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「じ、尋問ですか⁉︎」
横でミズキが素っ頓狂な声を上げた。ホダカも怪訝な顔をしてナガセを見た。二人は少女を捕まえてから二日後、ナガセに呼び出されていた。
「ああ、そうだ。あの子供を逮捕した君たち二人にお願いしたい」
「しかし、あんな小さな子を取り調べるだなんて……。ただの気の迷いかもしれませんよ」
「ミズキ君、年齢などは関係ない。いやなに、上からの指示だ。ならば癪だが従うのが道理だろう。いやなんだね、そこにいる上の坊ちゃんにもいい経験になるんじゃないかと思ってな。いやまあ、よろしく頼むよ」
ナガセは例の如く憎まれ口を叩くと、部屋を出ていった。
少女との遭遇から二日経ってもなお、ホダカには何か大きな違和感が残っていた。
「じゃあホダカさん。とりあえず行きましょう。取調室は二号室です」
ミズキに付いていき、どんよりとした無骨な灰色の重い扉を開けると、質素な鉄の机を挟んで向かい合うように椅子が置かれていた。そして、奥の椅子には少女が座っていた。二日間も拘留されていたせいか、頬は少しやつれて髪もボサボサだ。しかしあの眼の鋭さは失われておらず、目が合った瞬間にホダカを睨んできた。
「ではこれより取調べを行う」
その目つきに呑み込まれそうになりつつも、ホダカは研修の通りに尋問を開始した。
「まず、あなたの名前を」
「……ピコ」
ピコはボソリと、その名を名乗った。
「ではピコ、なぜあのように追われていたんだ」
「……」
ピコは黙ったままだ。口は一の字に固く結ばれ、
「言わなければもっと拘留期間が延び、家族にも会えなくなるぞ」
「……別にいい。家族なんかいないし」
「もういい。わかった。塔からの脱出を試みたんだろう」
「……うん」
少女は確かに鋭い視線を向けながらも、以前ほどの気迫はなくなっていた。
「じゃあ聞こう。なぜそんなことを企てたんだ?」
「別に……お前達には関係ない」
「いや関係ある。聞けば他にも何人も同じことを企てていたらしいじゃないか。しかも全員が下層の住人だという」
下層の住人という言葉が響いたのか、少女は眼を逸らした。
「じゃあ質問を変える。そんなことをやって、一体何がしたかったんだ」
「だから、お前には関係のない話だろう」
少女は荒んだ口調で言うと押し黙ってしまった。
これは埒が開かない。ホダカは思った。
「じゃあわかった。また明日にしよう」
控えていた職員にピコを連れていってもらうと、ミズキが話しかけてきた。
「ホダカさん。彼女、結構荒んでましたね」
「ええ」
「話は変わるんですけど、我々は夢を抱いてはいけないという決まりは知ってますよね」
塔に住む者はむやみやたらに夢を抱いてはいけない。これは塔に住むすべての人が知っている決まりだ。学校では過去にそれで人類が滅びかけたことがあるから、と習った。親戚からもそう教えられたのを覚えている。実際のところ、ホダカにはこの規則の理由がよく分かっていなかったのだが。
「それで、あのピコという少女が企んだことはそれに関係あるんじゃないかと思うんです」
そして迎えた翌日。再びホダカはピコと対峙していた。拘留が始まってからすでに三日も経つというのに、ピコの纏う他人を寄せ付けない雰囲気は相変わらずだった。
「何度も言うが、お前達に言うつもりは無い」
「ああ、そのことなんだが」
昨日のように理由を聞き出そうとしないホダカを怪訝に思ったのか、ピコは彼の方を向いた。
「お前、何か夢があるだろう」
夢。昨日ホダカがミズキから耳にした言葉だった。恐らくピコにとって大きな意味を持っているであろうその言葉を引き合いに、情報を聞き出せるのではないか。ミズキはそうホダカに提案した。
そして案の定、ピコの眉がぴくりと動いたのだ。
「もちろんこの塔での法律では夢を抱くのは禁じられている。思想は規制できないと言えばそれまでだが、住んでいる階層に関係なくそれは常識だ。もしお前が夢を抱いていた場合、告発され拘留どころでは済まないだろう。もしかしたら塔から追放ということになるかもしれない」
「それでも、外の世界を知れるなら本望だ」
「それがお前の夢か」
「あ……」
意外にもあっさりだった。腐っても十二歳の少女なのか、ピコは口を滑らしてしまったことに焦りたじろいでいる。
「そうか。外の世界を知りたいのか」
「いや、あ……」
「やろうと思えば我々が告発することもできるわけだ」
「……」
「ただ、さっきも言ったように思想の問題だ。告発などされなければ、バレることはなくお前は釈放されてもう一度塔からの脱出を試みることができるかもしれない」
「そ、そうなのか。ならぜひ……」
ピコは身を乗り出した。
「そこでだ。取引をしよう」
「取引?」
「ああ、お前が脱走を企てる者が続出している理由を教えてくれれば、お前の夢については黙っておこう。釈放するよう支部長に言っても構わない」
この提案にピコは惹かれたようだった。あからさまに眼を見張り、降ってわいた話に戸惑っているようでもあった。
一分ほど考えたのち、少女は答えを出した。
「分かった。原因を教えよう」
「よく言ってくれた。じゃあ早速教えてもらおう」
「これを言ったら本当に釈放してくれるのか」
「ああ、当たり前だ」
「……原因は、私」
「お前がか?」
「うん……」
ピコのこの告白にホダカは面食らった。十二歳のこの少女が首謀者だとは。
「詳しく聞かせてもらいたい」
「私の夢は外の世界を知ることだ。きっかけは同じ町に暮らしていたお婆さんだった。色々なことを話してくれた。特に興味を引いたのはこの塔が出来た時の話。あんたも知っているだろ」
「ああ、まあ大雑把には」
塔が出来た時。確かそのせいで夢を見るのを禁じられたという話だったか。小学校くらいには習った覚えだ。
「私はその話を聞いて夢というのはどんなものか知りたくなった。そしたらお婆さんは言ったんだ。夢というのは一生をかけてそのために努力できて誇れるものだ、って」
ホダカは心にぽっかりと穴が空いたような気持ちになった。
「イッショウホコレルモノ」。ホダカには程遠い、きらりと輝く響きが心を抉った。
「だから塔の外を目指すことにした。理由はそれだけ」
「だが、それと脱走者の増加は何の関係があるんだ」
ホダカは聞いた。するとピコは普段の鋭利な目つきに戻り言ったのだ。
「私が雇ったんだ」
「何?」
「人を雇って似たような事件を起こせば、自分の計画を紛らわせられるんじゃないかと思った」
恐ろしい女だ。ホダカは本気でそう思った。下層の治安の悪さもあるのかも知れないが、たった十二歳でそんなことをやってのけるとは。先ほど腐っても十二歳などと思ったことが悔やまれる。しかし、このときホダカに僅かな好奇心が芽生えたのだ。
「分かった。約束通り黙ることについては黙っておこう」
「当たり前だ」
「しかしピコ。いやまあいい。これで聴取は終わりだ。きっと幼いからという理由で釈放されるだろう」
「分かった」
ピコが部屋を出ていくとミズキが話しかけてきた。
「ホダカさん。取り調べ上手かったですね」
「え、そうですか」
「初めてでしょう」
「まあ、はい」
「けどホダカさんがやってくれてよかった。僕だったらああは行きませんよ。あ、であの彼女のことですけど」
「ええ」
「ほんとに十二歳なんですかね。あまりにもやってることが幼くないというか。僕調書を書いてて驚いちゃいました」
そうなのだ。ピコはあまりにも幼くないのだ。一体どうゆう暮らしをしていたらああなるのか。いや、自分も似たようなものかもしれない。
「結局どうするんですか。支部長に言うんですか」
「そうするしかないでしょう。約束しましたし」
ホダカがそう言うと、ミズキは一瞬虚を突かれたような顔をしたが
「犯罪者との約束なんて守らなくてもいい気がしますけど。まあホダカさんが言うなら」
と言い、すぐにいつもの笑顔に戻った。どうやらミズキは自分の街で問題を起こしたピコを恨んでいるようだった。故郷への愛が強いミズキだからこその恨みかもしれない。
「じゃあ僕はナガセさんに話してくるので」
ミズキと別れるとホダカはナガセのいるであろう部屋へと向かった。
「そうか。取り調べは無事に終わったか。いや何、決して君の手腕を疑っていたというわけじゃないんだ」
ナガセはじょうろを片手に言った。
「はあ」
「いや君もそれなりに仕事は出来たか。いやいや良かった。で、わざわざ私を呼ぶということは何か話でもあるのかね」
「ええ。あの少女を釈放していただきたいのです」
「なぜだ」
「彼女はまだあまりにも幼いです。釈放してあげなければ酷かと」
「まさか同情してるんじゃないかね」
いや、そんなことは決してない……はずだ。ホダカはなぜか確証が持てなかった。
「まあいい。私は別に構わない。上の言うことだけに従うのも癪だしな。いや何、もしまた何かあったら君に責任をとってもらうが、構わないね?」
「はい」
即答だった。
なぜだ。
ホダカは自分の発言を制御できないでいた。
「じゃあ私から取り計らっておこう。帰って構わない」
支部長室の扉を閉じてもなお、ホダカはまだ感情の混乱に蓋を閉じることはできなかった。