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風読みの冠  作者: 一枝 唯
第2話 決意 第2章

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11 お前は笑うかもしれないけど

 〈コール宝石店〉でもティルドは、完全にアーリの演技に誘導されることになる。

「翡翠の腕輪がほしいの」

 開口一番、少女はまっすぐにそう言ったものだ。

「翡翠の腕輪、ですか」

 店主は繰り返す。

「そう、魔除けになるって言うじゃない? ほら、あたしの彼、兵士だから」

 昨日までならば「誰がお前の彼だ」という反論を飲み込むのに苦労したところだが、もはやそれは全くの出任せとも言えない。彼らは特に何も約束をした訳ではなかったが、それでもやはり、一日前までの関係とは違う。

「成程。どこの制服だが知らないが、恋人が戦いの道にいれば心配だろうね」

「でしょ?」

 こんなふうにエディスンの制服が役に立つとは思わなかったが、ティルドは曖昧な表情で黙っていた。

「ひとつ、店内にちょうどいいのがあるが……ありゃ、預かりもんだからなあ」

「知ってるわ」

「知ってる?」

 店主は眉を上げた。ティルドも思わず同じようにする。アーリは何を言い出すつもりだろう。

「ライナのお母さんのものよね? 彼女に聞いたの。お母さんがそれを手入れするために、評判のいいご主人(セル)のお店に預けたってこと」

「友達だったのかい?」

 「評判のいい」に鼻をぴくりとさせて、店主は尋ねた。

「ええ」

 アーリは神妙な顔をして冥界の神コズディムに祈る印を切った。主人も倣い、慌ててティルドも同じようにする。

「本当を言うと、彼女、あたしの彼にその腕輪を譲ってくれることになってたの」

 おいおい、とさすがにティルドは突っ込みかけたが、懸命に耐えた。

「何だって? だが、だからと言って……」

「もちろん、女子供の口約束のために預かっている品を簡単に渡す訳にはいかないわよね、立派な商人(トラオン)なら」

 アーリは先取るように言った。店主は「立派な」にまたも鼻をぴくりとさせ、認めるようにうなずく。

「でもライナも彼女のお母さんも亡くなって、遺品が行くべき先であるライナの叔母様マリスは、あたしに譲ってくれると言ったのよ」

 マリスは決して、譲るとは言っていない。そのようなつもりであったかもしれないが、これは拡大解釈だ。もちろん、アーリは判った上で言っているのであろうが。

「ほら、私に任せるって書状もあるの」

 少女詐欺師はにっこり笑って先のマリスの書を店主に渡した。店主はそれを認め、どうしたものかと唸る。

ご主人(セル)、あたしは礼儀知らずじゃないのよ」

 アーリはそんなことを言い出した。

「ちゃんと代価はお支払いします。これ以上、何か問題があるかしら?」

 そうなれば――預かりものなのだから、元手はただである。商人はほくほく顔を抑えてアーリから代金を受け取り、件の腕輪を少女に手渡したのだ。

「この、詐欺師が」

「何よ、巧く行ったんだからいいでしょ」

 店を出てティルドの数歩先を歩きながら、アーリは言った。

「マリスは決して文句を言わないでしょうし、いまの商人だって同じ。これがあたしたちの追うものと何も関係がないってことになったら、そうね」

 彼女は足を止めて振り返った。

「お兄さんに、渡したら」

「……そうだな」

 それがいいかもしれない、とティルドは考えた。ユファスならば、魔法を怖れるあまり「魔除け」まで怖れる女性よりもそれを大切にするだろう。

「それに言っとくけど、ティルド。詐欺師ってのは等価交換なんかしないものよ」

 ちゃんと払ったのだから詐欺師ではない、という主張であるらしい。

「――それだ!」

 しかしそこでティルドははっとなってアーリを指さした。

「お前っ、あんな金どこから」

 愚問であることは、判っていた。少女はにやっと笑う。

「ちょっとばかり、油断してる人たちとすれ違っただけだわ」

「アーリ!」

 ティルドは怒鳴った。

「やめろ! 本当に!」

「何よっ。何度言えば判るの、あたしは」

「それはこっちの台詞だっ」

 少年は遮った。

「何度言えば判るんだ。俺は――心配なんだよ」

「ティルド」

 少女は語調を弱めた。

「本当に心配、してくれてるの」

「当たり前だろ」

 そう言うとティルドはアーリの肩を抱いた。日の光のもとでは、少し気恥ずかしかった。

「お前は笑うかもしれないけどな、その」

 少年は咳払いをした。

「俺はお前を守りたいと思うように、なっちまったんだよ」

「あら」

 アーリはくすりと笑った。

「たった一晩の関係で?」

「おまっ……」

 ティルドは思わずかっとなった。昨夜のことは一晩の情熱にすぎないと、少女は言ったのか。馬鹿な勘違いをするなと――? だが、アーリはそれをなだめるようにティルドに抱きつく。

「嘘よ、冗談。怒らないで。酔った勢いで誰でも誘惑する女だと思われちゃたまんないわ。言っとくけど、あたしが望んだ関係なんて初めてですからね」

 その台詞は少女のつらい過去を示唆し、ティルドもそれに気づいた。だが、彼は言うべき言葉を見つけられず、そっと少女を抱きしめ返すにとどめた。

「そうね……初めてだわ。じゃ、ティルドはあたしの初恋の人だ」

「ばっ」

 今度はまた違う意味で少年はかっとなる。

「馬鹿言ってんじゃねえよ、ガルはどうしたんだよ、ガルは」

 彼は身を離してそう言った。

「あら、リーケル様はどうしたの?」

「それは」

 平然と返されたティルドはぐっと詰まる。

「それとこれとは……別だ」


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