06 つらい話だな
「それに〈風謡いの首飾り〉。ヴェル様が掴んだように、それの手がかりが真実、ウェレスの地にあるならば」
ローデンはすっと考え込んだ。カトライ王はしばらく待ったが、宮廷魔術師が何も言わないので、しびれを切らして続きを促した。
「ヴェル様の旅の目的地にウェレスを挙げられたのは、陛下でいらっしゃいましたね」
再度話し出したローデンはまずそう言った。
「ああ、ちょうどよい祝い事があったし、予定より帰還が遅れても不思議ではない遠方だからな。それが何だ」
「魔術の理に照らし合わせて考えれば、陛下が首飾りの位置を感じ取られて、その場所を指示したと考えることもできます」
「そのようなつもりは……ないが」
カトライは困惑した。
「当人の意思とは関係がないのです」
魔術師は言った。
「そして、それだけではありません。陛下のなかの〈風司〉がその任にヴェル様を選ぼうとしている、とも」
「何を馬鹿なことを」
やはり王は否定する。
「デルカードを行かせる訳にはゆかぬだけだ、判っているであろう」
「ええ、判っているつもりでした。ですが、首飾りとウェレスが真に繋がれば、判らなくなる」
「偶然に過ぎぬ。まさか、それがヴェルフレストの運命だと言う気か?」
「少なくともその道を探すことはそうであったということになりましょう」
「だが」
王は言いかけたが、口をつぐんで首を振った。ローデンはじっと王を見たが、彼が何も続けないようなので口を開いた。
「ヴェル様は首飾りを追い、ティルドは腕輪を手にして冠と耳飾りを。あとは」
「指輪、か」
「敵はオブローンを崇める神官リグリス。真実であるかはまだ判りませんが、ここまでの情報があれば居所を探ることもできそうです」
「そう簡単に行くのか?」
「行くとよいと思っている、というところですね」
その返答に、カトライは面白くもなさそうに笑った。
「ともあれ、こうなればティルドとヴェル様の身の安全がより心配になります。魔術師をつけたいところですが、風具を運ぶのに連れは要らない」
「まだそれを言うのか」
カトライは眉をひそめた。
「こうなっては、伝承などに気を回しても仕方あるまい」
「お言葉ですが、こうなったからこそますます、伝承を気に留めなければならないのです。いいですか、カトライ。エディスンからは〈風司〉の正確な知識がほとんど失われ、我々は知らないことだらけです。対するリグリスは、深く掴んでいる可能性がある。われわれは最初から出遅れている。後手のままなのですよ」
「そんなことは判っている」
カトライは手を振って言った。
「だが、どこまで伝承に意味があるかは判らないと言ったのはお前だぞ。そうした方がよいとの根拠は曖昧なものだ」
「ええ、曖昧です。仰る通りですとも。ですが曖昧だからと言って無視してよいことにはなりません」
「無視はせぬ」
王は声の調子を落とすと、息をついた。
「済まぬ、ローデン。私は不安なのだ。心配なのはヴェルフレストの身のことだけではない。ティルド少年についても同様だ。――そしてこの、エディスンの地についても」
「判って、おります」
王の友は答えた。
「エアレスト前陛下が急逝され、あなたは若くして王位に就かれた。それ故の苦労も、多く知っております。あなたがどれだけエディスンに尽くしてきたかは、ずっと見て参りましたから」
「苦労、か」
カトライは繰り返し、ふっと笑った。
「それは、お前の、苦労だろう」
「よくお判りになりましたね」
ローデンは平然と返した。カトライは苦笑する。
「いいだろう、ローデン。私はお前を信頼すると決めている。それは覆すまい。お前が、それでも伝承に従うと言うのならば尊重しよう。では次は神殿だな。すぐに書を用意する」
「お願いいたします」
宮廷魔術師は深々と頭を下げた。王は、やめろというように手を振る。
「頼むのなら私だ。エディスンを守るためにお前の力を貸してくれ、と」
「十五年前のように、ですか?」
「十五年前のように、だ」
「ならば答えは同じですよ、陛下」
ローデンはゆっくりと言った。その言葉に王は笑う。
「私のためには断る、だがそのままではエディスンの民が気の毒だから引き受ける、というのだな?」
「そうです」
よく覚えておいでですね、と魔術師は真顔のままで返した。
「では、あの魔術師たちはどうする」
「オブローンとリグリスについて調べさせます。それと」
ローデンは嘆息した。
「やはり、ヴェル様とティルドのもとにも」
その言葉に王は片眉を上げた。
「言うことがちぐはぐだぞ」
「判っております」
魔術師はついと視線を逸らした。
「風具はひとりで運ぶべきであると言う。その理由について、ひとつだけ心当たりがあるのです」
「何だと」
カトライは顔をしかめた。
「私に隠しごとはするな。話せ」
「隠していたのではありません、確証が持てないのですよ」
そう言ってからローデンは続けた。
「運び手の隣に誰かがいれば、影響を受けるやもしれぬと」
「どういう意味だ」
「そのままです。風具と運び手について案じた言葉ではない。連れを案じるものである可能性があります」
「――ティルド少年の連れであった、少女のことか」
「ええ」
ローデンはうなずいた。
「ティルドには言えませぬな。彼が弾き跳ばした魔女の力が、そのまま少女への魔術を倍加させたやもしれぬ、などとは」
「何と」
王は絶句した。
「では」
彼は軽く頭を振って、魔術師の言葉の衝撃を振り払おうとした。
「少年が腕輪を持たねば、少女は死ななかったか」
「意味のないたとえです」
ローデンは言った。
「彼が腕輪を持っていたから、魔女がやってきた。これも意味のないたとえですが、もし腕輪が守りの力を発揮しなければ、ふたりとも死んだでしょう。つまり」
「少女が死ななかったことにはならぬ、か」
カトライはあとを引き取った。ローデンはうなずく。
「ええ、どちらにしても少女は死んだでしょう。ですが、遺体は残ったかもしれない。しかしそれに何の意味がありますか? 魔女の力が彼らふたりに均等に配されれば、ふたりとも死んだのです」
「だが、ティルド少年にはつらい話だな」
「そうなりましょう。ですから、とても言えぬと」
部屋に少しの間、沈黙が降りた。
「連れは風具の影響を受ける危険性がある。それがお前の結論か」
「まだ推測の域を出ません」
「そして砂漠の出身であるカリ=スはそれを受けにくいだろうということだったな。では魔術師たちは、その影響を受けぬ程度に遠く、同時に彼らを守れるほど近くにいればよい、と?」
「ええ、推測です。いえ、正直なところ、希望が過ぎますが」
「では」
王はすっと目を細めた。
「私の命令とせよ。ふたりに、護衛としての魔術師を」
「――仰せのままに」
魔術師は王に深々と礼をした。
どことなくやりきれぬものを感じながら、カトライは自身の息子と、運命を負った少年のことを思った。
彼と彼らを狙う「敵」。
オブローンの神官リグリスとは、何者なのであろうか。
そしてその男にはどれだけの力があり、どこに潜み、何を狙っているのだろうか。
三つ目だけは判るようだった。〈風司〉の力。
だが同時に判らなかった。その力とは、何なのか?
風は火を煽る。
カトライ自身、そんな言葉を口にした。
だが、風具を操れるのは〈風司〉だけだ。少なくとも伝承はそう言っている。
ならば彼らはどうやって、その力を手にするつもりなのだろう?




