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風読みの冠  作者: 一枝 唯
第2話 決意 第2章

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10 魔除けの石

 そのご婦人は、穏やかに笑んで少年と少女を戸口まで見送った。

 ティルドは彼女の姉の冥福を祈る仕草をし、返礼を受けてから踵を返す。

「で、〈コールの宝石店〉はどこだって?」

「〈水の女神(ウユ・ルー)通り〉って言ったわ。あっちだと思う」

 アーリは自信ありげに北の方を指さした。

 少し前のことだ。町憲兵隊の詰め所などに近寄ることを嫌がった少女盗賊は、ティルドがそこを出てきてから合流した。

 そして教わった邸宅を訪れたふたりがこのマリス・ダラス婦人から聞いたのは、こんな話だった。

 彼女の姉にして〈燕の森〉亭の亡くなった奥方は確かに翡翠の腕輪を持っており、それには蛇連草、別名に翡翠草と呼ばれる花の柄が刻まれていた、と。

 そう聞いたティルドは興奮を覚え、探しているものかもしれない、どこにあるか知らないか、と問うた。マリスは、それは彼女の家系――女系に伝えられるもので、姉から彼女の姪に伝えられるはずだったと言った。

「ライナ、さん、のことですか?」

「知っているの?」

「名前だけ」

 兄の恋人になるかもしれなかった女性だ、と言った。婦人はその言葉に目を潤ませ、確かにライナは近頃、恋をしているようだったと言った。ティルドはそれに少しだけ、兄の代わりに胸を痛くした。

 そのあとで婦人は、ティルドが神に感謝の祈りを捧げたくなるようなことを言ったのだ。

「そう言えば、この前姉に会ったとき、それを娘に渡す前に宝石店できれいにしてもらうと言っていたわ」

「どこの店だか、判りますか!」

 勢い込んだティルドに少し驚きながらも、彼女は店の名と場所を教えてくれた。

「その腕輪が、どうしたと言うんです?」

 当然の疑問に答える方法をティルドが迷ったとき、ずっと静かにしていたアーリが口を挟んだ。

「驚かすようで申し訳ないですが、その腕輪には魔法の力が込められているかもしれないんです」

「――まあ」

 女性は魔除けの印を切った。

「そのようなものには、見えませんでした」

「魔法というものは、決して判りやすくはありませんからね」

 何を言い出したんだ、と片眉を上げるティルドに、アーリはそっと片目をつむる。任せて、と言う訳だ。

「怖がる必要はないですよ、翡翠(ヴィエル)というのは本来、魔除けだと聞きますし」

「まあ」

「ですから、その腕輪に魔力と言われるものが込められていなくても、ある意味では魔法の品かもしれませんけれど」

「まあ」

 マリスは繰り返した。

「そのような……怖ろしいものだとは」

 婦人は目を伏せ、アーリはティルドに向けてこっそり親指を立てた。うまくいきそうだ、と言うのだろうが、ティルドにはよく判らなかった。

「ですから、魔術師協会(リート・ディル)で鑑てもらった方がいいんじゃないかと思うんです。持ち主の妹であるあなたの許可がいただければ、私たちが代わりに」

 ティルドにもアーリの作戦が判ってきた。だがまだ、判然としないところもある。

 確かに、魔術などと言うものに人は関わりたがらない。マリスが彼らにその件を託すと言ってきたのはそれほど奇妙ではなかったけれど、もし魔力があるというのならば協会で保存してもらいたいと言い出したのには、ティルドは少し驚いた。

「――家系に伝わるものじゃないんですか」

 大事なのではないか、とティルドは問うたが、彼女は自分には娘がいないから伝えられないのだ、と答えた。

「魔力があると判れば私が責任を持ってそうします。そうでなければ、あなたにお返しします」

 アーリは真顔でそう答えた。ティルドには婦人の反応の理由が判らなかったが、反論は差し控えた。

「では、たいへんお手数ですが、その旨を一筆したためてはいただけません?」

 ティルドが、どうやら彼の新しい恋人は掏摸だけでなく詐欺師の素質もあるらしい――と内心でこっそり嘆息をしたあとで、彼らはマリスの家を去った。

「ティルドの制服の影響力もあるだろうけど」

 路地を歩いて少し行くと、アーリはそんなことを言いはじめた。

「あれって典型的な魔術嫌いね。だから上手くいったんだわ」

「どういうことだよ」

 少年が問えば少女は肩をすくめる。

「魔法、って一言だけで魔除けの印を切ったでしょ。まあ、習慣みたいにそうする人も多いけど、彼女の様子はかなり本気が入ってたわ。自分の家系に魔法が関わるなんてとんでもない、ってとこね。娘がいないってのは本当かもしれないけど、もしいても、伝える気なんかなくしたんじゃないかなあ」

「おい、それは悪いんじゃないか。そんな出鱈目で彼女の」

「出鱈目じゃないわよ。翡翠が魔除けの石だってのは、本当。知らなかった?」

「別に俺の人生、魔除けの必要はなかったんでね」

 台詞を遮られても、今日のティルドは特に嫌な感じを覚えなかった。だが自分では反応の差に気づいていない。少女と結ばれたために少女に対して寛容な気持ちになっているのだと自分で気づけば、そんな自分に少し腹を立てたかもしれないが。

「そう? でもいまは必要ありそうじゃない? 覚えといたら」

 アーリはにやりと笑って言った。

「災難が避けられるなら、それに越したこと、ないんだしね」

 ティルドはその言葉にどきりとしたが、どうしてだかは――自分でも判らなかった。



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