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4.夜明けの魔女と春の祝祭


 魔女の正装でもある濃紺の詰襟ドレスの上から、黒のローブを見に纏う。箒を手に外へ出ると、人々が寝静まる真夜中の空へと飛び立った。


 夜になるとまだ少し冷たい春の風を浴びながら、シレネは目的の場所へ向かう。しばらく飛んで降り立ったのは、深い森の中だ。上空から見ると森の中心がそこだけぽっかり空いていて、オレンジ色の明かりが灯っている。

 シレネと同じようにローブを身に付けた人々が、燃える火を囲むように談笑していた。


「ああ、夜明けの魔女。最近忙しいと聞いていたので、来ていただけないかと思いましたよ。今年もよろしくお願いします」


「年に一回の祝祭ですもの。この日は何があっても参りますわ」


 シレネはローブを着た女性が差し出すワイングラスを受け取り、笑顔で頷いた。


 今宵は春の訪れを祝う魔女集会の日。真夜中から明け方まで、より集まった魔女達が食事をしながら談笑を楽しむ祝祭だ。普段なかなか会うことのできない魔女達も来るので、交流と情報交換の場でもある。


 シレネは何人もの魔女達と挨拶を交わし終えると、火から少し離れたところにいる魔女を見つけた。まだあどけない顔をした十代半ばぐらいの少女だ。


「ロベリア、来ていたのね。会えて嬉しいわ」


 ロベリアと呼ばれた少女は手にしていたグラスから顔をあげ、ぱっと表情を明るくした。


「シレネ! よかったぁ、貴女に会いたくて来たの!」


「まあ、嬉しいわ。私も会いたかったのよ。いつもお手紙ありがとう」


「こちらこそ。ねえ、この間の手紙にあった丸の意味を教えて。何かのメッセージかと思ったけど、ちっとも分からなくて」


 ロベリアの長い睫毛がまたたいて、薄紫色の瞳が好奇心に煌めく。彼女の悪戯っぽい顔を見ると、妖精のような少年を思い出して笑みが溢れた。


「ふふ、期待に応えられなくて申し訳ないのだけど、あれはうちに居る悪戯っ子に書いてもらったのよ。貴女への手紙を書いていたら、書きたいって騒ぎ出したから」


「なぁんだ、そうだったの。特別な暗号だと思ったのに」


「ごめんなさい。次からは貴女が悩まないで済むように、誰が書いたか記しておくわ」


「またあの暗号みたいな落書きを許す気なのね。なんだかシレネと一緒に暮らせる男の子が羨ましい。きっと毎日楽しいんでしょうね」


「今度遊びにいらっしゃい。いつでも待ってるから」


 唇を尖らせるロベリアの頭を撫でると、彼女ははにかむように笑った。


 お気に入りのガラスペンを使って書く手紙の宛名はロベリアだ。魔女に成り立ての彼女を支援し、魔法の扱いや薬草についていろいろと教えている。


 最近の手紙にはアズライトのことばかり書いているので、すっかり親バカだと思われているけれど。

 食事をつまみながら談笑する夜会はあっという間に時間が過ぎていき、真っ暗だった空は少しずつ美しい藍色に染まる。


 そろそろお開きの時間だ。


 シレネはグラスを置いて火の燃える中心へ向かうと、魔女の間で古くから歌い継がれる春のうたを旋律にのせた。


 春を喜び、豊穣を祈り、命を祝福する唄。シレネの歌声は、閉ざされた闇に夜明けを呼ぶ。明け方はシレネの魔力がもっとも強まる時間帯であり、この日にシレネの歌声を聴いた魔女は、一年間の加護を得る。


 シレネが夜明けの魔女と呼ばれる由縁だった。



「今日はお祭りだから、サンザシの花を持って帰らなくちゃ」


「五月祭に行くの?」


「ええ、アズをお祭りに連れて行ってあげたいの」


 ロベリアや他の魔女達に別れを告げ、シレネは朝露に濡れたサンザシを持って帰った。妖精の木とも言われるサンザシの花を家に飾るためだ。


 ひとつの季節が終わりを迎え、雪に閉ざされた魔女の屋敷にも色とりどりの草花が咲き誇る。

 草木を慈しみ、花を愛でるのが好きなシレネの庭は、薔薇を中心に様々な植物が溢れていた。



「いいわね、アズライト。人の居るところでは、狼になってはだめよ。必ず私と手を繋いで、離さないこと。約束できるかしら」


「約束する!」


 こくりと大きく頷き、アズライトは素早く返事をした。返事だけはいいのだ。約束を守るかは別として。

 淡いブルーのシャツと濃紺のショートパンツにサスペンダーを付けて、ちょっぴりおめかししたアズライトは祭りに行ける高揚感で頬がピンク色だ。

 いつもの寝癖も直して、どこからどう見ても普通の男の子。可愛すぎるのが心配の種かもしれない。


「さあ、行きましょう。美味しいものをいっぱい食べなきゃ」


「俺、肉食べたい! アイスも! あと、肉と……えーっと、チキン!」


「アズは食いしん坊ね。今日は食べたいもの全部食べるわよ」


 口を開けて食べ物のことを考えていたアズライトは、たらりと涎を垂らした。狼の時もよくやるので、シレネは慣れた手付きでアズライトの口元を拭う。

 アズライトと手を繋ぎ、あらかじめ書いておいた魔法陣に乗ると、二人の身体は一瞬にして移動した。


 移動先は屋敷から一番近い小さな街だ。春の祭りが行われているので、たくさんの人で賑わっている。いくつもの店が立ち並び、陽気な音楽が流れる目抜通りでは、祭りのダンスを踊っている人々が笑顔を振りまいていた。


 初めて見る光景にアズライトは目を丸くし、シレネの後ろに隠れて顔を覗かせる。元々警戒心が強く人慣れしていないので、落ち着かない様子だった。


「アズ、どうかしら? 楽しめそう?」


 ぎゅっとシレネの服を掴むアズライトは、不安そうにこちらに視線を送る。


「無理しなくてもいいのよ。お祭りは来年もあるから」


 ぶんぶんと首を横に振ったアズライトは、道を挟んだ向かい側を指差した。


「あれなに?」


「まあ、さすがねアズ。あれは串に刺さったお肉よ」


「食べたい!」


 不安な顔はどこへやら。すぐに勢いよく食い付いたアズライトは、すでにお肉に頭を占領されてしまったようだ。シレネの手を握って、自ら先導をはじめた。


「アズ、ちゃんと前を見て。ぶつかるわよ」


 行き交う人の波を抜けて目的のお肉を手にしたアズライトには、もう怖いものはなさそうだった。串に刺さった肉をその場で二本平らげると、次から次へと食べ物の店へシレネを連れ回した。

 この小さな身体にどんな胃袋があるというのか。あとでお腹を壊さないか心配になった。


 街を回り終える頃にはアズライトはお腹も心も満たされたようで、お土産にいくつかの気に入った食べ物を買って帰ることにした。


「シレネ……俺眠い……」


 買ってあげた狼のぬいぐるみを腕に抱きながら、アズライトは地面に座り込んでしまった。


「アズ、もう帰るからお家で寝ましょう」


 まだ午後の三時ぐらいだが、昼寝が日課のアズライトはすでに瞼が落ちてきている。楽しくて興奮し過ぎたらしく、糸が切れたようにぱたりと地面に寝転んだ。


「アズ!」


 シレネは肩に掛けていたショールをすぐさまアズライトに被せると、周囲を見渡した。人通りの少ない道だったので、何人かが通り過ぎざまにこちらを一瞥するだけだった。


 ほっと息をついて、ショールに包んだアズライトを抱き上げる。

 ブルーのシャツを着た銀灰色の狼が、腕の中ですやすやと眠っていた。


「ずっと人の姿でいたから疲れちゃったのね。誰かの記憶を消すことにならなくてよかったわ」


 アズライトの服とぬいぐるみを回収して、シレネは人気のない道まで歩いていく。口をもごもごと動かして寝ているアズライトは、なんだか幸せそうだ。


「楽しかったわね、アズ。また来年も一緒に来ましょうね」


 眠るアズライトの柔らかい毛に口付けて、シレネはその場から姿を消した。



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