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 ホダカの暮らす「塔」。それは彼が生まれた時から世界そのものであり、今彼がそれを疑う余地などなかった。

 塔の中層上層間と下層中層間にある「関所」。ホダカはその関所の警備と、塔の治安維持の職務についている。異動となった彼はこの日、下層中層間の関所を訪ねていた。

 その階丸ごとをフル活用した関所には、門の前に立った時から聳え立つような威圧感をホダカに与えた。打ちっぱなしのコンクリートの壁がそう感じさせた要因かもしれない。

「あの……本日付で配属になったホダカという者です」

 下手なことをしないよう遠慮がちに、ホダカは豪傑な見た目に反し文庫本を読んでいる門番らしき男に辞令を差し出した。門番の男は思いの外丁寧な手つきで辞令を一瞥すると、にっこりと笑い門を開けた。

「話は伺っています。どうぞ、ご案内しますので」

 これまた丁寧な口ぶりで男はホダカを誘導した。すごくいい人だ。仲良くなれそうな気がする。ホダカはそう思った。

 

 関所の中は異常だった。壁にはスタンガンや催涙弾などまさにテロ対策のような武器が掛けられていた。おかしい。塔で暮らしてきたホダカにとっては明らかな異変だった。

「あの、すみません」

 先導している門番の男にホダカは聞いた。

「なんでこんなに武器が揃えられているんですか。この塔でテロなんかが起きたのは数えるほどしかなかったはずです。それなのにこんな物騒な……」

「ああ、ホダカさんは上の方で暮らしてきたから知らなかったでしょうか。最近下層の住民が塔から脱出しようとして、この関所で捕まることが頻発してるんです。全く何を考えているんだか」

 下層の住人。普段は触れることのない言葉の響きだった。ホダカの暮らす中層部の一つ下の階層は、中・上層の住民にとっては全くの未知だった。噂によると、ヒビの入った建物で暮らし塔の中であるにも関わらず、人工栽培ではない植物が多く生えているという。ホダカからすれば別の世界の話のようだった。

「まあとにかく、暴徒化しないようにここが要な訳です。そのための人数の補強でホダカさんには来てもらったんです」

人あたりの良さそうな笑みを浮かべる門番の顔を見てホダカはそれとは正反対の、異動を命じた長官のきつく睨む目を思い出した。

「ただの人材補強だ」

 あれはそういう意味だったのか。ホダカは合点した。

 ホダカが自分の異動に納得していると、コンコンと扉をノックする音が聞こえた。門番の男が発した音だった。

「ここが支部長室です。一応、挨拶をと思いまして」

 門番が扉を開けると、観葉植物に水をあげていた男が振り向いた。

「ああ、君がホダカ君か。話は聞いているよ。いやいや、わざわざ大変だったろう」

 支部長であるその男は、猫撫で声を発しながらホダカたちに近づいてきた。上っ面の笑みを浮かべているが、目は全く笑っていなかった。

「門番のミズキ君から話は聞いているだろう。私は支部長のナガセだ。よろしく」

 まさに人を食ったような性格をしているナガセは、ホダカのことなど意に介さず話を続ける。

「いや、なんだね。ホダカ君は中層の上部に住んでいるという話じゃないか。いやいや、さぞ良い生まれなんだろう。十九でこの仕事に就くなんて、かなり余裕があるのかね」

「はぁ……」

「いやなに、そんな固くならないでくれ。そういえば塔からの脱走者については話を聞いたかな。上層近くのお生まれには初耳だったかね」

 上層に住んでいる人間になにか恨みでもあるのか、ナガセは嫌味をぶつくさと呟いた。

 嫌な男だ。ホダカはモヤモヤとした気持ちに襲われた。

「まあ、それはさておき、君には早速巡回の任務に就いてもらう。先ほど話したように脱走を試みる者が増加している。そのような者は容赦なく捕まえてもらって構わない。基本は君が上の方にいた頃と変わらないだろう。詳しくはミズキ君に聞いてくれ。きっと上の人間にも簡単な仕事のはずだよ、がはは」

 それじゃ、と言ってナガセはホダカ達を横切り喫煙室に向かってしまった。

「あ、じゃあホダカさん。早速行きますか。街の案内がてらにでも」

 気を遣ったミズキに連れられ、ホダカは関所の門へ再び向かった。

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