死んだらどうなるの先輩?
春。陽光が優しく差し込み、花は風に揺れ、桜は舞い踊る。
高校生の私にはふと思い出したこと。
死んだらどうなるの?
痛いの?私はどうなるの?なにかあるの?何もなくなるの?
ネットで調べても答えは見つからず、不安を抱えたままだ。
...
相談室。ここならなんとかなるかもしれない。
ギィィ
「失礼します」
ちょっと変な匂いと香水が混ざったような匂いがする。先生の席のところには男の子が座っている。
「相談の先生は今留守してるよ」
「えっ、あっ、後でまた来ま…」
「あの、ちょっと」
彼は立って、私に向いて歩いてくる。私より少し背の高くて、優しい表情をしている。
近づいて彼の手が私に伸ばし、私は後ろに下がる。私の上げた手を取って彼は言った。
「血がついてるじゃない。どっかで怪我してた?」
穏やかな表情で彼は言った。私の手の裏には赤黒い血がついていた。
彼はポケットからティッシュを出して、私の手を拭いてくれた。
「傷は見えないけど、後でトイレで洗ったらいいよ」
「ありがとうございます」
「俺は2年の翔。君は?」
「3年の由紀です」
「先輩か。でも俺、年は由紀と同じなんだ」
「へぇ、そうなんですか」
「で、由紀さんはどうして相談室に?」
...話していいのかな。でも悪い人ではなさそうだし。
「あの……死の次はなんですか?」
「シノツギ?」
「死んだらどうなるんですか」
「ああ、そういうことね」
彼は輝かしい目で言った。
「なんにもないよ」
「……え?」
「…俺の意識はなくなって消えるんだ。天国とか地獄とかなくて、幽霊も意識もない。次はない」
「それって、家族とか友達とか人とか、会えないんですか」
「寂しい気持ちとか不安はあると思うよ。でも死んだらそれすら感じない。消えるからさ」
...
静かな部屋で聞こえるのは心臓の鼓動、そして揺れるカーテンの音。
「楽になれるかもしれない方法があるんだ。やってみる?」
「どういうことですか?」
「説明が難しいんだけど、簡単に言えば死んだときの感覚を体験するってことかな。つまり君の不安と恐怖は感覚から来てるものだから、その感覚がなくなったのを経験すればってこと。痛くもないし、簡単ですぐできるよ。由紀さんに役に立つと思う」
「……やっ、て、みます」
彼は机の下の押し入れからなにかを探している。
...
「ほら、これは目隠し、これは耳栓、これはパッチね。パッチは首につけて触覚を鈍らせるんだ」
見慣れたものだ。これで…
「完全に遮断できないから体験として使うかな。はい、目隠し」
真っ暗になった。目に当たる面は柔らかい。
「耳栓は聞こえなくなるからパッチを先に貼るよ。首のこっちだよ」
ちょっとビクッとした。手が優しく触れて暖かい。そしてパッチが貼った。ちょっと冷たい。
「さあ、最後は耳栓だ。付ける前に言っておくよ。耳栓つけてからは5分だけ体験するよ。長く感じるかもしれないし短く感じるかもしれない。ただ5分間は絶対にその無感覚な状況にいなければ意味がない」
「…」
「このタイマーも使うし、由紀さんに何があっても大丈夫。だから安心して、俺を信じて。いい?」
「…ん…」
「オッケー。ざあ行くよ」
カチッ
耳栓が耳に入った。外の音も、風も、なにも聞こえない。
...
なんか変な気分だ。ちょっと不安。見えないから、足の感覚、足に乗せた手のひらの感覚に集中しているような。だんだん触感もなくなる。
えっ。なにもない……なにもない……
手を動かす。腕を動かす。でもなにもない。まるで手と腕が溶けて滲む。動かしたのが滲んでいく。頭と足も滲むのが怖くて動かず固くなる。
「…すけて…」
頭が、顔が、ゆっくり滲み崩れる。そして、広がる。
「ごめん、なさい……翔…くん。た、す…けて…」
「…」
頭が痛い。ジーンとする。息が苦しい。なにもできない。なにもない。
...
耳栓が抜けた。目隠しも外れる。眩しくてしばらく目が開けられない。耳の感覚が戻る感じ。音が少しづつ聞こえる。タイマーの音がする。
「大丈夫、由紀さん?」
肌の感覚が戻る。顔の感覚が戻る。顔に粘りを感じる。まだ目を少しずつ開ける。
「由紀さん、よく頑張った。偉いよ」
涙で見えない。でも安心する。よかったと。
「あり、が…と」
...
この後のことは覚えていない。何をしたのか。どうやってそこを出て戻ってきたのか。ただ、翔くんの穏やかな顔は相変わらずと浮かぶ。
不安がなくなったわけではないが、なにかが変わった気がする。よくわからない。
相談室を通って帰り道、変な匂いと鳥肌を感じる。ドアノブと私のスカートには赤黒いシミがついたままだ。