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風読みの冠  作者: 一枝 唯
第2話 決意 第2章

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12 これは何て言うのかしら?

「やーだ、勝手なんだ、男なんて」

「自分のことを棚に上げるなよなっ」

 ティルドは叫ぶように言ったが、これまでならば罵り合いはじめたであろう展開は、剣呑な視線のぶつけ合いではない。そこにあるのは少し照れの混じった、十代の恋人同士らしい、幸せそうな笑みだ。

「魔除けの腕輪、か」

 言いながらアーリは緑色の腕輪を左腕にはめてみると、太陽(リィキア)にかざすようにしながらしばらく眺めた。

「ふうん」

 アーリは考えるように言った。

「関係、あるのかしらね」

 少年に視線を向けながら、少女は紺色の帽子をかぶり直す。

「さあな」

 ティルドは肩をすくめながら言った。

「こうなったらローデン様と連絡を取るべきかなあ」

「お金の心配なら要らないわよ」

 アーリはにっと笑った。何とも不吉な笑みである。

「よせって言ってるだろ。だいたい、経費はまだ充分あるんだから」

「まあまあ」

 少女は、少年を不安にさせる笑みを浮かべたままで腕輪をはずすと、ティルドにそれを差し出した。

「はい」

「……ああ」

 何となくごまかされたような気がしながら――ごまかされた以外の何ものでもない――ティルドはそれを受け取った。

 その、とき。

 ティルドは、きつく目を閉じた。

 思いがけぬ突風が、辺りを駆け抜けたのだ。

 だがそれはほんの一(リア)で去り、目を開けたティルドは、アーリが不思議そうに彼をのぞき込んでいるのを見る。

「どうしたの? 頭痛でもした?」

 昨夜はそんなに飲まなかったわよね、とアーリ。

「いま……すごい風が吹いたろ」

「何言ってんのティルド。頭大丈夫?」

 少女は目をぱちくりとさせる。

「何って……いま」

「いまもさっきも、穏やかな天気じゃない。港の方に行けば風もあるでしょうけど――風?」

 アーリは軽く目を瞠った。

「やだ、じゃ、それ、本物(・・)なんじゃないの?」

「待てよ、魔力なんてないって話だぜ」

 「やだ」ということはないだろう、と思いながらティルドは言った。

「でもティルドは風が吹いたって思ったんでしょ? それってやっぱ、何か魔力があるのよ! そうだわ、やだ、どうしてあたしは平気だったのかしら」

「待てってば、気のせいだよ、ただの」

 言いながら少年は、腕輪を隠しにしまった。装飾品を身につける習性は、彼にはない。

「本当にそう思うの? ずいぶん、びっくりした顔してたわよ」

「う、いや、その」

 本当を言えば、気のせいだとは思っていない。確かに、ものすごい突風がこの場所を――いや、彼を(・・)襲った。

「俺はっ、ご免だぞっ」

「何言ってるのよ、目指すものじゃないの」

 少女ははしゃいで手を叩く。

「それじゃ、これは大した前進ね! 風読み、風聞き、これは何て言うのかしら? すてき、浪漫だわ」

「待て待て待て」

 ティルドはアーリをとどめるように両手をあげた。

「前進はいいけどな、何でお前は何も感じなくて、俺なんだよ? これが運命だとか星巡りだとかってのは、お断りだからなっ」

「断らなくてもいいじゃなーい、星の定めた運命なんてすてきよ。誰にでも降ってくるもんじゃないわ」

「ほしければ運命ごとお前にやるっ」

「あらすてき」

 少女は声を上げて笑った。

「何言ったか判ってる、ティルド? それって、まるで求婚よ」

「ばっ、馬鹿野郎っ」

 これには少年は、耳まで赤くなった。言われてみればいまの言葉は確かに、「自分の運命を捧げる」というような誓いのようだった。だがもちろんティルドはそんなつもりで言葉を発したのではなく、アーリもそんなことはよく判って、言っている。これは明らかに少年がからかわれており――この調子ならば、アーリとの恋人関係はいつも一歩先を少女に行かれることに、なりそうだ。

 どう言い返そうかと唸り声をあげるティルドの背後で――不意に、くすりと笑う声がした。ティルドは驚いて振り返る。

「何か……可笑しいのかよ」 

 見れば、そこにはひとりの女がいた。

 輝くばかりの金の髪は肩よりも長く、日を浴びてきらめいている。作り物のように濃く青い瞳とティルドの茶色いそれが出会った。少年は、薄ら寒いものを感じた。

 彼は知らず、まるでアーリを守るように少女の前に立った。それを見た女はまた笑う。

「何が、可笑しいんだよ」

 少年はまた言った。女の薄い唇の両端が上げられる。

 若い恋人たちの微笑ましいやりとりを見て、思わず笑みをもらす者もいるだろう。だがティルドそこに不吉な印象しか見て取れなかった。女は美しいと言える外見だったにも関わらず、美女だと見惚れるにはどうにも冷たい雰囲気があった。

「可笑しい、ですって?」

 その冷ややかな笑みを乗せた口から発せられた声には、何か不思議な響きがあった。きれいな声なのに、どこか、耳障りのような。

 もし、ここにローデンやエイルがいれば、魔術が働いていることを少年に教えただろう。だが、彼らは、いない。

「何も可笑しくなんてないわ、坊や。私は、嬉しいのだから」

「……何だよ」

 いい予感がしない。ティルドはそう思った。はっきり言えば、すごく悪い予感がする。

「何か、俺たちに用なのか」

「もちろん」

 女はまた笑った。いや、その唇はずっと笑みの形に作られたままだ。

「用はあるわ、坊や。それを渡してもらいたいの。その、〈風食みの腕輪〉をね」


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