お雛様 生首事件
三月三日も間近の日曜日。
ひ孫のひな祭りをしたくてたまらない祖母の要望で小学二年生の息子ともうすぐ1歳になる娘を連れて久しぶりに実家を訪れた。
客間の和室に入れば、そこには母が幼い頃に買ってもらったという年代物の七段飾りのお雛様が既に飾ってあった。
眠そうな娘にミルクを飲ませながらお雛様を眺める。
緋毛氈は全体的に毛羽立っているし、ぼんぼりも薄布が破れていたりと、久しぶり見ると随分とくたびれている。それでも、優しく上品な顔立ちのお内裏様とお雛様は昔と変わらず微笑んでいた。
大学進学の際に実家を離れるまで毎年祖母と一緒にお雛様を飾っていたことを懐かしく思い出していると、ふと芋づる式にお雛様にまつわる記憶までも蘇ってくる。
昔のお雛様が皆そうだったのかはわからないが、実家のお雛様は首と体が分かれていた。首から下には細い杭のような棒が出ていて、それを体に突き刺して合体させて完成させるタイプだったのだ。
飾る際には、まずはティッシュペーパーに包まれたお内裏様とお雛様、三人官女、五人囃子、右大臣に左大臣の生首と、首のないそれぞれの体を箱から取り出し、一緒に畳へ並べていた。
三人官女や五人囃子の顔は一人一人違うので、顔と体の組み合わせを楽しんでもいたが、それでも毎年生首だな……と思いつつ準備をしていたものだった。
最近のお雛様はきっと生首形式ではないだろう。少なくとも、娘に買うものは一体型がいい。
そもそも、最近は伝統的な雛人形以外にも人気のキャラクターやぬいぐるみタイプのものもあるのだ。つい先日知ったドイツ製の有名なテディベアのお雛様が脳裏をよぎる。
あれは、かなり可愛かった。お値段は可愛くなかったが。
ひ孫や孫に甘い祖母や両親にそれとなくおねだりしてみようか。
そう思い立って、娘を抱き上げて背中を軽く叩きながらゲップをさせて顔を見る。
よし、これならすぐ寝そう。
娘を客間の片隅に設置したベビーゲートの布団の上にそっと寝かせた。
「台所でひいおばあちゃんとおばあちゃんのお手伝いしてくるから、ちょっと看ておいてくれる?」
「ん〜……」
生返事を返す息子を振り返ると、息子は何体もの人型ロボットのプラモデルを並べていた。
それは息子と夫が映画館で見た作品に登場する、主人公が乗り込んで操作するロボットだった。
大迫力の戦闘シーンで動き回るロボットに心を奪われた息子はアニメを視聴するよりも、実際に触れるプラスチックモデルに興味をそそられたらしい。子供の頃に夢中になってプラスチックモデルを作っていた夫もその思いが再燃したようで、このところ、週末になると昔取った杵柄とばかりに息子と一緒になって和気藹々と作っていた。
今日も皆んなに見せるのだと何体もの完成したロボットを持参していたのだ。
うつらうつらしている娘とロボットを熱心に見つめる息子を見比べて小さくため息をつく。
そっと扉を開けて部屋を後にした。
祖母、母、私の三人でお茶やお菓子の準備を整えると、息子に声をかけて客間に隣接する居間でお茶を始める。
女三人寄れば姦しいとはよくいうもので、すっかりおしゃべりに夢中になっていると、娘の高い笑い声が隣から響いてきた。
祖母がにこにこと席を立って客間へ顔を覗かせると、突如悲鳴をあげた。
慌てて母とともに客間へ入って祖母の視線の先を追う。
息子の手には、お内裏様の顔をした人型ロボット。
そしてその反対の手には人型ロボットの顔をしたお内裏様。
「宇宙戦士オダイリ! 面白くない?」
目を輝かせながら両手に掲げている息子のセンスに一抹の不安がよぎる。
これ、夫に見せた喜びそう……。写真を撮るべきか、いや、ここはまず怒るべき。
頭の片隅でどこか冷静に考えつつ、一つの決意をした。
娘のお雛様は、絶対に一体型にしよう。