絶の結界だな。侵入者を拒むフィールドが貼ってある」


 セシリアは腰元から水晶の札を取り出し、魔力を込めて詠唱する。


《詠唱:開封術式――セファロスの鍵(Key of Dreams)》

「夢よ、交差の門を開け。うつつと幻の狭間に、旅人を通せ」


 パキィン、と結界が砕ける澄んだ音。

 その瞬間、空気が一変した。

 湿っているようで乾いていて、どこか寝息のような音が壁の向こうから響いている。


「ようこそ、時計の夢へ」


 空間そのものが、語りかけてきた。


 階段を降りるほどに、壁にはびっしりと夢記録式の文字が浮かび上がっていた。

 それは人の夢を写し、文として保存する生きた魔導式。


 そして、最下層。


 ふたりは、広間へと辿り着いた。


 空間の中央に、それは浮かんでいた。


 語られざる魔導書――未完成の書、未名の書。


 半ばまで書かれた頁が、無限にめくれては閉じ、再びめくられ続けている。

 文字は定まらず、常に変化を繰り返していた。


「まるで……書物自身が、夢を見ているみたいだな」


 エヴァンが呟く。


 その瞬間だった。


「ようこそ、記録者たちよ」


 声が、どこからともなく響いた。


 闇の奥より姿を現したのは、書の守護者――否、夢を守る虚無の司書だった。


 灰色のローブに、顔を隠す仮面。

 声はどこか人間離れしており、その手に持つのはペンではなく、刻限を裁断する刃。


「これ以上、頁を開いてはならぬ。

 夢は夢として眠るべきだ。

 夢を語り、現に持ち込もうとするお前たちを、私は拒絶する」


 エヴァンが剣を抜き、セシリアは指先に魔力を集める。


「拒絶か。それなら……」


「戦って、答えを聞かせてもらうしかないわね」


 そして、次の瞬間――空間が裏返った。


 夢と現が再び、融け合う。


 虚無の司書が振るう刃は、時間そのものを切り裂く。

 セシリアの術式が展開されるたび、彼女の記憶が一枚ずつ削られていく。


「記憶を代償に魔導を使わせるなんて……!」


 エヴァンの剣が炎を纏い、敵の存在を引き裂こうとするが、斬られるたびに敵の姿は別の夢として再生する。


「これじゃキリがない……!」


 戦いは長く、そして奇妙な自分の内面との戦いでもあった。


 ――次の一撃が決まらなければ、ふたりは夢の住人となって二度と戻れない。



「――君たちは、なぜそこまでして、夢を記そうとする?」


 声は仮面の下からではなく、脳内に直接響いた。

 虚無の司書はエヴァンとセシリアの動きを一瞬にして封じ、二人の深層意識に接続した。


 世界が灰色に変わる。現実が脱色され、彼らの過去が映し出された。


「これは……俺の……?」


 砂塵にまみれた小さな村。

 そこに立ち尽くす少年の姿――それが、かつてのエヴァンだった。

 全てを失い、それでも剣を握ることを選んだ、名もなき日々。


「……あのとき、何も守れなかった。でも、それを夢だったとは言いたくなかった」


 記録するということは、過去に意味を与えること。

 夢にしたくないから、剣を取った。


 次に、セシリアの深層が開かれる。


「こんな……懐かしい」


 若き日。塔の書庫に埋もれて、彼女は言葉を探していた。

 魔導と記憶。世界の始まりを紐解くために、ただ一人、魔導書を解読していた。


「私は、夢が現実に届く瞬間を信じてた。言葉が、誰かを動かす力になると……それだけが希望だったの」


 灰色の世界が震え始める。


 虚無の司書の声が静かに響く。


「……だが、夢は脆い。いずれ現実に蝕まれ、汚される。それを私は幾度も見てきた。語られすぎた夢は、やがて悪夢となる」


 そして彼は問いかける。


「それでも――記すか?」


「――記すさ」

 エヴァンが剣を構え直す。


「悪夢になることを恐れて、夢を黙殺するくらいなら……」

「最初から語り手なんか、名乗っちゃいけない」


 セシリアも、静かに微笑む。


「虚無にするくらいなら、希望を描く方を選ぶわ。たとえ、物語の終わりが痛みであったとしても」


 二人の意思が、空間を塗り替える。


 夢界そのものが、答えを求めて頁を開き始めた。


 虚無の司書が、最後の一太刀を振りかざす。


「ならば……私の夢が尽きるまで、抗え!」


 そこでエヴァンの剣が、火の呪文を纏う。

 セシリアは、両手を掲げ、夢界の頁を束ねる術式を唱えた。


《夢架ノ双奏アンサンブル・オブ・リカレンス

「言葉は剣、記録は炎。今こそ夢を燃やし尽くし――現実へと繋げ!」


 剣が魔導の文を纏い、切っ先が一閃する。

 その一撃は、虚無の司書の仮面を砕き、背後に浮かぶ未完成の魔導書を貫いた。


 ──沈黙。


 そして、微かな声。


「……ありがとう。夢を語ってくれて」


 虚無の司書は霧散し、その場に一冊の封印された魔導書が残された。

 それは、未だ名を持たぬ未来の語り部たちへ向けられた頁だった。



 封印された書を手に、ふたりは都市を離れた。


「エヴァン、あなたはどう書く? この戦いを」


「まだ決めてない。……けど、そうだな」


 彼は肩をすくめて、笑う。


「夢の頁に、剣を添えてってところか」


「悪くないわ」


 夜風が静かに吹き抜ける。

 都市の時計塔が、再び午前3時24分を刻み――

 その音は、遠くのどこかで新たな夢を起こしていた。



【王立記録局 特別探索報告書】

文書番号:RR-ASTR05-XII

件名:第五の探索記録──《眠れる都市と夢語りの魔導書》

記録局監査印:【承認済】


【探索担当者】

魔剣士 エヴァン・クロスフィールド

大魔導士 セシリア・ヴァレンタイン


【探索対象】

旧帝国時代の魔導都市ルミネセアの地底層に封印されていた語る魔導書の回収および、その背後に潜む記録干渉存在《夢喰い》の解明および無力化。


【任務経緯】

アストレイア文書の補遺資料とされる未整理魔導書が、かつての地下都市遺構に保管されたまま失われているとの情報を受け、探索を命じられる。


対象地は都市地図から抹消されていた夢界濃度特異地域であり、精神干渉および記憶改竄の危険ありと事前通達。


【主な経過記録】

旧市街への潜入と都市構造解析

 → 地表に残された記録塔から都市レイアウトを抽出。地層崩壊を回避しつつ、地底層へのルートを確保。


保管施設到達および魔導書の起動

 → 所定の保管室にて自律魔導書《記憶ノ頁-ラティア》を発見。

 → 起動時、魔導書が語りかけるかのように自我を持ち、夢境空間への引き込み現象が発生。


敵性存在との遭遇

 → 対象は《夢喰い(仮称)》と呼ばれる、夢界由来の精神侵食存在。

 → 対話を試みるも失敗、現実と夢の境界を失わせる侵食の語りによる攻撃を受ける。


戦闘および鎮圧措置

 → 魔剣術と魔導融合術式《夢架ノ双奏》を用い、夢界リンクの切断に成功。

 → 対象存在は消滅、残滓として“未記名の封印魔導書”を回収。


【発見と知見】

対象魔導書群は自己言語生成機能を有し、夢の内容を現実に書き出す特性を持つ。


《夢喰い》は語り手不在のまま放置された夢の残響から生じた可能性が高い。


本件により、「夢と記録は連続的に影響を及ぼし得る」ことが証明された。


今後、語る魔導書に関する調査と、未収束夢界領域の封鎖管理が急務である。


【収束評価】

探索目標はすべて達成。

遺物回収・夢界影響の収束・敵対存在の鎮圧に成功。

ただし、魔導書による潜在的夢界リンクの継続が示唆されており、長期的な観測が必要。


【備考】

回収された魔導書《記憶ノ頁-ラティア》は現在、王立記録局・禁制区にて封印保管中。

閲覧には階級【A2】以上の許可が必要。


【探索官署名】

魔剣士:エヴァン・クロスフィールド(署名済)


大魔導士:セシリア・ヴァレンタイン(署名済)


記録監査官:ルティナ・カーネル(第三解析課)

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